第40話 テネヴァスの正体
「うふふ。さて、真面目な話をするわね」
最初から真面目に話してほしいものだが、そこはアクアスに言っても無駄だろう。
俺は喉まで出かかった声をこらえた。
アクアスは笑顔のままだが、悪戯な表情は消えている。
「テネヴァスちゃんが来た理由なんだけど――」
「それだ。寂しいなんて理由じゃないだろ?」
「本当にそうなのよ」
「え? マ、マジかよ」
「マジよ。あの子はね、闇竜なの」
「闇竜?」
「ええ。この星の極南に島があるの。テネヴァス島という名の島よ」
「テネヴァス島? 島なのに闇竜?」
地竜テラムはテラム平原で、水竜アクアスはアクアス湖だ。
テネヴァス島で闇竜という関係性が理解できない。
「テネヴァス島は極夜といって、昼がないのよ」
「なんだと! そんな場所があるのか?」
「ええ、そうよ。昔は一年の半分くらいが夜だったけど、今は色々あって完全に夜なのよ」
俺は太陽が昇って沈む。
当たり前のことだと思っていた。
「あの子は極夜から生まれたのよ。だから闇竜なの。と言っても、邪悪とかじゃないわよ? 人間は闇を恐れるけど、れっきとした現象だもの」
「闇も現象……。水や大地と一緒ってことか?」
「そう思っていいわよ。うふふ」
俺は気持ちを落ち着かせようと、ハーブティーを口にした。
闇から生まれた魔竜なんて聞くと、どうしても邪悪な魔竜を想像してしまう。
だが、本人は礼儀正しい子供だった。
子供といっても十五億歳だが。
「つまり、テネヴァスは闇の世界から遊びに来たのか」
「ええ。あの子の領地はずっと暗闇だから寂しいのよ。だから頻繁に遊びに来るわ」
「でも、前回来たのは十万年前だろ?」
「私たちにとってはつい最近よ。うふふ」
数億年を生きる魔竜だ。
俺たちとは時間の感覚が違う。
「あ、そうそう。テネヴァスちゃんは礼儀正しくてとてもいい子だけど、たまーに口が悪くなるから気をつけてね」
「わ、分かったよ」
「あと、ビックリするくらい強いからね。喧嘩しちゃダメよ?」
「あのなあ、魔竜と喧嘩する奴なんているわけねーだろ」
アクアスの言葉に心底呆れた。
最強の生物と喧嘩なんてするわけがない。
いや、俺の認識だと、魔竜たちは生物ですらないと思っている。
神と同一の存在だ。
「はああ」
アクアスが大きな溜め息をついた。
「な、なんだよ」
「あなた、テラムちゃんといっつも喧嘩してるじゃない」
「そ、それは、あいつが悪いんだろ! それにな、マジのマジでやったら、俺なんかが勝てるわけないんだよ」
「ふーん、そうなの?」
「当たり前だろ。あんなの自然災害を通り越してやがる。天地創造だっつーの」
「いつか試してみれば? 勝てるかもしれないわよ?」
「さっき喧嘩すんなって言っただろ!」
「喧嘩と勝負は違うでしょ? うふふ」
アクアスと話していると、とんでもないことに発展しそうだ。
俺はハーブティーを飲み干し、席を立つ。
「ったく、仕事してくる」
「今日は何するの?」
「畑作業だ。水田はお前たちに任せてもいいか?」
「いいわよ。午前中に水田作って、午後には種籾を蒔くわね。テネヴァスちゃんにも体験させてあげようっと。うふふ」
アクアスは微笑みながら、優雅にティーカップを手に取った。
***
水田の場所を決めると、アクアスは川から水路を引き水田を作った。
いつ見ても凄い能力だ。
「アクアスお姉ちゃん凄い!」
テネヴァスが両手を振り回して大騒ぎしている。
その姿はまさに十歳児だ。
「ありがとう、うふふ」
「ねえ、アクアスお姉ちゃん。ここで何するの?」
「お米を作るのよ」
「わー、お米食べたい!」
「一か月くらいかかるわよ?」
「待っててもいい?」
「もちろんよ。だけど、あなたも働くのよ? ここではみんなが働くの。できる?」
「うん! 大丈夫! 一生懸命働くね!」
笑顔で答えるテネヴァス。
だが、動きが止まった。
瞬時にその表情が変化し、眉間にシワを寄せる。
「……もしかして、テラムお兄ちゃんも働いてるの?」
「もちろんよお。むしろあの子が一番働いているわよ」
「ええー! あのクソバカワガママお兄ちゃんが!?」
「お口が悪いわよ。うふふ」
「信じられない。テラムお兄ちゃんが働くなんて……」
「全てアレファスちゃんのおかげよ」
「アレファスさんのおかげ?」
テネヴァスが俺を見つめながら、深くお辞儀した。
「アレファスさん。あのクソバカワガママお兄ちゃんを更生させてくださり、ありがとうございます!」
「お、おお」
妹にこれほど言われる兄って、いったい何をやらかしたのだろうか……。
◇◇◇
アクアスたちに水田を任せたアレファスは、畑作業に戻った。
その後ろ姿を眺めるテネヴァス。
そして、アクアスの袖を掴んだ。
「ねえ、アクアスお姉ちゃん」
「なあに?」
「アレファスさんって何者?」
「まだ若い魔人よ?」
テネヴァスの額から、一筋の汗が滴る。
「魔人? そんなレベルじゃないよ?」
「どう見えたの?」
テネヴァスには能力が二つある。
そのうちの一つが、他人の能力を読み取るというものだった。
「魔王……」
◇◇◇




