第23話 姉弟
今日は朝から畑仕事だ。
俺は鍬を手に持ち、畑を拡張していく。
「ひとまず、畑は倍の広さがあればいいか。いや、もっと必要か。あの食欲魔竜のせいでな。ははは」
扱う野菜が増えたことや、食材の消費量が上がったことで、畑が足りなくなってきた。
元々一人で生活していたこの地が、今や四人が住む小さな村だ。
単純に食料も四倍になる。
いや、テラムは人の数倍食べるので、七倍から八倍は必要だろう。
「アレファス、休憩しましょう」
ハーブ園からシルヴァが声をかけてきた。
「そうだな。少し休憩するか」
俺とシルヴァは畑の隣のテーブルへ移動した。
他で作業していたテラムとアクアスも一緒に休憩だ。
拡張された畑を眺めながら、シルヴァが淹れてくれたハーブティーの香りを楽しむ。
コーヒー好きの俺だが、シルヴァのハーブティーは気に入っている。
シルヴァがクッキーをテーブルに置いた。
「ねえ、アレファス。岩塩を採りに行きたいのよ」
「岩塩か。そういえば、切らしたままだったな」
「そうなのよ。普通の塩でもいいんだけど、やっぱりあの岩塩のほうが味に深みが出るのよね」
「確かにな。場所はグラキャス氷河だったな」
「ええ、そうよ」
以前、シルヴァに貰った岩塩でベーコンを作ったが、普通の塩に比べて遥かに旨かった。
だが、採りに行くと言っても簡単ではない。
「マレム海峡を超えるんだろう? 前はどうやって行ったんだ?」
「私は空が飛べるから、杖に乗って渡ったわ。だけど、やっぱり大変でね。できれば一緒に行ってほしいの」
「だけど、俺は飛べな――。ああ、テラムか」
テラムに視線を向けると、額から脂汗を流していた。
好物のクッキーにも手をつけていない。
「なあ、テラム。グラキャス氷河へ行けるか?」
「う、う……」
顔色も悪いような気がする。
どうしたのだろうか。
「アレファスちゃん。テラムちゃんはね、グラキャス氷河にちょっと辛い思い出があるのよ」
「ね、ね、姉様に……。ご、ご、ご挨拶をせねば」
アクアスがハーブティーを口にする。
そして、震えるテラムを見つめた。
「大丈夫よ。あの子はまだ寝ているわ」
「い、いや、しかし……。も、もし起きたら……。グラキャス姉様の寝起きの悪さといったら……」
「確かに、機嫌が悪いと生物が危険ねえ」
テラムの顔色が、見る見る真っ青に変化していく。
アクアスでさえ苦笑いを浮かべていた。
「な、何の話だ?」
「グラキャス氷河はね。妹の領地なのよ」
「妹?」
「ええ、そうよ。私よりテラムちゃんが詳しいわよ。同じ創造の三人だもの」
「創造の三人って?」
「魔竜が十三柱いるのは知ってるでしょう?」
「ああ、全員姉弟なんだろ?」
「そうよ。私たちは生まれた年代によって呼び名があるのよ。三女の私は原初の三女。テラムちゃんは創造の三人って言うのよ」
アクアスが水色の髪を耳にかけ、紙に文字を書き始めた。
しかも、文字がとても綺麗で読みやすい。
いや、そもそも人間の文字を知っていることに驚いた。
◇◇◇
始原の十三竜
原初の三女
長女
次女
三女:私
創造の三人
四女:グラキャスちゃん
長男
次男:テラムちゃん
悪戯な双子
五女
六女
真面目な三つ子
三男
四男
五男
無邪気な末子
七女
八女
◇◇◇
俺は紙を見つめながら、四女を指差した。
「この四女のグラキャスさんが、グラキャス氷河を領地にしているのか」
「そうよ」
「でも、なぜテラムはそんなに怯えているんだ?」
「テラムちゃんの躾は、グラキャスちゃんが行ったのよ」
テラムは気持ちを落ち着けるかのように、ティーカップを手にした。
「グ、グラキャス姉様には、た、た、大変お世話になったのだ。しかしだな……」
テラムの手が大きく震え、ハーブティーがこぼれる。
「あの子はちょっと厳しくてねえ」
「ちょっとではない!」
テラムがカップをテーブルに置いた。
「グラキャス姉様は……本当に恐ろしいのだ。なにせ過去三回も世界を凍らせている」
「そうねえ、とてもいい子なんだけど、怒ると手がつけられないものねえ。寝起きは特にね」
「私も危うく殺されるところだった。魔竜が死ぬなんてあり得ぬが、グラキャス姉様は別格だ」
テラムが死にそうになるなんて信じられない。
二人の話を聞いたシルヴァは、驚愕の表情を浮かべていた。
それにしても、シルヴァはよくそんな土地へ行ったものだ。
「シルヴァ。グラキャス氷河が魔竜領だって知っていたのか?」
「いえ、初めて聞いたわ。魔竜領だと知っていたら、もちろん行かなかったわよ」
「そうか。ん? でも、人間は今でも岩塩を採りに行ってるんだろ?」
「そうね。前も言ったけど、グラキャス氷河の岩塩は金以上の価値があるもの」
「なんでそんなに価値が高いんだ?」
「単純な美味しさと、採取の難易度ね。グラキャス氷河へ行くには海を渡る必要があるし、極寒の地だから命を落とす者が多いのよ」
採取の難易度が高いのであれば、価値が高いことは分かる。
しかし、人間が魔竜領に侵入しても問題ないのだろうか。
「なあ、アクアス。人間が踏み込んでも問題ないのか?」
「グラキャスちゃんの領地だから私が口を挟むことはないけど、本人が寝てる間は大丈夫じゃないかしら。それでも人間にとって、危険な土地であることは変わらないけど」
「じゃあ、俺らが行っても問題ないか?」
「ええ、そうね。テラムちゃんが行ってくれれば、だけど」
「アクアスは行けないのか?」
「私は飛べないのよ。うふふ」
「そ、そうだったのか。すまん」
俺はテラムを見つめた。
顔色は僅かに戻っているが、表情からは恐怖と焦りが抜けていない。
「わ、私に行けというのか?」
「行ってくれるのであればな。お前が好きなベーコンは、グラキャス氷河の岩塩で作ってるんだぞ?」
「それは分かっておるが、グラキャス姉様がもし起きたら……」
額から脂汗が滲み出ているテラム。
それとは対照的に、アクアスは優雅に湯気が立つハーブティーを口にしている。
「グラキャスちゃんが寝たのは、確か五千万年前だったわね」
「うむ。あの時のグラキャス姉様は、世界を凍らせて眠りについた」
「思い出したわ。全て凍ったものね。イグアスちゃんが溶かしてくれたからよかったけど、大変だったわね。うふふ」
人類の祖先が誕生したのは百万年前だという。
魔竜グラキャスの最後の活動が五千万年前ということであれば、人類が知るわけがない。
というか、世界を凍らせるような存在なんて、人間にはどうすることもできない。
意識したって仕方ないだろう。
「あの子、今回の睡眠は長いけど、まだ数百万年は起きないわよ。うふふ」
「そうかもしれぬが……」
「どうする、テラムちゃん」
テラムがハーブティーを一気に飲み干す。
「アレファス。岩塩を使えば、ピザの味はもっとよくなるのか?」
「ああ、それは間違いない。他の料理だってそうだ。あのベーコンで分かっただろ?」
「そうだな……」
テラムは瞳を閉じ、腕を組みながら何度も頭を捻る。
そして、真剣な表情で俺を見つめた。
「……分かった、行こう」
「行ってくれるか」
「うむ。だが、岩塩を採取したらすぐに帰るぞ」
「ああ、もちろんだ。移動はどれくらいかかるんだ?」
「往復で六日だな」
「分かった。じゃあ、収穫できる作物を刈り取っておくか」
話し合いを終え、俺たちは野菜を収穫。
そして、水車を止め、温泉の源泉も一旦停止した。
翌日の早朝、俺とシルヴァとアクアスは、移動用の小屋に旅の荷物を運び込んだ。
テラムは魔竜の姿に戻ると、優しく小屋を抱える。
「テラム、頼んだぞ」
「グゴォォ」
俺たちはセディルナ村から北西に飛び立った。
向かうは極寒の地、グラキャス氷河だ。




