第38話 来客
東の空が僅かに赤く染まり始めた頃、俺は目を覚ました。
今から日課の素振りだ。
素振り用のクレイモアは道具に加工してしまったため、石材で代用している。
岩石を巨大な棒状になるように削り出した。
これを毎朝一万回振っている。
「おはよう、アレファス」
「シルヴァか。おはよう」
シルヴァはいつも俺と同じ時間に起きて、素振りを眺めていた。
「なあ、シルヴァ。素振りなんか見て楽しいか?」
「ええ、楽しいわよ。一万回もやって、僅かに肩が下る程度だもの。ずっと感心して見ているわ」
「何? 肩が下がってるだと?」
「下がると言っても極僅かよ? 普通の人には気づかないレベルだけどね」
「いや、妥協はいかん。一万回振っても変わらないフォームにしなければな」
「そこまでするの?」
「そうだ。もし戦いの最中に、その僅かな変化が起こったらどうする。それで戦況が変わることもあるんだぞ」
「変わらないんじゃないかしら……」
シルヴァが溜め息をつき、呆れた表情を浮かべた。
「あなた、やっぱり化け物ね」
「な、なんだよ」
「朝食作るから、お風呂入ってきなさいよ。汗が凄いわよ?」
「分かったって」
「一緒に入る?」
「嫌だっつーの!」
「私も入ろうっと」
「女湯に行けよ!」
シルヴァに背中を押され、俺は温泉に向かった。
***
温泉から上がりレストランへ向かう。
アクアスがテーブルで、優雅に紅茶を楽しんでいた。
絵になる美しさだ。
三十六億歳でも、見た目だけなら王侯貴族の令嬢と変わらない。
「あら、アレファスちゃん。おはよう」
「おはよう、アクアス」
「今日も素振り?」
「ああ、日課だからな」
「さすが魔人ね。うふふ」
アクアスと挨拶を交わすと、キッチンにシルヴァの姿が見えた。
先に温泉から上がって、飯を作ってくれていたようだ。
「アレファス、ちょうどよかった。盛りつけるからテーブルに運んで」
「はいよ」
シルヴァがカウンターに皿を並べ、料理を盛りつけていく。
今朝のメインは、長毛鶏の卵を使ったオムレツ。
そして、最近収穫したトマトを使ったカプレーゼ、ハッシュポテト、大角水牛のミルクだ。
三人で食卓を囲む。
「そろそろパンが欲しいな」
「小麦はもう少しね」
特別なこの地でも、小麦の栽培期間は約二か月だ。
通常よりも遥かに早いとはいえ、それでもまだ一か月以上かかる。
やはり主食がないと力が出ない。
それに、小麦以外にも選択肢を増やしておくべきだろう。
「なあ、シルヴァ。米を作りたいんだ」
「お米かあ、種籾はあるわ。でも、水田が必要よ」
シルヴァの言葉を聞いたアクアスが微笑んでいる。
「いいわよ。さっそく水田を作りましょう」
シルヴァは数万冊の本を読んだことで、農作物の知識を身につけていた。
「水田の場所を決めたら、水路も新しく作るわね」
「お米があれば料理のレパートリーが一気に増えます。ふふふ」
「それは楽しみねえ」
女子二人が盛り上がっている。
突然、レストランの扉をノックする音が響いた。
「ん?」
俺とシルヴァは、同時に扉を見つめた。
「誰か来たのかしら?」
「誰かって……。ここに来るやつなんていないぞ? テラムが帰ってきたのか?」
「テラム様がノックなんてする?」
「確かにな。あいつはノックを知らない」
外から声が聞こえるようだ。
「……せーん。すみませーん」
女の声だ。
しかも若い。
「俺が見てくる」
俺は席を立ち、ゆっくりと扉を開けた。
「こ、子供?」
一人の子供が立っている。
女の子だ。
周囲を見渡すと、他には誰もいない。
身長は俺の胸よりも低い。
年齢は十歳くらいだろうか。
レースが施された可愛らしい黒のワンピースを着ている。
だが、こんな子供が魔竜領に一人で来るなんて考えられない。
「お嬢ちゃん、誰と来たんだい?」
目の前の子供は、俺の顔を真っ直ぐ見つめている。
その瞳は光を吸い込むかのような闇色だ。
そして、真っ白な肌とは対照的な、新月の夜のような漆黒の長髪が特徴的だった。
「こちらにお姉ちゃんとお兄ちゃんがいるようなんですが?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃん?」
「俺に妹なんていないが……。え? シルヴァ?」
俺はテーブルに座るシルヴァに視線を向けると、首を横に振っていた。
すると、アクアスが席を立つ。
「あらあ、テネヴァスちゃんじゃない」
「あ、アクアスお姉ちゃん!」
子供が室内へ駆け出し、アクアスに抱きついた。
「お、おいおい。アクアスお姉ちゃんて……。その子供、もしかして?」
「うふふ、そうよ。魔竜の一柱よ」
「マ、マジかよ……」
「ほら、テネヴァスちゃん、みなさんに挨拶なさい」
アクアスから離れた子供が、姿勢を正し、深々とお辞儀をした。
「初めまして、テネヴァスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
信じられないほど礼儀正しい魔竜だ。
テラムとは大違いだった。




