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魔神と呼ばれた元傭兵のトンデモ開拓スローライフ 〜裏切られて引退したおっさん。一人で生きると決めたのに、最強種族が集まってくる〜  作者: 犬斗
第二章

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第60話 出発の日

「さて、食後のお茶を淹れるわね」


 レーシェがキッチンへ向かった。

 食後は紅茶派とコーヒー派に分かれている。

 俺はもっぱらコーヒーなのだが、一つ試したいことがあった。


「テネヴァス、もう一つお願いがあるんだが」

「なあに?」

「コーヒーに圧力をかけて抽出する飲み方を聞いたことがあってな。エスプレッソと言うんだが、それを試してみたいんだ」

「いいよ。でもそれって美味しいの?」

「俺も初めてだからなんとも言えん。濃厚で苦いから、たくさん砂糖を入れるんだ。コーヒーと言うより、飲むデザートみたいなもんだな」

「デザート!? やるやる!」


 砂糖が好きなテネヴァスは、もしかしたら気に入るかもしれない。


 テネヴァスが重力場を作り、高圧でコーヒーを抽出してくれた。

 いつものコーヒーより色も匂いも濃い。

 小さなコーヒーカップに注いだエスプレッソに、これでもかというくらい砂糖を入れていく。


「甘さのあとに苦みが来るけど嫌じゃない。これはなんというか大人の味だね。美味しい」


 テネヴァスは気に入ったようだ。

 大人の味という発言が子供っぽいが、そもそもテネヴァスは十五億歳だ。

 苦みも大したことはないだろう。


「確かに苦みと酸味が強いが、砂糖のおかげで角が取れたような旨さだ。コクと風味も最高だな」


 エスプレッソを飲み干すと、残った砂糖が溶けて固まっていた。

 それをスプーンですくい口にする。


「こりゃ完全にデザートだな。うん、旨い」


 噂に聞いた通りの味だ。

 最後の砂糖の塊は甘さと苦みが溶け合っており、シャリシャリとした歯ごたえが癖になる。


「ん?」


 スプーンを口に運んでいると、レーシェの視線に気づいた。

 羨ましそうに俺とテネヴァスを眺めている。


「テネヴァス様がいらっしゃると、エスプレッソまでできるのね」

「レーシェも飲むか?」

「いただいてもいいかしら。私、エスプレッソが好きで、よくカフェで飲んでいたの」

「カフェ!? かああ、さすが都会の女は違うな。お洒落すぎるぜ」


 傭兵だった俺は、カフェになんて行ったことはない。

 レーシェのそこはかとない上品な佇まいが理解できた。

 都会の女は洒落ている。


 突然レーシェが頬を膨らませた。


「もう! バカにしてるでしょ!」

「な、なんだよ。してねーって。なあシルヴァ」


 俺は助けを求めるかのように、エスプレッソを楽しんでいるシルヴァを見つめた。

 カップを置き、目線だけを俺に向けるシルヴァ。


「私のことバカにしてるでしょ? 三百年も森に住んでた田舎者って」

「ち、ちげーよ!」


 二柱から睨まれてしまった。


「なんなんだよ。ったく、被害妄想強すぎるっつーの。なあ、アクアス」

「なに? どうせ私のことなんて、数十億年も湖にいた寂しい女だと思っているのでしょう?」

「ち、ちがっ!」


 女たちが勝ち誇ったような顔を浮かべていた。

 美しき三柱は、この世で最も強い女たちだ。


 濡れ衣も甚だしいが、俺が敵うわけない。


 ***


 数日が経過し、俺たちはいよいよ出発の日を迎えた。


 グラキャス氷河で氷を採掘し、マレム海峡で魚を獲る。

 目的がただの食材確保で、何か大きな使命があるわけでもない。

 気軽に行けるはずなのだが、テラムの顔色は蒼白だ。


「テ、テネヴァス。くれぐれも姉様の睡眠を邪魔するでないぞ」

「久しぶりにグラキャスお姉ちゃんに会えるのかあ。楽しみだなあ」


 テラムのことを完全に無視しているテネヴァス。

 この様子を見るに、グラキャスを起こす気満々のようだ。

 しかし、起こして大丈夫なのだろうか。


「アレファス、気をつけていってらっしゃい」


 レーシェがエプロン姿で庭に姿を見せた。


「レーシェ、本当に行かなくていいのか?」

「ええ、この地を留守にしたくないもの」


 今回の遠征にレーシェは同行しない。

 以前、俺たちがセディルナ村から離れたことで、襲撃され壊滅してしまった。

 レーシェはその襲撃を指揮する将軍だったが、今は心から懺悔している。

 もうこの地を襲う者などいないと思うのだが、レーシェはここを守ると言ってくれた。


「僕も残りますので、ご安心ください」

「ありがとう。フェルムがいてくれたら、より安心だよ」


 フェルムも残るという。

 フェルムの欲望はテラムの食とは違い、温泉とサウナに向けられている。

 なるべくこの地を離れたくないのだろう。


「今回は私も残るわね」

「え? アクアスは行かないのか?」

「ええ、新しいチーズを作り始めたの。熟成には湿度の管理がとても重要なのよ。トリュフも作りたいしね」


 アクアスのおかげで、この地で良質なチーズを作ることができる。

 水を司るアクアスの存在は、チーズ作りになくてはならない。


「そうか。だけどその……アクアスがいなくて、グラキャスさんは平気なのか?」


 テラムが恐れるグラキャスだ。

 グラキャスは、過去世界を三回も凍らせているという。

 もし暴走したら止められる者は、姉であるアクアスしかいないだろう。


「大丈夫よ。グラキャスちゃんはとても優しい子よ。テラムちゃんの躾にだけ厳しかったのよ。あと、ちょっとだけ寝起きが悪いだけだから。うふふ」

「そ、それなら大丈夫か」


 アクアスがテラムの肩に手を乗せた。


「もしグラキャスちゃんが起きたらよろしくね。また会いに行くって伝えてね」

「あ、姉上。自分で言えばいいではないか。その……」

「もう、いつまでもお姉ちゃんを頼らないの。男の子でしょ?」

「うぅ……。わ、分かったのだ……」


 この時ばかりは、テラムが小さな弟に見えた。

 なんだかんだ言って、テラムは弟属性だ。


「トリュフを作り始めるし、他のキノコも育てて待ってるから。ね?」

「本当か! よし! すぐ行ってすぐ帰ってくるぞ!」

「もう、現金ねえ」


 結局、今回の遠征は俺、テラム、シルヴァ、テネヴァスで向かうことになった。


 テラムが魔竜の姿に戻る。


「じゃあ、アクアス。後のことはよろしくな」

「ええ、気をつけていってらっしゃい。お魚期待してるわよ。うふふ」

「ああ、たくさん獲ってくるぜ。ははは」

「あ、アレファスちゃん。大丈夫だと思うけど念のために。グラキャスちゃんとケンカしちゃダメよ?」

「ケンカ?」

「魔竜の権能はみんな凄いけど、グラキャスちゃんは特別凄いからね。気をつけなさい」

「す、するわけねーだろ!」

「うふふ、そうよね。」


 俺とシルヴァとテネヴァスが移動用の小屋に入ると、テラムがゆっくりと持ち上げた。

 そして、上空へ羽ばたく。

 向かうは北西、極寒の地グラキャス氷河だ。

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