第25話 欲望の侵攻1
◇◇◇
人類初の国家が誕生してから約五千年。
それからいくつもの国が誕生し、いくつもの国が滅亡していった。
人類は国境を広げ、守り、奪い合う。
五千年経っても変わらない。
だが、不変なものもある。
それが魔竜領たるテラム平原だ。
人類は有史以来、愚かにもテラム平原へ侵攻を繰り返した。
しかし、その全てを魔竜テラムによって退けられ、一度も成功していない。
テラム平原の北東に隣接したルジェール王国は、近年目覚ましい発展を遂げ、爆発的に人口が増加した。
だが同時に資源や食料不足が浮上。
そこで国王ルジェール八世は、ルジェール騎士団にテラム平原の侵攻を命じた。
ルジェール騎士団の本部で、騎士団長のバシュデルがコーヒーを飲みながら書類に目を通している。
「私がテラム平原を統治する最初の王となろう。くくく」
野心家のバシュデルは、そう遠くない未来を想像して、卑しい笑みを浮かべていた。
その内容は、侵攻後のテラム平原の領主となり、力をつけたところで独立するというものだ。
それは反逆ともいう。
崇高な騎士精神など、この男はとうの昔になくしていた。
騎士団長の執務室をノックする音が響く。
「団長、準備が整いました」
「分かった。出撃するぞ!」
「ハッ!」
バシュデルは純白の鎧を纏い、執務室を後にした。
★☆★☆★
ルジェール王国とテラム平原の国境に、魔竜領への侵攻部隊が集結。
この場所が今回の遠征の合流地点だ。
今回の遠征は三つの軍隊からなる。
ルジェール騎士団本隊一万騎を率いる、騎士団長バシュデル・ブライシオ。
騎士団レーシェ隊五千騎を率いる、将軍レーシェ・アスエル。
傭兵団五千兵を率いる、傭兵団長セルバス・ジルモント。
総勢二万の兵士だ。
「バシュデル団長! ご無沙汰しております!」
「レーシェ将軍か」
レーシェがバシュデルのテントを訪れた。
さっそくテーブルにつき、バシュデルと挨拶を交わす。
レーシェは騎士団の将軍の中で、最も若く、最も美しい騎士として知られている。
レーシェの美しく輝く銀色のポニーテールに、バシュデルの側近たちが目を奪われていた。
「それにしても、魔竜領へ侵攻とは……」
「貴殿も国内の状況は分かっておろう?」
「はい、もちろんでございます。ですが、歴史上魔竜領の侵攻に成功したことは――」
「それを成し遂げるのだ!」
レーシェの言葉を遮るバシュデル。
「国家はさらに豊かになり、我がルジェール騎士団の名は世界に轟くのだぞ」
「失礼いたしました。団長の仰る通りです」
バシュデルが腕を組みながら、レーシェの不安気な紅い瞳を真っ直ぐ見つめた。
「貴殿の心配も分かる。そのために、王都より一万騎もの大軍で来たのだ。さらに貴殿のレーシェ隊五千騎、傭兵部隊五千兵だ。二万騎あれば、首都ですら簡単に落とせる。さらに対魔竜の新兵器もある。万全であろう」
バシュデルの言葉に頷くレーシェ。
確かに二万もの大軍であれば、魔竜といえども討伐は可能かもしれない。
その上、新開発の武器もあるという。
「侵攻は明日の早朝だ。まずは国境を超え、十キルテ進んだ草原に城を建てる。ここを拠点として国境を押し上げるのだ。魔竜を撃退し、補給線を構築しながら領土を広げる」
「はい」
「ゆくゆくは魔竜を討伐し、テラム平原の全てを領土とするのだ」
バシュデルが地図を指でなぞる。
それはルジェール王国の国境よりも外側を差していた。
「そのために、今回の傭兵は築城に強い者を多く手配した」
その後、傭兵団長を交え、軍議が行われた。
***
日没前に軍議は終了し、レーシェは自身のテントに向かう。
ふと立ち止まり、夕日が照らすことで赤く染まった荒野を眺める。
硬くひび割れた土に転がる大小様々な石。
自国の領土であるこの一帯は、不毛の大地だ。
テラム平原に入れば、肥沃な大地が広がる。
魔竜領の占領は、国民の生活向上に繋がることは間違いない。
だが、レーシェの本音は別だ。
「国王も騎士団長も、奪うことしか頭にない……」
不毛な大地とはいえ、広大なこの地を開拓すれば、誰も傷つかず豊かな生活を手に入れることができる。
二万の兵で魔竜領に侵攻するくらいなら、この人数でこのままこの地を開拓したほうが、余程有益だとレーシェは考えていた。
「レーシェ将軍!」
傭兵団長のセルバス・ジルモントが、レーシェに声をかけた。
「セルバス殿か」
「今回の作戦、我らは築城が主な任務だ。魔竜対策は頼んだぞ」
「もちろんそのつもりだ」
セルバスは長年ルジェール王国だけで傭兵活動をしていた。
その経験は騎士以上のため、王国と直接契約し、傭兵団長として傭兵の指揮や編成を担っている。
傭兵は国を選ばない。
金で動く。
だが稀に、国を固定して活動する者がいる。
セルバスは今回に限り、ルジェール王国で活動する傭兵を招集した。
「さすがに魔竜領への侵攻では、命が大切な傭兵どもは集まらない。リスクが大きすぎるからな。だからバシュデル団長と話し合い、今回は戦いよりも築城が主な任務として呼びかけたのだ。手当も通常の三倍としている。さらにこの作戦が成功すれば、テラム平原の土地の所有権と永住権が付与される」
「なるほど。条件は悪くないだろう」
広大なテラム平原は、ルジェール王国の数倍の広さを持つ。
魔竜テラムを討伐すれば、その土地が全て領土となるため、たかが数千人分の土地の分配など問題にならない。
また王国として、武力を確保できるメリットがある。
傭兵といえども、自分の土地を持てば家を守るために戦う。
それは国家のために戦うことでもある。
傭兵の話をしたことで、レーシェは一人の傭兵のことを思い出した。
「ところで、魔神の消息は掴めたのか?」
「魔神? ああ、アレファス・デモニウスか。実はあの事件後に手紙が来た。といっても、ただの引退届けだがな。事件の責任を追求するために捜索を行ったが、半年前に打ち切った。まあ、あの事件は傭兵どもの暴走が原因だから、正式に引退を認めたよ」
「魔神の追跡はできぬか」
「そうだな。アレファスほどの腕があれば、追跡を振り切ることは簡単だ。それに、アレファスは定住していなかったから、ルジェール王国にいないのであれば、スクロア帝国にいるのかもしれん」
「そうか……」
「もしアレファスがいたら、魔竜討伐も余裕だったかもな。はは」
冗談とも本気ともつかない発言をしたセルバスが、「さて」と呟き姿勢を正した。
「では、レーシェ将軍。明日は頼んだぞ」
「そちらもな。セルバス傭兵団長」
セルバスと分かれたレーシェは、士官用のテントに入った。
大きな溜め息をつき、椅子に座る。
「あの人の消息は掴めないのね……」
レーシェは食事を済ませ、夜遅くまで部隊の編成を練った。




