第42話 フェルムの能力
「素材を見つけました。地中でフェルム鋼にしてから取り出します」
フェルムが視線を向けている水路近くの地面が、少しずつ盛り上がっていく。
そして、真っ赤に熱せられた塊が姿を現した。
岩石のような形だ。
「こ、これがフェルム鋼か」
「この距離でも熱気を感じるわ」
俺の隣に立つシルヴァが、細い腕で顔を隠している。
離れていても顔を焼くような熱が届く。
土草を燃やしながら徐々に湧き上がるフェルム鋼。
固体が地中から湧き上がる光景は、アクアスの水とはわけが違う。
不思議を通り越して、もはや不気味だ。
「こりゃ、デカいぞ」
「あ、熱い……」
シルヴァが俺の背中に隠れて、肩から少しだけ顔を覗かせている。
その仕草が可愛らしいと思ってしまった。
「なによ」
「いや、その……。可愛いと思ってな」
「お婆ちゃんだからってバカにしてる?」
「してねーよ!」
「本当?」
「当たり前だろ」
「じゃあ許してあげる。うふふ」
許すもなにも、俺は悪いことなど一つもしていないのだが……。
シルヴァと話していると、フェルム鋼の抽出が終わったようだ。
三メルテ四方もの巨大な塊だった。
「アクアス姉様、水をかけていただけませんか? 一旦冷やします」
「いいわよ。冷水で一気に冷やしていいのね?」
「はい。お願いします」
アクアスが手をかざすと、フェルム鋼に向かって大量の水が降り注ぐ。
激しい音を立てながら、水が一気に蒸発していく。
周辺一帯を水蒸気が覆い隠した。
「アレファスさん。これがフェルム鋼です。道具を作る際は、必要な量を取って使います」
「し、しかし、フェルム鋼は硬いのだろう? 削り取ることはできるのか?」
フェルムが笑みを浮かべながら、シルヴァに視線を向けた。
「シルヴァさん。魔法で水蒸気を飛ばしてくださいませんか?」
「は、はい。かしこまりました」
シルヴァの風魔法によって、水蒸気が晴れていく。
先程まで煌々と熱せられていた鉄が、冷やされたことで黒い塊に変化していた。
フェルムが近づき、躊躇なくフェルム鋼に触れる。
冷えたとはいえ、まだ触ることができないほどの高温じゃなかろうか。
「ご安心ください。僕なら簡単に取り出せます」
柔らかな粘土をちぎるように、フェルムが掌サイズのフェルム鋼を掴み取った。
「マ、マジかよ」
何でもありの魔竜だが、そのバカげた権能には驚くばかりだ。
フェルム鋼を手に持ちながら、フェルムは村の敷地を見回している。
「アレファスさん。お願いがあります」
「お願い? 何でも言ってくれ」
「しばらくの間、セディルナ村に滞在してもよろしいですか?」
「ああ、もちろんさ」
「それと、僕の工房を建てていただけませんか?」
「工房? それは鍛冶場でいいんだよな?」
「はい、そこで農具や武器を作ります」
「お安い御用だ。高炉を作るための素材があるから流用するよ」
「ありがとうございます。僕が鉄具を作るので、必要な道具があれば言ってください」
「助かるよ。ありがとう、フェルム」
俺は改めてフェルムと握手を交わす。
権能は置いといて、性格はまともな魔竜で良かった。
「うふふ。弟たちはみんなしっかり者よ」
「テラムもか?」
「そうよ。あの子は誰よりも好奇心があるの。あの子のおかげで私たちは魔人化できているし、人間とも交流するようになったのよ。そもそも、今の人間が繁栄できているのもテラムちゃんのおかげなのよ」
「まあそうだな。俺もシルヴァもテラムには世話になったしな」
その言葉を聞いたテラムが、両腕を腰に当て大きくふんぞり返っている。
この尊大な態度こそテラムだ。
「うむ、そうだぞ。だから私をもっと敬え」
「はいはい、敬ってますよ。今日は旨いものを食わせてやりますって、テラム様」
「トウモロコシだぞ!」
「分かってるよ。フェルムを連れてきてくれたし、今日はトウモロコシのフルコースだ」
「さすがはアレファスだ!」
「作るのはシルヴァだ。感謝はシルヴァにしろよ」
「シルヴァ!」
突然シルヴァに向かって大声を出すテラム。
何事にも動じないシルヴァが珍しく驚いていた。
「ありがとう!」
バカ正直というか、真っ直ぐというか。
こういう素直なところは見習いたい。
「うふふ。ありがとうございます、テラム様。他にも食べたいものがあったら言ってくださいね」
「全部だ! 全部出せ!」
「はい、かしこまりました。うふふ」
まあなんというか、テラムらしい。
***
夕焼けを迎え、作業を終えた俺たちはレストランへ移動した。
テラムの帰還に、フェルムとテネヴァスの歓迎会だ。
シルヴァが腕によりをかけて料理を振る舞ってくれた。
フェルムとテネヴァスは、この地の野菜を使った料理を初めて食べる。
口に合うか心配だったが、それは杞憂に終わった。
「テラム兄様がこだわる気持ちがよく分かりました。味付けは絶妙。素材の力も強い。この料理を味わってしまうと帰れなくなりますね。ははは」
「もう、フェルムお兄ちゃんは理屈っぽいんだから。でも、本当に美味しい。シルヴァさんは料理の天才ね」
二柱とも、シルヴァの料理に感動していた。
テラムは無言で料理をかき込んでいる。
久々のシルヴァの手料理だ。
マナーの悪さは目をつぶろう。
ただ、テネヴァスのゴミを見るような目が怖かったが……。
食事を終えると、シルヴァがハーブティーを淹れてくれた。
「さて、家をどうするかだな」
テネヴァスとフェルムが来たことで、セディルナ村は魔竜が四柱滞在することになった。
現在、この地のログハウスは四軒だ。
単純に足りない。
テネヴァスが隣に座るアクアスの袖を掴んだ。
「ねえ、アクアスお姉ちゃん。私、お姉ちゃんと一緒がいい」
「いいわよ。じゃあ、テネヴァスちゃんは家に来なさい」
テネヴァスはアクアスの家に滞在することになった。
だが、フェルムはさすがに一軒用意する必要があるだろう。
「新しく家を建てるにしても、それまでどうするかだな」
シルヴァがティーカップを手に取った。
瞳を閉じて、香りを楽しみながらハーブティーを口にする。
「ねえ、アレファス。私はアレファスの家に行くわ。そうすれば、テラム様とフェルム様はお一柱で住めるでしょ」
「俺は構わんが……。いいのか?」
「別に構わないわよ。裸も見られてるしね」
「おまっ! 見られてるって! お前が見せたんだろうが!」
「はいはい、照れちゃってかわいいわね」
「な、なんだと!」
俺は声を荒げるが、シルヴァは全く動じない。
魔女シルヴァ恐るべしだ。
「荷物運ぶの手伝ってね。女の荷物は多いのよ。それと、落ち着いたら増築してよ」
「わ、分かったよ。ってか、増築するくらいなら、新しくお前の家を建てればいいだろ?」
「このまま一緒に住めばいいじゃない」
「そ、そりゃそうだが……」
「嫌なの?」
「い、嫌じゃないさ」
「じゃあ、いいじゃない。うふふ」
こういうのを尻に敷かれるというのだろうか。
まあ悪い気はしないから、それはそれで構わない。
それに俺はシルヴァと結婚するつもりだ。
なし崩し的に一緒に住むことになってしまったから、早く気持ちを伝えたほうがいいだろう。
ひとまず、家については決まった。
俺とシルヴァが一緒に住み、テラムとフェルムはそれぞれ一柱で住む。
テネヴァスはアクアスの家に泊まる。
建築作業は明日からだ。
また忙しくなるだろう。
だが、楽しみでもある。
俺はハーブティーを飲み干した。
「さて、せっかくこの地に来たんだ。フェルムもテネヴァスも温泉を堪能してくれ。アクアスが汲み上げてくれた極上の温泉だぞ」
「お、温泉! あの温泉があるのというのですか!?」
ここまで冷静だったフェルムの声が裏返った。
温泉ってそんなに驚くものなのだろうか。
「ああ、なんならサウナもあるぞ」
「なっ! サウナまで! い、一度入ってみたいと思っていたのです。まさかこの地で夢が叶うとは……」
大げさな反応を見せるフェルムを見つめながら、アクアスが輝くような白くて細い手を口に当て笑っていた。
「もう、フェルムちゃんは大げさね。じゃあみんなで一緒に入る? 兄妹水入らずよ」
俺はその瞬間のテネヴァスの表情を見逃さなかった。
原因は間違いなくテラムだろう……。
「きょ、今日は男同士で入るぞ。行くぞテラム、フェルム」
「おう!」
「はい!」
俺はテラムとフェルムを引き連れて、男だけで温泉に入った。




