第31話 侵略の代償3
そう確信した瞬間、セルバスの左手が手綱を握ったまま身体から離れ、剣を握る右腕が宙に浮いていた。
「え?」
目の前の状況が理解できないセルバス。
アレファスはセルバスの気配と殺気を察知し、位置を特定。
瞬時に振り返ると、人間の目には捉えられないほどの速度でクレイモアを振り上げた。
セルバスの両腕を斬り、そのまま剣を振り下ろしてセルバスを両断しようと思ったが、旧知の顔を見て手を止める。
「俺も甘いか……。だが、どうせ死ぬ」
「くそ……。お前、強くなりすぎ……だろ……」
両腕を失ったセルバスは、受け身を取ることもできず、そのまま頭から地面に落下。
首の骨が折れ、そのまま目の光を失った。
「セルバス傭兵団長!」
レーシェがレイピアを構え、馬上から右手一本で突きを放つ。
『銀月の女神』と呼ばれるレーシェは、銀髪のポニーテールをなびかせながらアレファスに迫る。
銀色の剣先は閃光となり、アレファスの喉を確実に捉えた。
「終わりだ! 魔神!」
アレファスは右手の手首だけでクレイモアを返し、突きを弾くと同時に、レーシェの胸を斬りつけた。
「ヒヒィィン!」
アレファスの攻撃で、レーシェの馬が血に染まる地面に足を滑らせ横転。
レーシェは胸を斬られ出血しながら、地面に放り出された。
「二人が殺られただと! くそっ、遅かったか!」
白馬に騎乗し、抜剣したバシュデルが姿を見せた。
「お前は、確か騎士団長だったな」
「バシュデル・ブライシオだ!」
「なぜ魔竜領に侵攻した?」
「その理由を言えば、土地を分けてくれるのか?」
「それもそうだな……。お前らは侵略者だ。侵略者は――殺す!」
アレファスの人を超えた気迫に、バシュデルの愛馬が暴れ出す。
「ヒヒィィン!」
「くっ、落ち着け!」
倒れた二人の将軍と、血に染まる地面の状況を見て、バシュデルは馬から飛び降りた。
着地の衝撃を膝で吸収したバシュデルは、そのまま下半身を深く沈め、自らの筋肉に力を溜め込む。
それを一気に解放して、ロングソードを構えながらアレファスに迫った。
「死ね!」
ルジェール騎士団五百年の歴史で最強と呼ばれるバシュデルは、今でこそ権力に塗れているが、純粋な武力を持って騎士団長へ昇格していた。
「終わりだ!」
全て置き去りにするスピードで、超高速の突きを放つ。
異名である『汚れなき鎧』は伊達ではなく、飛び跳ねる戦場の泥や血でさえ、純白の鎧を汚すことはできない。
「ほう、速いな。人間にしては」
アレファスですら認める速度だった。
だが、それはあくまでも人間レベルの話であり、アレファスはすでに人間ではない。
人には見切ることのできないバシュデル渾身の突きを前にしても、アレファスは動じない。
そもそもアレファスは、バシュデルと同じ時間軸にいない。
アレファスは右手に握るクレイモアをただ振り上げた。
「化け物め……」
バシュデルは突きの体勢のまま、アレファスの横を素通りしていく。
徐々にスピードが落ちると、左右の半身が縦にズレていった。
アレファスは下段からの斬り上げで、バシュデルの身体を純白の鎧ごと両断していた。
「初めて……鎧が……汚れたわ」
汚れなき鎧は、鮮血に染まりながら地面に崩れ落ちた。
「「「バシュデル団長!」」」
バシュデル敗北に怯む騎士たち。
三将の敗北が軍に伝播するのに、そう時間はかからなかった。
***
「三将軍が討ち死にだ!」
「うわああああ!」
「あれは人じゃない!」
「魔女と魔竜を従えているぞ!」
軍の最後尾にいた傭兵部隊から、逃げ出す者が続出。
先程破壊した城壁から脱出していく。
だが、テラムが魔竜の姿のまま、城を飛び越え、城壁の前に立ちふさがった。
逃げ出す兵士たちを見て、テラムは咆哮を挙げる。
地鳴りのような強烈な咆哮を浴びた兵士たちは、その場に倒れていく。
それでも兵士たちは倒れた仲間を踏みつけ、我先にと外へ出ようとする。
城壁に集まった数千人によって互いに押し合い、踏み潰され、圧死していく。
テラムやアレファスが手をくださなくとも、混乱に陥った人間たちは自ら死んでいった。
背後から逃げられないと悟った残りの兵士たちは城門へ殺到するが、炎の竜巻に吸い込まれ焼かれていく。
「もう終わりだな」
そう呟くアレファスの周囲には、数千の死体が転がっていた。
全てアレファスが斬った騎士だ。
アレファスの元に、シルヴァとアクアスが歩み寄る。
「アレファス、終わったわね」
「シルヴァか。無事だったか?」
「ええ、おかげさまで何もなかったわ」
大切な物を焼かれた悲しみは残っているはずだが、シルヴァは笑顔を見せる。
アレファスは強い女だと感心するが、すぐに三百五十歳だということを思い出した。
「何よ?」
「な、何でもねーよ!」
「ふーん」
「そ、そんなことより、お前のあの魔法、えげつないぞ」
アレファスは誤魔化すように、焼け野原を指差す。
炎の竜巻はようやく収まった。
「それはこちらの台詞よ。あなた、剣だけで何人殺したのよ?」
「お、お前のほうが殺してんぞ!」
この戦いで、アレファスは七千人を斬り捨てていた。
シルヴァの炎の竜巻はそれ以上で八千人が焼け死に、テラムが投げつけた鉄杭と先程の咆哮で二千人が死亡。
そして、残りは混乱の中、圧死などで自滅した。
僅かに百人ほど逃げることができたが、それは意図したことだ。
この惨劇を広める必要がある。
二度と魔竜領に手を出させないために――。
「ぐっ……。うぅ……」
「ん? お前、生きているのか?」
僅かに声を上げる騎士がいた。
「お前は、レーシェだったな」
「う、うぅ……」
死んだと思われたレーシェが、唸り声を上げる。
レーシェの愛馬が足を滑らせたことで、アレファスの剣が僅かに急所から逸れていた。
「魔神アレファス……。私を……殺せ……」
「まあお前にも手伝ってもらうか」
「な……何をだ……。ごほっ……」
アレファスは地面に倒れるレーシェを見下ろした後、シルヴァに視線を向けた。
「シルヴァ、魔法で治療はできるか?」
「あのねえ、そんなに便利なものはないわよ。魔法で操れるものは自然現象だけ。肉体を復活させるなんて無理よ」
「なんだ、できないのか」
「当たり前でしょう」
「魔法ってのも万能じゃないんだな」
「そうよ。だから怪我はしないでね。まあ、あなたなら怪我も病気もしそうにないけど」
「うるせーな!」
シルヴァが膝をつき、レーシェの傷を診る。
「うっ! ごほっ、ごほっ!」
咳と同時に吐血するレーシェ。
「この子の怪我はちょっと酷いわね。誰がやったのか知らないけど、胸の傷が深い。それに、この吐血は肋骨が砕けて内臓に刺さっているわ」
「仕方ねーだろ! こっちだって死ぬところだったんだ!」
「ふーん……」
アレファスの発言に呆れたシルヴァは、冷たい表情を浮かべた。
「で、真面目な話、どうするの?」
「できれば治療したい。レーシェは将軍と呼ばれていたから、それなりの地位だろう。生かして国に返す。そして、二度とこの地に来ないように伝えさせる」
「よく効く薬はあったけど……全て燃えてしまったのよ」
「そうか……。こいつらの自業自得か。しかし、将軍級の言葉は欲しいところだな」
治療方法を思案する二人の間に、アクアスが割って入る。
「私が治療できるわよ?」
「「え?」」
アレファスとシルヴァが、同時に声を上げた。




