第53話 人知を超えた原始の遊び5
俺は山に向かってクレイモアを構えた。
「シルヴァ、頼んだ」
「はい」
シルヴァが神樹の杖をクレイモアにかざすと、刃が水で覆われた。
風魔法を得意とするシルヴァだが、そこは三百五十年生きている魔女だ。
全ての属性が扱えるという、とんでもない実力を持っている。
恐らく魔法使いとしては頂点に立つだろう。
「これくらいでいいぞ」
クレイモアが完全に水をまとった。
この水を山にぶつける。
魔竜どものように、貫通は無理かもしれないが、いい勝負はできると思う。
俺は静かにクレイモアを振りかぶった。
柄を握る手に力が入り、ギュッと革が鳴る。
瞳を閉じ、深く集中すると、周囲の雑音が消えていく。
「もっと深く……。もっと……。もっと……」
無音の中に一人で佇むイメージが見えると、俺は静かに目を開けた。
俺の視界には、もう標的である壁面しか見えない。
「すうぅぅぅぅ」
俺は唇を尖らせ、大きく息を吸い込む。
そして、一気にクレイモアを振り下ろす。
剣を覆っていた水が一気に放たれた。
超高速で放たれたはずの水塊は、なぜかゆっくりと進んでいく。
いや、俺の目にだけスローで見えているのかもしれない。
これまでも深く集中すると、こういった現象があったからだ。
水塊は一直線で山に向かい、壁面に衝突した。
先ほどの二組と違い全くの無音だ。
衝撃も一切発生していない。
「ピィィィィ」
上空を旋回する、黄烈鷹の鳴き声が平原に響く。
だが――。
「ねえ、アレファスちゃん。穴を開ける勝負だったんだけど?」
「俺もそのつもりだったさ」
「あれって穴なの?」
アクアスが山を指差した。
同時に、俺の背後から野次馬どもの気配を感じる。
「し、信じられないわね」
「これが……魔王の力」
「僕が作った剣の性能を超えています」
「あーあー、私たちの結果が霞んじゃった」
「貴様に教えることはもうないぞ。わははは」
シルヴァ、レーシェ、フェルム、テネヴァス、テラムが好き勝手に呟いていた。
というか、テラムに教わったことなんて、何一つとしてない。
「アクアス、結果はどうすんだ?」
「そうねえ……」
アクアスが山を見つめている。
山は縦方向に真っ二つとなり、さらに地面は深く鋭利に切断されていた。
「えーと、山を二つに切っちゃったけど、貫通という意味ではみんなと同じよね。この勝負は全員引き分けね。うふふ」
「では、姉上! トリュフはどうなるのだ!?」
「そうねえ。収穫したら、みんなで仲良く食べるわよ。うふふ」
「な、なんだと!」
「まあいいじゃないの。楽しかったでしょう?」
「むっ、で、でも……、氷を取りに行かねば……」
「可愛い妹のお願いよ? 聞いてあげなさいよ」
「そ、そうだが……」
「シイタケはちゃんと食べ放題にさせてあげるわよ」
「シイタケ! それなら構わんよ! わははは!」
神妙な面持ちのレーシェが、アクアスを見つめていた。
「あ、あの……、アクアス様」
「なあに、レーシェちゃん」
「遊びだと聞いていたのですが……。あまりにも被害が大きすぎませんか?」
レーシェの額からは、大量の汗が吹き出していた。
まあ普通に考えたら、遊びで地形を変えるなんて、どう考えてもおかしいだろう。
レーシェ自身もやっているが。
「大丈夫よ、レーシェちゃん。ここはテラムちゃんの領地だもの。あの子がその気になれば、すぐに地形をいじるわ」
「な、直せるのですか?」
「そうよ。でも、あの子はそのままにするでしょうけどね。うふふ」
俺にはアクアスの言葉の意味が何となく分かる。
きっとテラムが笑いながら来て、恥ずかしいことを言い出すだろう。
「わははは! アレファスよ! この山は残しておこう!」
テラムが俺の肩を組んできた。
予想通りだ。
「だと思ったよ。一応理由を聞いてやろう」
「我らの凄さを後世に残すのだ! 『テラムと仲間たちの山』と名付けようではないか。わははは」
「ダ、ダセえ! 予想以上に恥ずかしかったぜ……」
「な、何を言う! かっこいいではないか!」
まあここはテラムの領地だ。
人間が来るわけでもない。
地図に名が残るわけでもないし、テラムが希望するならいいだろう。
殺意が漏れまくっているテネヴァスの表情だけが気になるが、反論しないということは暗に認めたのだろう。
いや、呆れているだけか。
「さて、んじゃ帰るか」
今朝ここに到着した時から、それほど時間は経っていない。
にもかかわらず、地形は完全に変わっている。
魔竜恐るべしだ。
俺は周囲を見渡した。
「魔竜と絡むといつもこうだよ。ったく」
「今回はアレファスが原因でしょう? 本当に信じられなかったわ」
レーシェが俺の顔を見上げている。
「お、お前、言うね……」
銀色の髪をなびかせながら、曇りのない瞳で俺を見つめていた。
嫌味とかではなく、本気で言っているのだろう。
「いいぞ、レーシェ! もっと言ってやれ!」
テラムが茶々を入れてきた。
「うるせーな! 元をただせば、てめえが原因だろうが! 真っ二つにしてやんぞ!」
「貴様、先ほどの超爆裂大地拳の威力を見ていなかったのか! 返り討ちにしてくれるわ!」
「テネヴァスのおかげだろうが! バカが!」
「なっ! き、貴様、言ったな……。ぐぬぬ」
拳を握りしめ、前傾姿勢で俺を睨みつけるテラム。
その背後からテネヴァスが姿を見せた。
颯爽と歩き、テラムのスネに蹴りを入れる。
「いたっ!」
「うるさい! 黙れ!」
「は、はい……。でも、スネは蹴らないで……」
大騒ぎしていたテラムが、テネヴァスの一撃で背を丸めた。
「ほら、テラムちゃん。魔竜の姿に戻って。帰るわよ」
「わ、分かったのだ。姉上」
いつも尊大な態度なのだが、テラムは姉や妹には弱い。
テラムが魔竜の姿に戻り、掌を広げた。
俺たちはその掌に乗り込んだ。
だが、シルヴァだけが山を見つめている。
どうしたのだろうか。
「おい、シルヴァ。帰るぞ」
返事がない。
どうやら集中している様子だ。
「おい、シルヴァ。どうした?」
「え? ああ、ごめんなさい。それよりアレファス。あれ見て」
シルヴァが山の壁面を指差すが、俺には遠くてよく見えない。
というか、見える距離ではない。
シルヴァは魔法で、視界を拡大しているのだろう。
「おいおい、俺には見えない距離だっつーの」
「あ、そっか。えーと……」
シルヴァが魔竜に戻ったテラムの瞳を見上げた。
「テラム様! お願いがあります!」
「グゴォォ」
「あの壁面まで、飛んでくださいませんか?」
「グゴォォ」
シルヴァが壁面を指差すと、テラムが頷いた。
「ほら、アレファス。行くわよ」
「何があるんだ?」
「見てのお楽しみよ。ふふふ」
シルヴァがテラムの掌に乗った。
「グゴォォ」
テラムはゆっくりと翼を羽ばたかせ、崖に向かって飛び立った。




