第47話 アレファスの命令
「ふう、今日の素振りは完了だ」
日の出と同時に、俺は日課の素振りを終えた。
「アレファス殿は、毎日この素振りをしていらっしゃるのですか?」
「ああ、そうさ」
俺と同じ時間に外へ出たレーシェは、最初からずっと素振りを見学していた。
面白いのだろうか……。
レーシェは、ひとまず俺の家に滞在している。
もしこのまま住むというのであれば、家を建ててもいいのだが、どうもレーシェの気持ちが分からない。
「素振りを拝見して、アレファス殿の強さの理由を知りました。私ではそのクレイモアは持つことすらできません」
「そうか? お前は剣士だろ?」
「そ、そうですが……」
「持ってみるか?」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。抜いてみろ」
俺は素振り用のクレイモアを地面に立てた。
クレイモアは自重で勝手に沈んでいく。
レーシェは両手で柄を握った。
しっかりと腰を下ろし、左足を引きながら膝を下げ、腕力だけではなく身体全体で持ち上げようとしている。
さすがは一流の剣士だ。
これほどの重量を腕力だけに頼ったら、間違いなく腰や背中を痛めるだろう。
「くっ」
それでもクレイモアはピクリとも動かない。
「やはり、動きませんでした」
「はは、そうか。だが、努力すれば持てるようになるさ。努力だけは裏切らんからな。お前も分かるだろう」
「はい……」
俺は傭兵時代、部隊の部下どもに裏切られた。
レーシェは国王に裏切られた経験を持つ。
「レーシェ、毎朝の素振りだが、お前も付き合え」
「え?」
「できる範囲でいい。うじうじ悩んでないで剣を振れ。ここに来てから一度も笑顔を見せてないぞ?」
「そ、そんなことは……」
「せっかく綺麗な顔なんだ。笑えって」
「は、はい。すみません……」
庭のテーブルから、大きな溜め息が聞こえた。
「あのねえ、最初に殺すとか言ってたのはあなたよ?」
「う、うるせーな!」
「レーシェはあなたが怖いのよ」
シルヴァが横槍を入れてきた。
シルヴァも毎日俺の素振りを見学している。
「お、お前のほうが酷いだろ!」
ルジェール王国との戦いでは、シルヴァが最も殺していた。
「魔人のアレファスちゃんは、人の心ってものが分からないのよ」
今日はさらにアクアスも一緒だ。
「ちっ、うるさい観客だ。まあいい。レーシェ、剣を持て」
「剣ですか?」
「俺と勝負しろ」
「い、いや、アレファス殿と勝負なんて、勝負になりません」
「ダメだ。勝負しろ」
「わ、分かりました……」
レーシェの表情が恐怖で引きつっている。
無理もない。
だが、俺の意図は違うところにある。
「レーシェ。この勝負は賭けだ。俺が勝ったら言うことを聞け。お前が勝ったら希望を聞いてやる。いくつでも、どんなことでもな」
「賭け!? そ、そんな……」
「俺はこの素振り用のクレイモアを使う。多少はお前が有利になるだろう?」
「い、いや……」
絶望の表情を浮かべるレーシェ。
それでも元騎士団将軍だ。
悲壮な表情で剣を握った。
「行くぞ!」
「はい!」
開始と同時に、俺はレーシェの喉元にクレイモアの剣先を突きつけた。
レーシェは瞬きすらできなかったはずだ。
「ま、参りました……」
レーシェにとっては屈辱だろう。
だが、これから努力して、少しでも実力を上げればいい。
「さて、言うことを聞いてもらおうか」
「は、はい……」
俺はレーシェを見つめながら、クレイモアを地面に突き刺した。
「ちょっと、アレファス! 酷いわよ!」
「アレファスちゃん、最低ね!」
シルヴァとアクアスが野次を飛ばしてくる。
「うるせーっつーの!」
野次に負けず、俺はレーシェの瞳を真っ直ぐ見つめた。
間違いなく怯えている。
「言うことを聞いてもらうぞ」
「か、かしこまりました」
レーシェの顔面は雪原のように蒼白だ。
唇まで色を失っていた。
「まず一つ目、俺に敬語をやめろ。二つ目、俺のことはアレファスと呼び捨てにしろ。三つ目――いてっ!」
石が飛んできた。
どうやらシルヴァが風魔法で飛ばしたようだ。
「欲張り!」
「強欲!」
またしても、野次を飛ばしてくるシルヴァとアクアス。
さらに石まで飛んでくる。
「石を投げるなっつーの!」
俺は右手で全ての石を掴み取る。
「すぐ怒る」
「やーねー」
「嫌なのはこっちだよ……。オホン!」
俺は一度咳払いをして、改めてレーシェに視線を向けた。
「三つ目、ここでの生活で辛いことがあったらいつでも言え。四つ目、最後になるが、なるべく笑顔を見せてくれ」
「え? そ、それだけですか?」
「それだけって言ってもな。お前、それすらできてねーんだぞ?」
「あ……。すみません……」
レーシェの瞳が大きく潤む。
瞳が輝き、頬に雫がつたう。
「ようこそ、セディルナ村へ」
俺は見よう見まねで騎士の礼式を披露した。
「あ、あ、ありがとうございます……。うう……」
「レーシェ、ここには好きなだけいていいからな」
受け入れると決めたからには、心から歓迎する。
レーシェはもう仲間だ。
俺はレーシェの肩に手を乗せた。
「アレファスちゃんは本当にいい男ね。うふふ」
「ですね。ふふふ」
観客席からうるさい声が聞こえた。
「ちっ、やりずれー」
レーシェが大粒の涙を流しながら、俺の顔を見上げた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
俺はレーシェにハンカチを手渡した。
「おい、そうじゃねーだろ」
「あ、ありがとう。アレファ……ス……」
「やればできるじゃないか。はっはっは」
「うん……。ありがとう……。ありがとう……」
涙で声を震わせながら、レーシェが笑顔を浮かべた。
銀月の女神と呼ばれていたレーシェだ。
その笑顔はまさに女神のように輝いていた。




