第52話 人知を超えた原始の遊び4
「じゃあ、次はテラムちゃんがやる?」
「うむ。もちろんだ、姉上」
テラムは尊大な返答をしながら、テネヴァスに身体を向けた。
その途端、背中を丸め、身長の低いテネヴァスの目線に顔の位置を合わせている。
「テ、テネヴァス。たた、頼むのであるのである」
「はああ、アクアスお姉ちゃんの頼みじゃなかったら、絶対に聞かなかったよ」
「あ、ありがとうな。帰ったら何でも言うこと聞くから。わ、わはは……」
「絶対だぞ! 何でも言うこと聞けよ!」
「も、もちろんであるのである」
普段、傲慢なテラムでも、テネヴァスには頭が上がらない。
あれほどの事件を起こした犯人だし当然か。
「じゃあ、やるよ」
テネヴァスが空中に向かって掌を掲げた。
奇妙なことに、空間が歪んで見える。
「アクアスお姉ちゃん。重力をいじったから、この中に水を入れてもらってもいい?」
「相変わらず凄いわねえ」
アクアスが空中に視線を向けると、水が溜まっていく。
俺はテネヴァスの発言と、目の前の現象が理解できない。
「重力をいじる? ど、どういうことだ?」
「テネヴァス様の権能は重力。あの空間に重力場を作ったのよ……。信じられないけどね……」
シルヴァが説明してくれたが、あまりにも凄すぎて……、凄すぎて……。
もはやバカバカしい。
「重力場ってなんなんだよ……」
驚きを通り越して、呆れるしかない。
魔竜の権能をこんなことに使っていいのだろうか。
「テラムお兄ちゃんはムカつくけど、勝負には負けない!」
テネヴァスもやっぱりテラムの兄妹だなと思う。
「テラムお兄ちゃん、重力場を狭めて水を圧縮するから、放出は任せたよ」
「うむ、問題ない」
「圧力を解放すると大爆発する。テラムお兄ちゃんなら死んでもいいからね。勝って死んで」
「お、おう……」
テネヴァスの目の前に、ガラスの筒が浮いているかのように水が溜まっていく。
そして、その筒状の水が少しずつ小さくなっていった。
「みな下がるのだ」
「な、何すんだよ?」
「この水を超爆裂大地拳で殴り飛ばす」
「はあ?」
「よしやるぞ!」
テラムの掛け声で、全員がその場から離れた。
アクアスも離れるくらいだから、相当ヤバいのだろう。
だが、それよりも、俺は恥ずかしさで悶絶しそうになった。
「超爆裂大地拳って……ガキかよ……」
俺たちが離れたことを確認したテラムが、大きく息を吸い込んだ。
「行くぞぉぉぉぉ! 超爆裂大地拳!」
掛け声は間抜けなんだが、魔竜の咆哮のような轟音だ。
テラムは空中に浮いた水に向かって、右の拳を振り抜いた。
閃光が発生し、目の前が光に包まれる。
そして大地が震え、音を超えた音が発生。
音を超えた音……。
自分でも、もう何を言っているのか分からん。
それに――。
「あ……。死ぬぞ、これ……」
俺は正直、死を覚悟した。
これまで何度も戦場に出たが、ここまでの危機は感じたことがない。
俺は咄嗟に、隣のシルヴァを抱きかかえた。
俺の身体なら、もしかしたらシルヴァを守ることができるかもしれない。
いや、シルヴァだけは絶対に守り抜く。
その瞬間、音が消えた。
シルヴァの顔を見つめると、口を動かしている。
シルヴァの視線の先には、テラムが拳を振り抜いた姿勢だった。
「あのクソバカ兄貴……。やりすぎだよ」
テネヴァスが両手を左右に広げていた。
俺たちの周囲を、歪んだ空間がドーム状で囲んでいる。
恐らく、空間を歪ませてくれたのだろう。
「相変わらず、凄いわねえ」
よく見ると、ドーム状の空間の外側には水の膜も張られていた。
衝撃からこの場を隔離するために、アクアスが水を張ったようだ。
「アレファス、山を見て……」
シルヴァから手を離し山に身体を向けると、さっきのレーシェが開けた穴の隣に、さらに巨大な穴が空いており、地面ごとえぐり取っていた。
地平線が見え、穴の向こうで太陽が燦々と輝いている。
「力をかなり抑えたから、こんなものだがな! わははは!」
山を指差し、大笑いしているテラム。
「ア、アレファス。地面を見て」
「地面? お、おい。ど、どうすんだよ、これ……」
俺たちが立つ場所以外の地面が、完全になくなっていた。
「テラムちゃんテネヴァスちゃんチームも凄いわねえ。ただ、今回は深さを競う勝負だから、貫通という意味では引き分けね」
アクアスが地面に手をかざすと、巨大な穴に水が湧いてきた。
「ここは湖にしておくわね」
俺たちがいる足場を小さな島にして、湖が生まれた。
アクアスがこの地に来て、いくつ目の湖だろうか。
魔竜が集まると、地形が変わっていく。
テネヴァスが山を見つめながら、小さく溜め息をついた。
「引き分けか。でも、言うことは聞かせるからいいけどね」
テネヴァスの肩にそっと手を置くアクアス。
「テネヴァスちゃんは、何をするの?」
「アクアスお姉ちゃん。私、アイスクリームが食べたいんだ」
「アイスクリーム!? あら、いいわねえ。私も食べたいなあ。じゃあ、テラムちゃんには、極上の氷を取ってきてもらいましょう」
「うん!」
テネヴァスとアクアスが、笑顔でテラムを見つめた。
「な、なんだとぉぉぉぉ!」
瞬時に反応するテラム。
「テ、テネヴァス。他に願いはないのかな? 何でもいいぞ?」
「何でも聞くって言ったじゃん!」
「いや、でもね、テネヴァスさん。氷となると……」
「グラキャスお姉ちゃんに氷を貰ってきてよ」
「い、いや、グラキャス姉様はお眠りになられておるから……」
「うるせー! 行ってこい!」
「いたっ!」
テラムのスネを蹴り飛ばすテネヴァス。
騒がしいが、仲が良さそうで何よりだ。
二柱を交流させようと、アクアスが仕組んだことは間違いない。
そのアクアスが妖艶な笑みを浮かべながら、俺に視線を向けた。
「さて、最後はアレファスちゃんとシルヴァちゃんよ。もうこの状態だから、貫通したら引き分け、それ以外は負けだけど、やるわよね?」
「もちろんさ。遊びとはいえ、勝負は真剣にやる」
俺はクレイモアを取り出した。
勝ち目はなくとも魔竜たちに負けたくない。
全力を出す。
「剣を出してどうするの? 水弾よ?」
「シルヴァがいるだろ?」
「なるほど。そういうことね。もう水弾じゃないような気もするけど、いいわよ。うふふ」
アクアスには、俺たちがやることに予想がついたようだ。




