第46話 テラムの大罪
「アレファスちゃん。今から大事なことを三つ言うわね」
「三つ?」
「どれもバラバラのように聞こえるけど、全てが繋がっているから、そう思って聞いてね」
いつもの妖艶な笑みを浮かべながらも、アクアスの表情は真剣そのものだ。
「わ、分かった」
「まず、一つ目。レーシェちゃんは人間じゃないわ」
「はあ!? ど、どういうことだ! どう見たって人間だろ!」
いきなりとんでもない発言だ。
「厳密に言うと、今はという状況ね」
「今は? じゃあ以前は?」
「もちろん人間だったわよ。だけど、目覚めちゃったみたい」
いきなり衝撃的なことを言い始めたアクアス。
「彼女は魔獣の因子を持っていたのよ」
「魔獣の因子?」
「そっか、アレファスちゃんは初めて聞く言葉よね。この星には月が二つあるでしょ?」
アクアスが夜空に浮かぶ赤月を指差す。
今日は赤月の満月だ。
「もちろんさ。銀月と赤月だ」
「実は、この星には元々三つの月があったのよ。青月と言ってね、とても綺麗な月だったわ」
「な、なんだと!」
「それが、とある理由で二つになっちゃったの。月の世界はそれはもう大混乱よ。それで月に住む魔獣たちは、全員この星に降りてきたの」
「い、いやいや、もう言ってることが全然分からんよ……」
「そういうものだと理解しなさい。魔竜の存在と一緒よ」
「わ、分かった」
もちろん、言葉の意味は分かる。
だが、月に生物がいたことや、それが魔獣という存在だと初めて聞いた。
そもそも月が三つあったこと自体知らない。
「降りてきた魔獣は、一部の動物の祖となったわ。そして、長い長い年月をかけて生物は進化していった。魔獣の血は薄まったけど、極稀に魔獣の因子を持つ生物が生まれるのよ」
「それがレーシェなのか?」
「ええ、そうよ。でも、人間が魔獣の因子を覚醒することはない。だけど、レーシェちゃんは以前、私の治癒の水を飲んだでしょう?」
「治癒の水……。あの、レーシェの傷を治したやつか」
俺との戦いで瀕死の重傷を負ったレーシェは、アクアスの治癒の水で完治した。
「そうよ。私も誤算だったのだけど、まさか治癒の水が魔獣の因子を呼び起こす要因の一つとは思わなくてね。私も驚いちゃったの」
「まあでもレーシェが助かったから、それは別にいいだろ。あの時はあれ以外方法がなかったしな」
「うふふ、ありがとう」
アクアスがレーシェを見つめる。
「レーシェちゃんは本当に特別で、魔獣の因子と治癒の水、さらに銀月の満月に究極の解放を誓ったことで、上位への進化が起こっちゃったの」
当の本人であるレーシェは、全ての感情が抜け落ちたような表情を浮かべている。
自分のことが話題になっていることは理解しているようだが、もはや混乱すら通り越しているのだろう。
アクアスは続いて、テネヴァスに視線を向けた。
「二つ目、テネヴァスちゃんは闇竜だけど、重力を司る重竜でもあるのよ」
「じゅ、重竜?」
「そうよ。この星の重力はテネヴァスちゃんの力なのよ」
「え、えーと、もう本当になんというか……」
レーシェと月の話から、突然のテネヴァスの権能だ。
何がなんだか分からない。
アクアスは一体、何が言いたいのだろうか。
「三つ目、これで最後よ。三つあった月の一つを壊し、全てを狂わせた元凶がテラムちゃんなのよ」
「な、なんだって!」
俺とシルヴァはひっくり返りそうになるほど驚いた。
いや、実際にシルヴァはへたり込みそうになったほどだ。
俺が腰を支えなければ、腰を抜かしていただろう。
「つ、月を壊す……? なぜそんなことを……? いや、そんなことが可能なのか……?」
常識で計ることができない魔竜だが、それでも常軌を逸している。
「は、反省しておるのだよ……」
うつむくテラム。
肩を震わせ、額からは一筋の汗が滴り落ちる。
そんなテラムの背中を、アクアスが微笑みながらそっとさすった。
「この星と三つの月は奇跡的なバランスで保たれていたの。おかげでこの星には四季があったのよ」
「四季だと? 四季ってなんだ?」
「春夏秋冬と言う四つの季節よ。一年を通して気温や気候が変わるから、同じ地域でも季節によって灼熱の日もあれば極寒の日もあるのよ」
「同じ場所で気候が変わるのか。凄いな」
「どの季節も長所があってよかったなあ。でも今は一年中、同じ気温でしょ? それはね、テラムちゃんが……」
アクアスが内容を詳しく説明してくれた。
テラムは自分の領地で野菜を作ろうとしたが、上手くできなかった。
一つ気づいたことは『季節があると一年中同じ野菜を収穫できない』ということだ。
季節の変化は月と関係があることを知っていたテラムは、三つの内の一つ、青月を破壊した。
その結果、この星の地軸の動きが狂い、テラムの狙い通り季節が消失。
常に同じ気候になったが、季節がなくなったことで極南は常に極夜、極北は常に白夜となった。
「じゃ、じゃあ、テネヴァスが怒っている理由って……」
「元々極南の極夜は一年の半分だったけど、それを永久極夜にしちゃったのよ」
「そ、そりゃ怒るのも無理はないな……」
「さらにテネヴァスちゃんは重力も扱うから、狂った地軸を保つために、極南で必死に頑張ってくれているのよ。永遠の闇の中でね」
俺はその話を聞いて、テネヴァスに深く同情した。
いや、同情どころではない。
こんな小さな子が、星のために頑張っているなんて心が痛くなる。
十五億歳だが。
「テネヴァス。時間が許す限り、この地にいていいぞ。お前のために立派な家を建ててやる。なんならテラムを極南に行かせる。こいつはもういらん」
「なっ! なんてことを言うんだ、アレファス!」
拳を握りしめ、抗議の声を上げるテラム。
そんなテラムをテネヴァスが睨みつける。
「あの時ばかりはクソバカクズ兄貴を殺そうと思ったよ。今もだけどね」
「あ、謝っただろう……」
「はああああ。このクソバカクズ兄貴は……」
テネヴァスがめっちゃ大きなため息をついた。
心底呆れた表情だ。
「世の中には謝っても許されないことがあるんだよ。ニフスちゃんだってまだ許してないんだよ?」
「むぐぐ……」
またしてもうつむくテラム。
この件に関して、テラムが弁解できることは何一つとしてない。
全てにおいてテラムが悪い。
アクアスが二柱の様子を眺めながら、笑みを浮かべていた。
「ねえ、アレファスちゃん。状況は理解した?」
「ああ、とんでもない話だが理解はしたよ。月を壊し、魔獣の住処を奪ったのはテラム。地軸を狂わし季節を奪ったのもテラム。悪いのはテラム一人だけ」
「まあそうなっちゃうわね。うふふ。それで話は戻るけど、レーシェちゃんは魔獣の因子を持っているって言ったでしょう?」
「そうだったな。でも、レーシェは別にテラムを恨んでいるわけじゃないだろ?」
「もちろんよ。そんな太古のことは知らないもの。だけど、今は月の影響を受けちゃっているの。ね、テネヴァスちゃん」
アクアスがテネヴァスに視線を向けた。
すると、テネヴァスが頷きながらレーシェの元へ近づく。
レーシェは少し身構えていた。
「待て、テネヴァス。まずはレーシェにみんなを紹介する。じゃないとレーシェが困惑したままだろう」
俺は改めてここにいる者たちをレーシェに紹介した。
魔竜が四柱いることに、驚きを隠せないレーシェ。
改めて、テネヴァスがレーシェの正面に立つ。
「ねえ、レーシェさんと言ったよね?」
「レーシェで結構でございます。テネヴァス様」
「ふーん、じゃあレーシェ。レーシェの重力は狂ってるよ」
「え? ど、どういうことでしょうか?」
「考えてもみてよ。たった一頭の馬だけで、この数万冊の本を載せた荷馬車を運べるわけないでしょ?」
「た、確かに……」
「変化に気づかない?」
「あの、実は半月ほど前から身体が異常に軽いのです。触った物も動きがおかしいというか……」
「うん。レーシェが上位への進化した時、一時的に月の重力に書き換わっちゃったんだよ」
「月の……重力ですか?」
「そう。月の重力はこの星の十分の一。だから、レーシェ自身と触れた物はその影響を受けていたんだよ。今からそれを直すね」
テネヴァスがレーシェに掌を向けた。
すると、レーシェの身体の光が収まった。
「これでレーシェの重力は元通り。半月ほど軽かったから、しばらくは辛いはずだよ。でもすぐ慣れるよ」
「は、はい。ありがとうございます」
動きが少し重そうだが、一流の剣士であるレーシェなら問題ないだろう。
それよりも、一瞬でレーシェを正常にしたテネヴァスの権能に驚くばかりだ。
「テネヴァス。お前凄いんだな」
「凄いってわけじゃないけど、私はこの星の重力だもの」
さらっと言ったが、とんでもない内容だ。
重力という目に見えないものが、目の前に存在している。
それこそアクアスが言った通り、そういうものだと理解するしかないだろう。
「重力か……」
重力と聞いて、俺は一つ思いついたことがあった。
「なあ、テネヴァス。重力を操れるのなら、テラムの重力を百倍くらいにしたらどうだ? そしたら悪さもしないだろ?」
「今はまだこの星の重力を超えることができないの。でも、もしできるようになったら、その時は……」
テネヴァスの表情が邪悪に歪む。
「くっくっくっ、テラム平原の地底に沈めてやる。クソバカクズ兄貴め」
「や、やめろっ!」
テラムがテネヴァスに向かって、両手を大きく振った。
テラムとレーシェ以外の者が、全員声を上げて笑う。
なんだかんだ言っても、今のテネヴァスに心から怒っている様子は見えない。
というか、遊びに来るほどだし、意外と仲は良さそうだ。
「はあ、なんだか大変だったぜ」
「でも、これでよかったんじゃないの?」
シルヴァが優しく俺の腕に触れた。
「そうだな。しかし、魔竜といい魔獣といい、本当にとんでもない奴らばかりだな」
「あなたがそれを言うの?」
「ど、どういうことだよ」
「別にー」
「なんだよ!」
シルヴァが馬車に乗り込み、本を物色し始めた。
久しぶりの本だ。
堪能させてやろう。
俺はレーシェに頭を下げた。
「レーシェ、ありがとう」
「と、とんでもないことです」
焦りながらも、俺よりも深く頭を下げるレーシェだった。
「おい、アレファス。もう帰るぞ。馬車ごと運んでやる」
「おう、頼んだぜ」
魔竜の姿に戻ったテラムが、正常の重力に戻ったレーシェの馬車ごと抱え上げた。
そして、セディルナ村へ向かって羽ばたいていく。
いつも不気味だと思っていた赤月の鮮血の月夜が、この時ばかりは暖かな歓迎の光に感じた。




