第54話 舞うほど嬉しい
シルヴァが指示した方向へ向かって、テラムが飛行する。
もう地上から数百メルテは離れただろう。
「テラム様! あの壁の前で空中停止できますか?」
「グゴォォ」
シルヴァの問いかけに反応したテラムが、ゆっくりと壁面に近づく。
「なあ、シルヴァ。あの壁に何があるんだ?」
「ほら、見えるでしょ?」
「んんー?」
俺は目を凝らして壁面を確認した。
「な、なんだありゃ?」
茶色い傘のような物体が重なり合っている。
まるで壁面を舞っているような形状だ。
「あれはキノコか?」
「ええ、マイタケよ」
「マイタケ?」
俺は初めて聞く名だ。
「グゴォォォォォォ!」
「うわっ!」
突然テラムが咆哮を上げると、空中で大きくバランスを崩した。
俺は咄嗟にシルヴァへ手を伸ばし、背中を支える。
「あ、危ねーだろ!」
「グゴォォ! グゴォォ!」
アクアスが右手でテネヴァスの背中を支えながら、左手を俺の肩に置く。
「テラムちゃんは『なに! マイタケだと!?』と言っているわよ」
「テラムはマイタケってやつを知っているのか」
「そうね。好物みたいよ。マイタケは幻のキノコと呼ばれているのよ。ね、シルヴァちゃん」
そう言いながら、アクアスがシルヴァに視線を向けた。
「はい。崖に張った木の根に自生するキノコで、見つけると舞って喜ぶほどに美味しいという伝説があります」
「舞って喜ぶ。なるほど、だからマイタケか」
「諸説あるけどね。私はこの説が好きなのよ。いずれにしても、滅多にお目にかかれないキノコには変わりないわ」
崖まではまだ少し距離がある。
とはいえ、テラムの巨体だと崖に近づいて、空中で姿勢を保持することは難しいだろう。
「レーシェ、そのフェルム鋼の棒を貸してもらえるかしら?」
シルヴァがレーシェに向かって、右手を差し出した。
「え? この棒を?」
「ええ、それに乗って飛ぶわ」
「え? 棒で飛ぶ? ど、どういうこと?」
「あなたねえ、私のことなんだと思っているの? こう見えて魔女よ?」
「あ、そ、そうだったわね。偉大な魔女よね。でも、魔女が飛ぶ道具はホウキじゃないの?」
「私くらいになると、道具を選ばないのよ。ふふふ」
レーシェから棒を受け取ったシルヴァが、両手で持ちながらチェックしている。
「うわあ、さすがね。これならいくらでも空を飛べそう」
「シルヴァさん、フェルム鋼で特別なロッドを作りましょうか?」
「え? よろしいのですか? フェルム様」
「もちろんですよ。その神樹の杖も凄いですが、フェルム鋼のロッドは魔力を増幅させる素材でもあるんです。この世で最高のロッドを作れますよ」
「わあ、嬉しいです! ぜひお願いいたします! そうだ、フェルム様、今この棒を伸ばすことは可能ですか?」
「はい。お任せください」
フェルムは棒の両端を持ち、左右に広げた。
飴のように伸びていくフェルム鋼。
何度見ても不思議な光景だ。
長くなった棒を受け取ったシルヴァは、水平に傾けて手を離す。
すると、その場で宙に浮いた。
シルヴァはそのまま棒に腰掛け、レーシェに手を伸ばす。
「レーシェ、高所は平気?」
「え? うん、大丈夫よ」
「じゃあ、あなたも来なさい。あなたがマイタケを採るのよ」
「分かったわ」
レーシェもロッドに腰掛けると、マイタケが自生する壁面へ飛び立った。
といっても、二人の会話は聞こえる距離だ。
「シルヴァ、座ったままだと採りにくいから、体勢を変えるわね」
「何するの?」
「逆さになったほうがいいでしょ?」
シルヴァがマイタケに近づくと、レーシェは背面から倒れ込んだ。
「レーシェ!」
シルヴァが声を上げた。
だが、レーシェはそのまま膝を折り曲げ、棒にぶら下がっている。
「ビ、ビックリしたあ。落ちちゃったのかと思ったわ」
「ごめんなさい。でもこれのほうが採りやすいでしょ? ふふ」
レーシェの銀色のポニーテールが逆さに揺れる。
シルヴァが巧みにコントロールして、壁面に近づくと、腰からナイフを取り出したレーシェは、マイタケを根元から丁寧に切り出した。
「採ったわよ!」
「戻るわね」
「ん? ま、待って! シルヴァ!」
「どうしたの?」
「あ、あれ……」
逆さになりながらも大声を上げたレーシェが指を差す。
シルヴァはその意味に気づいたようだ。
「レーシェ! 採るわよ!」
「ええ、もちろんよ!」
二人は再度壁面に近づき、何かを収穫している。
ここからはその様子がはっきりと見えない。
次々と麻袋へしまっていることだけは分かる。
しばらくすると、二人が戻ってきた。
レーシェは逆さのままだが、テラムの掌の上で身体を反転させ、何事もなかったかのように着地した。
「たくさん採れたわよ」
レーシェが麻袋の口を開け、両手で中からキノコを取り出す。
「これがマイタケよ。そっと掴まないと崩れてしまうのよ」
「デ、デケーな!」
俺は思わず声を上げた。
初めて見るマイタケは、想像以上にデカい。
キノコは一本だと思っていたが、なんというか多重構造だ。
「マイタケはね、いくつものカサが重なっているのよ。でも、さすがはテラム様の土地ね。これほどの大きさは私も初めてよ。どんな調理方法でも美味しいわ。ふふ」
レーシェが両手で抱えながら、満面の笑みを浮かべている。
「お前、キノコ好きなのか?」
「え? い、いえ、その……」
焦りながら、顔を紅潮させるレーシェが小さく頷いた。




