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魔神と呼ばれた元傭兵のトンデモ開拓スローライフ 〜裏切られて引退したおっさん。一人で生きると決めたのに、最強種族が集まってくる〜  作者: 犬斗
第一章

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第32話 侵略の代償4

 驚く二人に、アクアスはいつもの妖艶な笑顔を向ける。


「私、生物の治癒ができるわよ」

「マ、マジかよ……」

「アレファスちゃんがどうしてもこの人間を治療したいというのなら、やってあげてもいいけど?」

「頼むぜ。だが、この人間のためじゃない。俺たちのためなんだ」

「なるほどね。分かったわ。ちょっと待っててね。その前に、念を押さなきゃ」


 横たわるレーシェの隣に、アクアスが膝を抱えてしゃがみ込む。


「ねえ、人間のあなた。魔竜領には手を出しちゃダメよ?」

「は、はい……」

「あ、そうそう、私も魔竜なの」

「え?」

「魔竜って一柱だけじゃないのよ?」


 アクアスは自然の理を話しているのだが、レーシェは全く理解ができない。

 レーシェはただ、現実的ではない話をする美しい女性を見つめているだけだった。


「あなた名は?」

「レ、レーシェ・アスエルと……申します」

「いい名前ね。レーシェちゃん。魔竜領はね、たかが人間が手を出せるものじゃないのよ? そもそもあなたたち人間が繁栄できるのも、私たちの慈悲があるからよ」

「じ、慈悲……ですか?」

「私たちから人間の領地を襲うことはないわ。私たちの間で、そう決めてるのよ。これでも人間の文明を気に入っているんだから。うふふ」

「は、はい……」

「いい? 調子に乗っちゃダメよ? 人間なんて簡単に絶滅しちゃうわよ?」


 優しい口調だが、恐ろしいことを話すアクアス。

 一人の若い人間に、人類の存亡なんて分かるわけがない。


「理解できなくても、そういうものだと思って覚えなさい。あなたたち人間は、地震や台風に勝とうと思う? 自然現象に勝とうとする?」

「い、いえ……」

「でしょう。魔竜もね、自然現象の一つなのよ」

「わ、分かりました……」


 理解していなくとも、レーシェは受け入れるしかない。


「うふふ、聡い子ね。じゃあ、治療してあげるわね」


 アクアスが水をすくうように両手を合わせると、突然水が湧き出た。


「これが治癒の水(メディキナ・アクア)よ」


 アクアスがレーシェの口に手を近づける。


「無理してでも飲みなさい」

「んぐっ。ごほっ!」

「もっと飲みなさい」

「ごほっ!」


 脇腹の激痛に堪えながら、掌に溜まった水を飲み干したレーシェ。


「痛みが……引いていく」

「そう。よかったわね」


 上体を起こしても痛みが出ない。

 レーシェは立ち上がり、身体を確認した。


「な、治ってる……。傷も塞がった……」

「そうよ。治癒の水(メディキナ・アクア)だもの」

「あ、あの……、ありがとうございます」

「感謝ならアレファスちゃんにしなさい」

「は、はい」


 レーシェがアレファスに向かって頭を下げた。


「アレファス殿。ありがとうございます」

「善意で助けたわけではない。お前にはやるべきことがあるんだ」


 レーシェが頭を上げた。

 真っ直ぐアレファスを見つめている。


「私の駐屯地はグラゴースでした。アレファス殿の最後の任務を知っております」

「あのことか……。まあ過去の話だ。俺は引退しているし、この地から出るつもりもない。もう二度と会うこともないさ。忘れろ」

「はい……」


 アレファスが広場を見渡し、一頭の軍馬を指差す。

 レーシェの愛馬だ。


「レーシェ。馬と食料を持ち出すことを許す。お前が国に帰り、このことを国王に報告しろ」

「分かりました」


 アレファスたちの元に、魔人化したテラムが姿を見せた。


「アレファス、ここにいる人間はこの娘だけだ。後はもう逃げたぞ」

「テラムか。色々ご苦労だったな」

「なに、私は何もしていない。鉄杭を投げただけだ。わははは」

「何人くらい逃げたか分かるか?」

「百人から二百人ってところだな」

「まあ十分か。さて、この城や死体はどうしたものか」


 アクアスが微笑んでいる。


「そうねえ、ここはもう自然に任せるわ」

「自然に任せる?」

「ここを湖にするわ。長い年月が必要だけど、全部分解されるわよ」

「年月って?」

「数千年から数万年。それでも剣や鎧は残る可能性があるわね」

「なるほどね。俺が生きてる間は無理か……」


 アレファスたちは城の外へ出た。

 これからアクアスの力によって、この地帯が湖に生まれ変わる。


「アレファス、軍馬はどうするの?」


 シルヴァが城に残る軍馬を見渡していた。


「放置でいいだろう。野生に帰ればそれでいいし、無理なら死んで肥料となる。それが自然の摂理だ」

「分かったわ。じゃあ、馬を城の外に出すわね」


 シルヴァが手をかざすと、城の広場で空気の破裂音が鳴り響いた。

 軍馬たちはいななき、走り去っていく。


「じゃあ、沈めるわよ」

「ちょっと待ってくれ」


 アレファスがレーシェを見つめる。


「レーシェ、死んでいった騎士を追悼しろ」

「は、はい。ありがとうございます」


 レーシェがルジェール騎士団式の追悼を行う。

 約二万人の死だ。

 その頬には一筋の雫が伝っていた。


「アレファスちゃん、そろそろいいかしら?」

「ああ。頼むよ、アクアス」

「じゃあ、やるわよ」


 アクアスが城に向かって両手をかざした。


「レーシェ、見ておけ。これが、お前たちが手を出した相手だ」


 アクアスが手をかざすと、地面が沈み、城が崩れていく。

 そして、大量の水が湧き出た。

 レーシェは両手を口で塞ぎ、目を見開いて凝視している。

 言葉も出ないようだ。


「ここは湖になるわ。様子を見て川も作るわね」

「すまんな。頼むよ、アクアス」


 しばらくすると、城があった平原は、完全に湖へと姿を変えていた。

 アレファスがレーシェの正面に立つ。


「いいか、レーシェ。人間は破壊しかしない。破壊は一瞬だ。だが、この土地が元に戻るには数万年の月日がかかる。いや、もう同じ土地には戻らないんだ」

「はい……」

「二度とこの地に踏み込むな」

「はい……。そのように……、必ずそのように進言します」


 大粒の涙を流すレーシェ。

 それは仲間の騎士のためなのか、魔竜の力を見た驚きか、それとも後悔なのか、アレファスには分からなかった。


「それでは失礼します」


 レーシェは馬に跨り、国境へ向かった。


「さて、俺たちも帰るか」

「帰るって言ってもな……。どこへ帰るのだ?」


 アレファスの言葉に困惑するテラム。

 しかし、アレファスにとって、焼け焦げたとはいえセディルナ村はもはや故郷とも言える土地だ。


「時間はある。もう一度作り直そう。なくなっちまったもんは仕方がない。むしろ、あの変なツリーハウスが消えたことを幸運だと思えばいいさ。はは」

「貴様! なんだと!」

「私も次はログハウスにするわ。アレファス、建ててね」

「そうね。ちゃんと村を計画しましょうね。うふふ」


 アレファス、テラム、シルヴァ、アクアスは、セディルナ村へ向かって歩き始めた。


 ◇◇◇

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