第26話 欲望の侵攻2
翌日、ルジェール軍は野営地を出発した。
一万五千の騎兵と、五千の歩兵、総勢二万の軍隊だ。
「走れ!」
「急げ! 足を止めるな!」
歩兵である傭兵部隊は、魔竜領に入ると同時に走り出した。
目標地点までの距離は十キルテ。
走り抜けられない距離ではない。
どんなに慎重に進もうと、空を飛ぶ魔竜から隠れることはできないだろう。
であれば、最大のスピードで進み、迅速に作業を進めることが得策だ。
「全軍停止!」
「止まれ! 止まるんだ!」
突然、全軍停止の角笛が響き渡った。
「なんだ!? どうした!」
「分からん! 上の命令だ!」
小隊長クラスには情報が伝わっておらず混乱しているが、歩兵たちはここぞとばかりに水分補給を行う。
傭兵団長セルバスは、確認のために騎士団長バシュデルの元へ急いで向かった。
「バシュデル団長。この進軍停止はどういった理由でしょうか?」
「貴殿を待っておった。今から説明する」
すでにレーシェは待機しており、三軍の長が揃ったところでバシュデルは説明を開始した。
内容は、斥候部隊が集落を発見したというものだ。
また、以前までなかった川や湖を確認したという。
「集落にはログハウスが四軒、大木を利用した家らしきものが二軒あるという。他にも畑や納屋、水車小屋、バーベキューコンロ、テーブルとベンチがあったそうだ」
「ログハウスに畑ですか?」
レーシェは思わず疑問を口にした。
「報告します!」
そこへ別の斥候が姿を見せた。
「集落には人の姿が見えません。ただ……」
「なんだ、言ってみろ」
バシュデルが低い声で問う。
「建物内を確認したところ、レストランや浴場までありました」
「どういうことだ?」
しばらく考え込んだバシュデルは、レーシェを見つめた。
「レーシェ将軍、その集落へ向かうぞ。セルバス傭兵団長もついてくるのだ」
バシュデルは案内係の斥候と騎兵百騎を引き連れ、集落へ向かった。
***
「本当に集落だ……」
集落に到着したレーシェは、ログハウスを見ながら呟いた。
全員が下馬し、集落を見て回る。
バシュデルは全ての建物に入り、その内装を確認。
個人の家だけではなく、報告通りレストランや浴場があることに驚くバシュデル。
セルバスはログハウスを見つめながら、建築技術の高さに感心していた。
「しかし、これはまだ築浅だぞ」
建築知識を持つセルバスは、ログハウスが完成してからそれほど時間が経っていないことに気づく。
新しいもので数週間、古いものでも一年ほどしか経っていない。
レーシェが、バシュデルの元へ向かう。
「バシュデル団長、いかがいたしますか?」
「レーシェ将軍はどう考える?」
「どのような者が住んでいるのかは分かりませんが、畑や水車小屋があることから、自給自足を行っていると考えられます。さらに、高度な建築技術がありますし、あの大木の家からは貴重な本も見つかりました。相当な知識を保有した者だと思われます」
レーシェが指差した家は、魔女シルヴァの家だ。
「高い知識を持つ者か」
「娯楽施設まであります。間違いなく、この地を領地としている人間がいるのでしょう」
「私もそう思う。だが――」
バシュデルが受けている命令は、人類初の魔竜領の占領だった。
そして、バシュデル自身、この地を手に入れた初めての人間という称号を求めている。
それはバシュデルが王になるための布石だ。
「ここに人が住んでいる証拠はいらぬのだよ」
「え?」
バシュデルは、この集落の規模であれば十人程度、多くても十数人が住んでいると判断した。
小人数ではあるが、先住を主張されると面倒になる。
特に高い知識を持つのであれば、様々な方法で訴える可能性があるだろう。
「この集落を徹底的に破壊せよ」
「し、しかし、食材もありますし、あの家には貴重な本も――」
「人が住んだという前例は作らせない。魔竜領の占領は、あくまでも我々が最初だ」
「か、かしこまりました」
「家畜も面倒だ。処分しろ」
「ハッ!」
二人が話している間、セルバスは納屋を確認していた。
道具を見れば、どういった作業をしているか分かる。
「ん? こんなところにクレイモア? しかし、刃がついてないぞ」
セルバスはクレイモアの柄を握った。
だが、全く動かない。
「な、なんだ、この重さは……。クレイモア……そういえば……」
セルバスが外に出ると、騎士たちが建物を破壊していた。
「徹底的に壊せ! 池も埋めろ!」
騎士たちは命令通り、建物と水路を破壊し、瓦礫で池を埋めていく。
破壊行動は人を変える。
当初は後ろめたさを持っていた騎士たちも、徐々に顔つきが変わり陶酔していった。
騎士たちは容赦なく、破壊の限りを尽くす。
「さすがにこの大木は倒せんか。炎の魔石を用意しろ」
バシュデルは騎士たちに火を付けさせた。
「燃えるものは全て燃やせ」
「ハッ!」
アレファス自慢のログハウス、テラムお気に入りのツリーハウス、シルヴァが三百年以上住んだ大木の家、アクアスの建てたばかりのログハウスが次々と燃えていく。
さらにレストランや温泉、そして水車小屋にも火を放った。
轟々と燃えるセディルナ村。
建物だけではなく、その歴史も、想いも、希望も、全てを破壊した騎士たち。
だが、その表情は誇らしげだった。
これが侵略戦争の悲惨さだ。
「行くぞ」
バシュデルたちは本隊へ戻る。
満足した表情を浮かべるバシュデル。
騎士の立場と罪悪感に挟まれるレーシェ。
そして、不安を拭えないセルバス。
傭兵団長のセルバスは思い出していた。
信じられないほどの重いクレイモアを振る傭兵がいたことを。
***
築城予定地に到着したルジェール騎士団は、迅速に野営の設営を開始した。
「傭兵部隊は城の建設だ! 騎士は魔竜の襲撃に備えよ!」
小隊長たちが叫ぶ。
傭兵部隊はあらかじめ用意した資材を組み立て、築城していく。
騎士団はバリスタやカタパルトを設置し、対魔竜の隊列を組む。
そして、魔法部隊が、対魔竜の新型兵器である神の鉄杭を整備した。
バシュデルは、その様子を満足そうに眺める。
だが、一つだけ不可解なことがあった。
「レーシェ将軍とセルバス傭兵団長を呼べ」
バシュデルは自身のテントに、レーシェとセルバスを呼び出した。
「レーシェ将軍、魔竜の反応が薄いと思わぬか?」
「はい、仰る通りです。過去の資料では、魔竜領に侵入すると一日以内には飛来していたようです」
騎士団としては、早々に魔竜が襲撃に来ると予想していた。
攻撃方法は空からの急襲だ。
「理由は分からぬが、これは好都合だ」
「はい。三交代でローテーションを組みました。昼夜問わず隊列は崩しません」
「うむ、頼むぞ」
頷いたバシュデルは、続いてセルバスに視線を向ける。
「セルバス傭兵団長、城の建設は予定通りか?」
「はい。五日で完成します」
「急がせろ。三日で完成したら報奨金を上乗せする」
「かしこまりました。そのように手配します」
この時のテラムは、アレファスたちとグラキャス氷河へ向かっていた。
帰還の予定は五日後だ。
予定を早めたバシュデルの判断は正しかった。
◇◇◇




