第56話 天ぷら祭りと将軍任命
庭に出た俺たちは、さっそく準備を開始した。
とはいえ、天ぷらは初めてだ。
「なあ、シルヴァ。天ぷらをやったことはあるのか?」
「ないわね。私も本でレシピを見たくらいよ。なんていうか、一人で作る料理って感じじゃないでしょ?」
「まあ、確かにな……」
天ぷらは大量の油を用意する必要があるし、手間がかかるイメージがある。
天ぷらをするなら、素焼きのほうが遥かに楽という気持ちがあって、俺も今までやってこなかった。
俺たちの会話を聞いていたテラムが、全員を見渡している。
「この中で、天ぷらを作ったことがある者はおるか!」
テラムの言葉に反応したレーシェが、恥ずかしそうに小さく手を挙げた。
「わ、私は何度かあります……」
レーシェもそろそろこの地に慣れてきただろう。
きっとテラムに無理難題を言われると恐れているはずだ。
「よし、レーシェ! 貴様を天ぷら将軍に任命しよう!」
「「「天ぷら将軍!」」」
俺とシルヴァとアクアスが声を揃えた。
三人同時にレーシェを見つめる。
「て、天ぷら将軍……。いや、その……」
顔を真っ赤に染めるレーシェ。
「わあ、レーシェは天ぷら将軍なんだ! すごーい!」
純粋無垢なテネヴァスが、羨望の目を向けていた。
これは素直な言葉だろう。
「天ぷら将軍。準備をするので指示をいただいてもよろしいですか?」
フェルムがクソ真面目な表情で、レーシェに質問していた。
こいつに悪気はないだろう。
だが、俺はその姿があまりにもおかしくて、膝から崩れ落ちた。
「わっはっは! 天ぷら将軍! 騎士の将軍からずいぶんと出世したな! こりゃいい!」
俺はどうしても耐えきれず、腹を抱えて地面を転がった。
「笑っちゃ……ダメよ。アレファス」
「そうよぅ。立派な……職務なのよぅ」
シルヴァとアクアスも、地面に膝をついて腹を押さえている。
「み、皆様、そんなに笑うと……天ぷらを食べさせませんよ?」
レーシェから猛烈な殺気が放たれた。
普通の人間なら、それだけで恐怖して命を落としているだろう。
「ふうう。さてと……」
俺は起き上がり、服についた草を手で払った。
シルヴァとアクアスも立ち上がり、膝の芝を払っている。
そして三人同時に頭を下げた。
「「「ごめんなさい!」」」
今度はフェルムとテネヴァスが大笑いしていた。
「オホン。では、調理を始めましょう!」
号令を発したレーシェ。
さすがは元将軍だ。
戦場でも埋もれることがない伸びのある美しい声が、セディルナ村に響いた。
***
レーシェが俺の肩に手を置いた。
「アレファス。天ぷらの衣は小麦粉、水、卵よ」
「材料は意外と少ないんだな」
小麦粉と水は当然あるし、卵も長毛鶏を家畜にしているので、すぐに用意できた。
レーシェが指示する配分で衣を作っていく。
食材はキノコと野菜だ。
マイタケは手で適度な大きさに切り裂き、マツタケは包丁で縦にスライスしていく。
さらに、カボチャ、ニンジン、ナス、タマネギをカット。
「打ち粉をつけてから、衣に通して揚げるのよ。失敗してもいいわ。たくさんあるし、何度でもチャレンジしましょう」
「そうだな。レストランで出すわけじゃないしな」
使用する油はオリーブオイルだ。
セディルナ村はオリーブの木を植えているため、オリーブオイルは豊富にある。
「レーシェ、そろそろいいか?」
「そうね。油に衣を少し入れてみて、温度を確認して――」
フェルムがじっと油を見つめていた。
「天ぷらは油の温度が重要ですよね。人肌よりも少し冷たいくらいがいいと思います。確認しますね」
布巾で手を拭いたフェルムが、油に指を突っ込んだ。
指の周りでジューッと音が鳴り、小さな泡が立つ。
「お、おい! 何やってんだよ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「え? すみません。直接確認するのが早いと思って。汚かったですか?」
「そ、そういうことじゃないってば……」
フェルムは鉄が溶けるような温度のサウナに入るくらいだ。
油の温度なんて、それこそぬるま湯にしか感じないのだろう。
やっぱりどこかイカれてる。
「ちょうどいい温度だと思います」
「そ、そうか……。じゃ、やるか……」
「入れすぎると温度が下がってしまうので気をつけてくださいね」
フェルムの注意通り、少しずつ揚げていく。
油に入れる度に、心地よい音が響く。
料理は音でも楽しめる。
そして、黄金のオリーブオイルに衣の花が咲く。
料理は目でも楽しめる。
「テラム様、これがマイタケの天ぷらです」
レーシェが皿に取った天ぷらを、テラムに渡した。
「むっ、私からでよいのか?」
「もちろんです。テラム様がいらっしゃるから、この地で料理を楽しめるのです。感謝しております」
全員同じ意見だろう。
まあテネヴァスだけは分からんが。
と思い、目線だけテネヴァスに移すと、小さく頷いていた。
なんだかんだ言って仲の良い兄妹だ。
「テラム様、岩塩を使ってください」
シルヴァが小皿を取り出し、ピンク色の岩塩をミルで砕く。
その塩を衣に少しつけて、天ぷらをゆっくりと口に運ぶテラム。
音と目で楽しんだ料理は、最後に味を楽しむ。
旨いことは容易に予想できる。
もうすでに、テラムは満面の笑みを浮かべているからだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
魔竜の咆哮が、テラム平原の地平線まで広がっていった。




