第24話 グラキャス氷河にて
今回は移動に時間がかかるということで、移動用の小屋にはベッドを載せた。
シルヴァとアクアス用に二台のベッドを用意し、俺はソファーで寝る。
「アレファスちゃんも、ベッドで寝ればいいのに」
ベッドで横になるアクアスが、微笑みながら俺を見つめていた。
「俺はいいんだよ」
「一緒に寝る?」
「いいって言ってんだろ!」
「混浴の時もそうだったけど、あなた気にしすぎじゃない? 魔竜はそんなこと気にしないわよ?」
「俺が気にするんだよ」
「あ、もしかしてシルヴァちゃんが気になるの?」
「ならねーよ。だって――」
言いかけて言葉を止めた。
だが、シルヴァが俺を睨んでいる。
「だって? 私が三百五十歳のお婆ちゃんだから?」
「違っ! そんなこと言ってねーだろ!」
「じゃあ一緒に寝ればいいじゃない」
「嫌だよ」
「はあ、本当に子供なんだから」
三十六億歳や三百五十歳から見たら、そりゃ子供みたいなものだろう。
容姿で判断すれば俺が最も年上で、二人は若い娘だが……。
「もう寝る」
「拗ねちゃった」
「あらあら、子供ねえ」
俺は無視してソファーに身体を預け、瞳を閉じた。
***
翌朝、目を覚ますとテラムはまだ飛行していた。
「おはよう、アレファスちゃん」
「おはよう」
アクアスとシルヴァは起きており、テーブルで優雅に紅茶を楽しんでいる。
「テラムはずっと飛んでるけど、問題ないのか?」
「魔竜の姿であれば睡眠を取る必要がないもの。一週間くらい空を飛び続けることは問題ないわよ」
「そりゃ凄いな」
俺は窓際に立ち、外に目を向けた。
「今はどの辺を飛んでいるんだ?」
見渡す限り水面が広がっている。
水平線と空しか見えない。
「これは海だよな? アクアス湖じゃないだろ?」
「そうよ、海よ。テラム平原を西に向かうと、海に出るのよ。そして、海を超えるとグラキャス氷河があるわ」
「グラキャス氷河は島なのか?」
「ええ、氷に覆われた島よ」
「魔竜グラキャスの領地なんだよな?」
「そうよ」
アクアスが俺の隣に立ち、窓に手をかけた。
「私が生まれた場所はアクアス湖だけど、この星の水でもあるのよ」
「ああ、前に言っていたな。だが、難しすぎてよく分からんよ。はは」
「簡単に説明すると、遥か昔、生まれたばかりのこの星は灼熱だったの。それが徐々に冷えてきて大量の雨が降ったの。それが私。雨は星を急激に冷やしたわ。それでグラキャス氷河が生まれたの。それが妹の氷竜グラキャスちゃんよ」
アクアスが窓を開け、顔を出して海を眺めた。
「そうそう。今私たちが飛んでいる海域は世界で最も深い海よ。マレム海淵というの。テラムちゃんの兄、海竜マレムちゃんの領地なのよ。あの子も今は寝てるけどね」
「なんだって! この海域は魔竜領なのか!」
「そうよ。グラキャスちゃん、マレムちゃん、テラムちゃんの三柱で創造の三柱よ」
「なるほど。創造の三柱は全員領地が繋がっているのか」
「ええ、三柱は仲がいいのよ。うふふ」
「その割に、テラムは氷竜グラキャスを恐れていたけどな……」
アクアスは海を眺めながら、懐かしそうに微笑んでいた。
それからしばらく飛行すると、ついに陸地が見えた。
いや、陸ではない。
巨大な青白い氷の塊だ。
「あれがグラキャス氷河よ。島ごと凍り、氷河となったのよ」
「島というより氷の大陸だな。凄すぎるよ」
地平線の彼方まで、氷の大地が続いている。
テラムが地上へ着地した。
小屋から出ると、テラムは魔人の姿に戻っている。
顔色は真っ青だ。
寒さなのか恐怖なのかは一目瞭然だ。
なぜならば、ここはそれほど寒くない。
いや、寒くないのではなく、シルヴァの魔法だ。
「私の魔法で冷気を遮断しているの。だけど、今度はコートを持ってきてね」
「コート? 魔法があればいらんだろ?」
「突然魔法が切れたらどうするのよ? 凍って死ぬわよ?」
「うっ、毛皮のコートを作るか……」
シルヴァは毛皮のコートを羽織っている。
俺は魔法のおかげで寒くないのだが、シルヴァはそもそも寒がりだ。
「ね、ね、ね、姉様。お邪魔いたします」
「あの子はぐっすり寝てるわよ」
テラムが大地に向かって何度も頭を下げている。
そのテラムの背中を優しくさするアクアス。
俺は氷の壁の前に立ち、拳で軽く叩いてみた。
当たり前だが固くて冷たい。
この氷の壁がどれほどの厚さなのか、全く想像できない。
「なあ、シルヴァ。この氷の奥に岩塩があるんだよな?」
「ええ、そうよ」
俺は小屋からツルハシを取り出した。
「よし、じゃあ削るぞ」
「ちょっと待って。氷の表面だけ溶かすわね。そうすれば、奥の岩肌が見えるはずよ」
シルヴァは現在、空気の層を作って冷気を遮断する魔法をかけている。
それなのに、同時に炎の魔法まで使用するという。
もしかして、とんでもないことをやっているのではないだろうか。
「そうね。同時に二つの魔法を使用するのは難しいのよ。ふふふ」
「心を読むなっつーの」
シルヴァが手をかざすと瞬間的に巨大な炎が発生し、氷の表面を溶かした。
「こ、これは!」
氷が透明になると、その厚さがよく分かる。
十数メルテはあるだろう。
それでも氷の透明度は凄まじく、奥の岩肌が見えた。
岩肌というか、ピンク色の岩塩だ。
「グラキャスちゃんの氷は特別よ。不純物がないのよ」
「うむ、姉様は本当に美しいのだ」
「あの子は性格も純粋だものね」
テラムは言わされているような気もするが、グラキャスは星を凍らせるほどの苛烈な性格なのに、純粋で美しいという、もうわけの分からない魔竜だ。
「この氷に傷をつけるのは申し訳ないが、削らせてもらうよ」
「ええ、いいわよ」
アクアスが頷いた。
もし仮に何かあっても、姉であるアクアスがいれば問題ないだろう。
「さて、じゃあ削るぞ」
俺は力いっぱいツルハシを振った。
先端が空気を置き去りにしたことで、凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「きゃっ!」
シルヴァが悲鳴を上げた。
ツルハシが氷に衝突すると、城壁よりも厚い氷に、蜘蛛の巣のような亀裂が入っていく。
「相変わらず凄まじいな」
「あらあ、想像以上だったわねえ」
テラムとアクアスが呟くと同時に、大地が揺れた。
「ね、姉様! そのままお休みください!」
テラムが焦りながら、氷に向かって両手を広げ、大きく振り回していた。
「衝撃で寝返りしただけね。テラムちゃん、安心なさい」
「ふう、姉様。お騒がせして申し訳ございません」
あの傍若無人のテラムが、何度も氷の大地に向かって頭を下げている。
三回ほどツルハシを振ると、氷は完全に砕けた。
「よし、氷が砕けて岩肌が出たな。岩塩を削り取るぞ」
俺はピンクの岩肌に、ツルハシを振り下ろす。
そして、二メルテほどの立方体を削り出した。
「大きすぎるか?」
「これくらいなら持てるぞ」
テラムが自分の身長よりも少し高い岩塩の塊を見つめていた。
その隣でシルヴァも岩塩を見上げている。
「この量の岩塩なら、四人で千年くらいはもつはずよ」
「しまった、取りすぎたか。もっと小さくするよ」
「別にいいんじゃない? テラム様が持てると仰るし」
「俺はそんなに生きてねーっつーの!」
「分からないわよ? あなた魔人だし」
「いやいや、魔人だからって無理だろ!」
「あなた、長生きしそうだもの。ふふふ」
笑いながら、シルヴァが氷の塊を拾い上げた。
「この氷も持ち帰るわよ」
「氷を? どうすんだ?」
「飲み物に使用したり、かき氷にしたり、色々と使えるのよ。この地の氷の品質は最上級だもの」
シルヴァが大きな木箱を積んでいたが、氷を持ち帰るためのものだった。
保冷の魔石で冷やしたまま持ち帰るのだろう。
「よし、採ったな? 早く帰るぞ」
テラムが移動用の小屋を指差した。
「そんなに早く帰りたいのか?」
「姉様にご迷惑がかかるだろうが!」
怒鳴りながら、魔竜の姿に戻ったテラム。
「もう、そんなに急ぐことないのに。うふふ」
アクアスがしゃがみながら、地面の氷に手を添えた。
「じゃあね、グラキャスちゃん。起きたらテラムちゃんに会いに来てね」
「グゴォォ!」
テラムが叫んだ内容がなんとなく理解できた。
「氷竜グラキャス、ありがとう」
「グラキャス様、ありがとうございました」
俺とシルヴァも氷の大地に深く一礼した。
そして、俺たちは東に向かって飛び立った。




