第49話 人知を超えた原始の遊び1
日没と同時に、今日の農作業を終えた。
「くうう、今日も働いたぜ。温泉行くか」
俺は夕飯前に温泉に浸かろうと、露天風呂へ向かった。
温泉はかけ流しで、いつでも好きな時に入ることが可能だ。
温泉施設は以前よりも増築しており、浴槽の種類が増えている。
フェルムが来たことで、フェルム鋼を使用した浴槽を作ったからだ。
温泉の特殊な成分でも、フェルム鋼は絶対に錆びないという。
この世で最も優れた鋼材を温泉に使うなんて贅沢すぎるが、フェルム自身が温泉とサウナに大ハマりしている。
そのため、サウナの種類も増やした。
ただ、内容がなんというか……。
当初、フェルムは俺と同じサウナに入っていた。
しかし、さらに高温を希望したことで、新たなサウナを増築。
フェルム専用のサウナとなったことで温度は徐々に上がっていき、最終的に鉄が溶けるほどの超高温となった。
鉄よりも融点が高いフェルム鋼だからこそ実現できるサウナなのだが、常識を超えているというか、ただただイカれている。
俺はもっぱら露天風呂専門だ。
大空を見上げ、風の流れを感じながら浸かる温泉を超えるものはない。
俺は露天風呂の扉に手をかけた。
「なんだよ、テラムか。珍しいな」
テラムが浴槽の中で手足を投げ出し、湯に浮かぶように浸かっていた。
「女が増えたからな。清潔にしないといかんのだよ。特に臭いはいかん。わははは」
テラムはこれまで二日に一回くらいしか風呂に入らなかった。
「なるほどね。嫌われたくないってか? 十分嫌われていると思うがな……」
「む? 何か言ったか?」
「なんでもねーよ」
テネヴァスを意識しているのだろう。
だが、理由はどうであれ、清潔にすることはいいことだ。
それに、せっかくこれほどの温泉があるんだから、毎日入ればいいだろう。
「あ、アレファスさん」
「フェルムか。今日もサウナか?」
「はい。今日の焼入れは完了です」
フェルムはサウナと水風呂を繰り返して入る。
鍛冶師だからか、その行為を『焼入れ』『焼戻し』と言っているのだが、何かが間違っていると思う。
しかし本人は至って真面目だ。
フェルムが浴槽に浸かる前に、湯で身体を流す。
すると、猛烈な蒸発音を立てながら、大量の水蒸気が発生した。
「お、お前、水風呂でもっと冷やしてこいよ」
「そ、そうですね。ちょっと冷却が足りなかったようです。失礼しました」
しばらくして、水風呂で冷却したフェルムが戻ってきた。
「アレファスさん。今日も働きましたね」
「そうだな。収穫が増えたからな。はっはっは」
レーシェが運んできた新しい種を植えたことで、取り扱う野菜が増えた。
その中で、新たなチャレンジがキノコの栽培だ。
シルヴァは森でキノコの栽培経験があり、その経験から原木栽培という方法を採用した。
通常は収穫まで一年ほどかかるらしいが、そこはテラム平原だ。
もうすでに、いくつかのキノコが育ち始めている。
「きっとテラムの欲望が、この地を肥沃な大地にしているんだろうな……」
なにせ野菜を食いたいがために月まで壊す化物だ。
その欲望は果てしない。
「ぶはっ!」
テラムが湯を両掌で圧縮して、俺の顔に発射してきた。
「貴様、失礼なことを考えてなかったか!?」
「何すん――、ぶっ!」
「わははは! 二回連続食らうとはな! 油断しすぎだ!」
「て、てめえ!」
顔がのけ反るほどの水圧だ。
俺も仕返しにと両手を組み、湯を挟み込んで掌の中で一気に圧縮。
そして、水弾のように湯を発射した。
「ぶぼおぉぉぉぉ!」
見事、テラムの顔面にヒットした。
「ま、魔王の力でやるんじゃない! 相手が私じゃなかったら死んでるぞ!」
「んなわけねーだろ。ただの湯だぞ」
隣ではフェルムが真似して湯を発射していた。
何度も繰り返し、首を捻るフェルム。
「い、いや、アレファスさん。今の威力は山をも崩しますよ。僕にはできませんでした。信じられません」
魔竜にすら、どん引きされてしまった……。
「おい、フェルム! こいつが魔王とはいえ、我らも魔竜だ! 負けてられんぞ!」
「確かにそうですね、テラム兄様」
「おい、アレファス! 競争だ!」
テラムが俺の顔を指差しながら、またわけの分からないことを言い始めた。
「な、なんだよ、競争って……」
「水弾で山に穴を開ける! 最も深く穴を掘ったものが勝利だ!」
「はあ? こんなもので山に穴が開くわけねーだ――。ぶはっ!」
テラムに反論すると、誰もいない方向から湯が飛んできた。
「楽しそうねえ。やりましょう」
露天風呂の端から聞こえる女の声。
目を凝らすと、湯気の奥に人影が見えた。
アクアスの声だ。
「な、なんでお前がいるんだよ!」
「ずっと入っていたもの」
「女風呂へ行けよ!」
「別にいいじゃない。可愛い可愛い弟たちと入ろうと思ったのよ。家族なのよ?」
「俺はちげーだろ!」
「第二夫人じゃない」
「アホか!」
アクアスが人差し指を唇に当て、首を傾げながら何やら考えている。
「んー、せっかくだし、ペアでやりましょう」
「ペア?」
「アレファスちゃんとシルヴァちゃん、テラムちゃんとテネヴァスちゃん、フェルムちゃんとレーシェちゃん。この組み合わせで競うわよ」
「え? テラムとテネヴァス?」
テラムのことを憎んでいるテネヴァスだ。
素直に応じるとは思えない。
テラムに視線を向けると、案の定、怯えた表情を浮かべていた。
「あ、姉上。それは……」
「まあいいじゃない。たまには仲良くしなさいよ」
「む、無理……」
「報酬はトリュフよ?」
「な、なんだとぉぉぉぉ!」
テラムが大声を上げて、湯から飛び上がった。
魔竜の咆哮に匹敵するほどの声量に、俺は思わず耳を塞いだ。
「レーシェちゃんが持ってきた本の中に、キノコの学術書があってね。トリュフについて記載があったのよ。テラムちゃんの土地にある木で、私が水量をコントロールすれば栽培可能よ。うふふ」
「いやいや、アクアス。別に報酬なんかにしないで、たくさん作ってみんなで食えばいいだろ?」
「もう、アレファスちゃんは夢がないのねえ。一番最初に食べたいじゃないの。ねえ、二柱とも」
テラムとフェルムが大きく頷いていた。
そんなに最初に食べることが大切なのだろうか。
魔竜の感覚はよく分からん。
「ちっ、仕方ねーな。分かったよ。でも、アクアス。お前は参加しないのか?」
「私が参加したら、簡単に優勝しちゃうもの。うふふ」
「そりゃそうか……」
この星の水たるアクアスだ。
どんなことでもできるのだろう。
「アレファス、負けぬぞ!」
「僕だって勝ちにいきますよ!」
テラムとフェルムが拳を握った。
数十億年もの長き時を生きている魔竜が、こんなくだらないことに真剣になる。
だが、面白い。
「いいだろう。貴様らに人間の文明力を見せてやる」
「あなた、もう人間じゃないでしょう?」
アクアスが呆れた表情を浮かべながら、俺の肩に手を置いた。
「う、うるせーな! 俺の力とシルヴァの知識を舐めんなよ!」
「うふふ、楽しみねえ」
こうして、水弾の威力比べという、子どもの遊びのような競技が決定した。




