第57話 初めてのマツタケ
レーシェが次々と天ぷらを揚げてくれる。
俺もマイタケの天ぷらを口にした。
サクッと音を立てる心地よい食感。
そして、想像以上にジューシーだった。
「これがキノコなのか? 瑞々しいというか、旨味が口に溢れるぞ。こりゃ凄いな」
「うわあ、本当ね。美味しいわ」
隣では、頬を押さえながらシルヴァが天ぷらを食べていた。
全員が満足そうな表情を浮かべている。
レーシェも自分で揚げながら、天ぷらをつまむ。
仲間同士でこうやって食べる料理は何でも旨いとはいえ、初めて食べる天ぷらは格別だった。
「まだありますよ!」
フェルムがバーベキューコンロで、網焼きをしていた。
カットした野菜を炭火で焼いている。
その中心で、燦々と輝くマツタケ。
採取したままのまるっと一本の姿焼きだ。
「人数分のマツタケを焼いてます!」
炭火で焼くマツタケからは、芳醇な香りが漂う。
あの一本で五十万ルフの価値があるという。
なんという贅沢な料理だろうか。
「一本焼きですから、じっくり火を通すので、もう少し待ってくださいね」
この地に来てからバーベキュー系の料理にハマっていたフェルム。
特に炭火焼きが気に入っているようだ。
温度に関してはフェルムに任せておいて間違いない。
炭火を触りながら「ちょうどいい」と言うくらいの化け物だから。
「人数分のマツタケ……」
俺は網の上のマツタケを数えた。
天ぷら用に二本スライスしていることで、残りは八本だ。
ここにいるのは七柱。
「つまり一本余る」
俺は周囲の気配を探る。
すると、テラムが俺と同じように、マツタケの本数を数えていた。
やはりライバルはテラム。
そのテラムと視線が合う。
俺たちは無言で近づき、顔を突き合わせた。
言葉はいらない。
やることは一つ。
お互い分かっている。
同時に右手が動くと、お互いが右フックを繰り出していた。
「ぐおっ! て、てめえ、やるな……」
「ぐはっ! 貴様こそ……よくぞ超爆裂大地拳を……」
お互いの拳が同時に顔面へヒットし、俺たちはその場に崩れ落ちた。
「凄い! ダブルノックアウトだ!」
テネヴァスの嬉しそうな声が響いた。
「はあ、本当にバカね。余った分はレーシェ、あなたが食べなさい」
「そうよ、レーシェちゃんが見つけたんだもの。それに、また採ればいいもの」
俺は倒れながらもレーシェに視線を向けた。
少しはにかんだ表情で、小さく頷く。
レーシェもキノコが好物のようだ。
「焼けましたよ!」
フェルムは俺たちの騒動など見向きもせずに、ひたすらマツタケを焼いていた。
山をも崩す超爆裂大地拳を喰らったが、まあお互い本気じゃない。
颯爽と立ち上がりマツタケへ走った。
「さあ、さあマツタケですよ」
フェルムから皿を受け取った俺は、人生初のマツタケを口にした。
噛みちぎるというより、繊維に沿って縦に裂かれていく。
「こ、これは!」
芳醇な香りが口いっぱいに広がると、閉じ込められた旨味が一気に溢れ出す。
旨味の汁を飲んでいるかのようにジューシーだ。
「う、旨え。マジで旨え」
さらに、マイタケやシイタケの素焼きも堪能。
旨すぎていくらでも食える。
とはいえ、塩だけではなく、少し味を変えたいところだ。
「アレファス。焼いたキノコにバターを乗せると美味しいわよ」
レストランへ行っていたシルヴァが戻ってきた。
「今持ってきたから乗せるわね」
「シ、シルヴァ!」
「な、何よ」
俺はシルヴァの両肩を掴んだ。
「お前天才だな。さすがは三百五十年生きている魔女だ」
「あ、ありがとう」
シルヴァの表情は呆れていたような気がするが、気のせいだろう。
「ぐお……おお……」
バター焼きのシイタケを食ったテラムが、白目をむいていた。
立ったまま気絶という器用な芸当を披露。
まあ気持ちは分かる。
俺も危うく意識が飛びそうなほど旨かったからだ。
その後もキノコを堪能した。
***
「キノコ、旨かったなあ」
片付けを終え、俺たちは庭のテーブルで茶を飲みながら余韻に浸っていた。
「なあ、テラム。他にもキノコが生息してる場所はないのか?」
「むっ。まあ当然あるだろうが、私も全てを把握しているわけではない。時間を見つけては探しに行くぞ」
「そうだな。そうすっか。ついでに他のキノコもあれば採ろうぜ」
シルヴァがティーカップを手に取った。
優雅にハーブティーの香りを楽しんでいる。
「採るのはいいけど、毒キノコに注意しなさいよ」
「毒キノコか。確かにな。下手すりゃ死ぬんだろ?」
「あなたなら食べても大丈夫でしょうけど」
「お前、俺を何だと思ってんだよ……」
「だって、魔王だもの」
「いやいや、毒を食えば普通死ぬだろ……」
「普通ねえ……」
シルヴァが呆れていた。
その隣で、レーシェが意を決したような表情を浮かべながら、アクアスを見つめていた。
「アクアス様。今後も天ぷらをやるとしたら、やっぱり……」
「やっぱり?」
「海鮮系の素材が必要だと思うのです」
「海鮮系かあ。確かにそうよねえ。お魚や貝類、甲殻類なんかもいいわね」
「海はアクアス様の領域なのですか?」
「海は弟の領地よ。テラムちゃんの兄で、始原の十三竜の長兄マレムちゃんね」
テラムがコーヒーを飲みながら、視線だけをこちらに向けた。
「兄上はまだ寝てるな」
「そういえば、テラム平原とグラキャス氷原の間にある海が、マレム海淵なんだろ?」
「うむ、そうだ。世界で最も深い海だ」
「その海で魚を獲っても大丈夫なのか?」
「うむ、寝てる間に獲っても大丈夫だぞ。それに兄上は寝起きがいい。起こしても問題ない」
「その言い方……。グラキャスさんへの当てつけか?」
「やめっ! やめろっ! 姉様こそ最も寛大だ! お優しいのだ!」
めっちゃ怯えた表情を浮かべているため、全く説得力がない。
テラムが恐れる氷竜グラキャス。
一度会ってみたいものだが、数千万年単位で寝るという。
俺が生きている間に会うことはないのかもしれない。
「うふふ。じゃあ、決まりね」
「何がだよ?」
アクアスが悪戯な笑みを浮かべていた。
「ね、テネヴァスちゃん」
「うん。バカ兄貴とは約束したもん。アイスクリーム食べさせてくれるって」
テネヴァスの言葉に、テラムの肩がビクッと反応した。
「はうっ! お、憶えていたのか……」
「当たり前だろ!」
「う、うう……」
「グラキャス氷原で氷を手に入れて、マレム海淵でお魚獲って帰ってくればいいじゃん」
「わ、分かったのだ……。くれぐれも姉様を起こすでないぞ」
「久しぶりにグラキャスお姉ちゃんに会いたいなあ」
「やめっ! やめろっ! 星が滅ぶぞ!」
アクアスが微笑みながら、ティーカップをそっとソーサーに置いた。
「大丈夫よ。あの子はそんなことしないわよ」
一体何をやったのだろうか……。
気になるが、どうせ聞いても理解できないから流しておこう。
「じゃあ、予定を立てて、近日中に行くか」




