第55話 伝説のキノコ
「うん……、キノコは大好物……」
めっちゃ恥ずかしそうだ。
というか、好物を知られることが恥ずかしいのだろうか?
レーシェはこの地に来てから、徐々に人間らしさを見せてくれる。
それまでは、感情の薄いクソ真面目な騎士だと思っていたが、勤勉で好奇心溢れる、笑顔が似合う可愛らしい女性だった。
まあ今は人間ではなく、魔獣の血を引く者だが。
「そりゃよかった。はっはっは」
「あ、あのねえ、アレファス! あなた笑ってるけど、価値を知らないのよ!」
「価値? んなもん、ちょっと珍しいキノコだろ?」
「やっぱり。知らないのねえ……」
溜め息をつくレーシェ。
勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「な、なんだよ」
「これほどのマイタケなら、街で売ればこの塊で五十万。いえ、百万ルフはくだらないのよ?」
「ひゃ、百万ルフだと!」
「ええ、幻のキノコって呼ばれる意味が分かったでしょ?」
「お、おう……。しかし、これが百万ルフか……」
人間だった頃の感情が抜けきれていない俺は、売却という言葉が頭をよぎった。
アクアスが呆れた表情で、俺の肩に手を置く。
「アレファスちゃん。私たちにお金は必要ないわよ?」
「まあそうだけどさ、価値を知るにはいい指標になるんだよ」
「なるほどね。貨幣制度は価値の売買だものね」
俺の言葉に、アクアスが妙に納得していた。
レーシェが俺たちの会話を聞きながら、麻袋に右手を突っ込む。
「それとね。これも採ったのよ」
レーシェが麻袋から一本のキノコを取り出した。
「なんだこれ?」
「これはマツタケよ」
「マツタケ?」
マイタケと同じく、俺は初めて聞く名のキノコだった。
「グゴォォォォォォ!」
テラムが咆哮を上げる。
おかげで身体が大きく揺れた。
「グゴォォ! グゴォォ! グゴォォ!」
「お、おい! 落ち着け! 落ちるだろうが!」
「グゴォォ! グゴォォ! グゴォォ!」
バランスを崩した俺を、今度はシルヴァが支えてくれた。
シルヴァはフェルム鋼の棒に座り、宙に浮いている。
その後ろに、ちゃっかりアクアスが座っていた。
「テラムちゃんが、『マツタケだぞ! 落ち着いていられるか! このバカ者が!』と言っているわよ。うふふ」
キノコ一つで、ここまで感情をあらわにするものなのだろうか?
「ったく。いつも大げさだな」
レーシェが俺の顔を見つめていた。
「アレファス。テラム様は間違っていないわよ。これほどのマツタケを街で売るとね。一本五十万ルフはくだらないわ。それを十本採ったのだから」
「な、なにぃぃぃぃ!」
俺もテラムと同じような反応をしてしまった。
「マツタケはね、伝説のキノコと呼ばれているのよ」
「伝説のキノコ?」
「ええ、とても香りが高くて人気が高いのに、収穫時期と生息地域が非常に限られているのよ。私も人生で数回しか見たことがないわ」
「なるほどね。それほど貴重なんだな」
「やっぱりテラム様の領地は凄いのね。驚いちゃったわ」
以前は人間として、この土地を手に入れようと侵攻してきたレーシェだ。
肥沃なテラム平原のことは知っているだろう。
それでも、ここまでの豊穣さは想像を超えたはずだ。
それを知るきっかけが、キノコというのも面白い。
レーシェがテラムの顔に向かって、姿勢を正し一礼した。
「さすがはテラム様です。感服いたしました」
「グゴォォ!」
誇らしげな咆哮を上げたテラムは、そのままセディルナ村へ羽ばたいた。
***
正午前に俺たちは村へ帰還した。
着地するやいなや、竜人化したテラム。
「おい、アレファス! 食べるぞ! マイタケとマツタケだ!」
マイタケの名の由来のように、踊りながら大騒ぎしている。
「なあ、ちょっとくらい休憩しようぜ」
「ふふふ、そうね。今、コーヒー淹れるね」
全員でレストランに移動した。
「むぐぐ、早く食べたいのだ」
「ちょっとは待つってことを覚えろよ! クソ兄貴!」
「む、むぐぐ」
テネヴァスに怒られながらも、テラムは不満そうな表情を浮かべていた。
「兄様、テネヴァスの言う通りです。我慢して食べると、より一層美味しいですよ。サウナ道と一緒です」
「わ、分かったのだ」
サウナ道がどういうものか分からんが、テラムは納得していた。
魔竜たちの会話は、ちょくちょく意味不明だ。
シルヴァとレーシェが、コーヒーと紅茶を淹れてくれた。
全員でしばしの休憩だ。
その間もテラムの視線はずっとキノコに向いていた。
まあ確かにいい香りが漂ってくる。
「なあ、シルヴァ。あのキノコはどうやって食べるんだ?」
「そうねえ。マツタケは素焼きかな」
テーブルを叩く音が響いた。
「す、素焼き! 素焼きだと!」
テラムが立ち上がった。
素焼きなんて今に始まったことじゃない。
野菜を収穫して、庭で網焼きして食っている。
全員の冷たい視線に気づいたテラムが、咳払いをしながら椅子に座った。
「マイタケは色々とあるけど、レーシェが詳しいんじゃない?」
「そうね……。私がこれまで食べた中では……」
レーシェが頬に手を当て、天井に顔を向けている。
「やっぱり天ぷらかしら」
レーシェの言葉を聞いた瞬間、テラムの椅子が倒れ、床に背中を打ちつけていた。
「て、ててて、天ぷらだとぉぉぉぉぉぉ!」
絶叫するテラム。
普段ならテラムをバカにする俺だが、この時ばかりはテラムと同じ気持ちだ。
「おい、レーシェ。天ぷらって、あの天ぷらか?」
「え、えーと、天ぷらって他にあるのかしら?」
「そうか、天ぷらか! 全く考えてなかったが、そりゃいい!」
天ぷらという調理法は知っているだけで、これまでチャレンジしたことはない。
シルヴァが俺の肩に手を乗せた。
「天ぷらの素材は確か……。小麦粉、卵、水だったわね。油はオリーブオイルでも大丈夫だから、すぐにできるわよ」
「よし、さっそく準備するか。テラム、倒れてる場合じゃねーぞ! 天ぷらやるぞ!」
テラムがすぐに起き上がり、扉に走った。
「うむ! 天ぷら祭りだ!」
「おっしゃー、行くぞ!」
俺はテラムの背中を追って外へ出た。
◇◇◇
その様子を見て、微笑むシルヴァ。
「あの二柱って、実は似てるわよね」
「アレファスって、もっと怖いと思ってました」
レーシェもまた、優しい笑みでアレファスの背中を見つめていた。
「そうねえ、意外と面白おじさんよね。照れ屋だけど」
「うん。私も結構好きだよ。なんでも作ってくれるから、お兄ちゃんの10億倍は好き」
「僕も温泉師匠として尊敬しています」
魔竜たちが好き勝手言っていた。
◇◇◇




