第22話 ピザを焼こう
集落内に池ができたことで、俺たちは大角水牛の捕獲へ向かった。
広大なテラム平原には、当然ながら多くの動物が生息している。
テラムの案内で生息地へ向かい、大角水牛を三頭と、別の場所で長毛鶏を十羽捕獲した。
長毛鶏は一日一個無精卵を生む。
これにより、卵料理が可能となったことで、シルヴァの料理のレパートリーが増えた。
テラムはベーコンエッグを特に気に入り、ほぼ毎食パンに乗せて食べている。
そしてついに、念願のチーズとバター作りの開始だ。
チーズ作りはアクアスが熱心だった。
始原の十三竜の中でも、最も特別な存在だという原初の三女なのに、本を読んで勉強していたほどだ。
まあ、一回目を通しただけで、全ページを暗記していたが……。
「なあ、アクアスはこの世界で三番に誕生した魔竜なんだろ?」
「そうよ」
「それってもう神って言っても過言じゃないだろ?」
「うーん、まだかな。うふふ」
謙遜するアクアスだが、川や湖を作ったり温泉を掘ったりと、やってることはそれこそ神の御業だ。
「そんなに偉いのに、チーズは自分で作るんだな。しかも勉強までしてさ」
「だって、自分で食べるものだもの。それに美味しく作りたいじゃない」
テラムもそうだったが、魔竜は自分の欲望に忠実なようだ。
だが、それは決して暴力的なものではなく、理性的で、そのための努力は惜しまないという不思議な種族だ。
「アレファス、新しい小麦粉ができたぞ」
テラムが声をかけてきた。
大きな麻袋を抱えている。
「おお、できたか。どうだ、上手くいったか?」
「うむ。問題ないぞ。それどころか、作業効率は大幅に上昇した。人間の技術力は凄いな。素直に認めようではないか。わははは」
これまで小麦粉は石臼で手挽きをしていたが、人数が増えたことで賄えなくなってきた。
そこで俺は、アクアスが作った水路を活用して水車小屋を建築。
これで手間をかけず、大量に小麦粉の生産が可能となった。
「お前がたくさん食うからな。その分たくさん作らなきゃならん」
「な、なんだと!」
傭兵時代に建築の経験があったとはいえ、水車製作は初めてだ。
かなり苦労したが、勉強は楽しかった。
そのため、農作物の勉強と一緒に、最近は建築関連も併せて勉強している。
シルヴァの自宅には、そういった技術的な本も多い。
俺は新しく身につけた知識や技術で、レストランや温泉の設備も増やしていた。
「アレファス、バジルができたわよ」
「お、見せてくれ」
シルヴァは畑の一角に、魔女らしくハーブ園を作った。
そこで魔法や薬で使う薬草や、料理に使う香草を栽培している。
「食べていいか?」
「もちろんよ」
籠に入った収穫したばかりのバジルを一枚掴み、口に放り込んだ。
「この香りがなんとも言えん。旨いぞ」
「ありがとう。ふふ」
「このトマトも完璧だぞ」
「いよいよね」
「ああ、楽しみだ」
俺は畑からトマトを収穫した。
「アレファス! まだか!」
「焦るなって。今から作るよ」
テラムがいつにも増してうるさいが、気持ちは分からないでもない。
俺たちは材料をレストランに運び、調理を開始した。
今日はこの地で作った材料でピザ作りだ。
大角水牛のチーズと言えば、やはりピザだろう。
ピザは俺の好物の一つだが、まさかこの地で作ることができるとは思わなかった。
小麦粉、天然酵母、塩、オリーブオイル、水からピザ生地を作る。
オリーブオイルは、テラム平原に自生していたオリーブの木をこの地に移植して作った。
テラムが魔竜の姿で運んでくれたものだ。
数本でいいと言ったのに、テラムは二十本も取ってきた。
「うふふ、楽しみねえ。でも、食べられるのは明日よね。シルヴァちゃん」
「はい、そうです。生地は一晩発酵させたほうが美味しいですから」
「でも、あの子。すぐ食べられると思っているようね」
俺にはアクアスとシルヴァの会話が聞こえたが、テラムの耳には入っていないようだ。
嬉々として生地をこねている。
俺はトマトを潰し、ひとつまみの塩と少量のオリーブオイルを加え、トマトソースを作った。
「よし、仕込みは完了だな。明日はピザパーティーだ。楽しみだぜ」
「明日? ど、どういうことだ?」
「そのままだ。ピザは明日作る」
「はあ? 今日は食えんのか?」
「食えないことはないが、明日のほうが旨いぞ」
「ふ、ふざけるな! 私は昨日からずっと楽しみにしていたのだぞ!」
キッチンにテラムの絶叫が響き渡る。
見かねたシルヴァが、卵料理でテラムの機嫌を取ってくれた。
――
翌日、俺はテラムに叩き起こされた。
「アレファス! ピザを作るぞ!」
「お前……まだ夜明け前じゃねーか……」
「一刻も早く食べたいのだ」
「って、朝飯からピザかよ……」
「早く作るぞ!」
「分かったよ……」
俺は支度をしてレストランへ移動した。
昨日仕込んだ生地を冷蔵庫から運び出し、ピザ生地を伸ばしていく。
テラムに教えると、驚くほど早く会得した。
その手つきは、もはやピザ職人だ。
欲に忠実だから、吸収が早いのだろうか。
「アレファス、おはよう。早いのね」
シルヴァが起きてきた。
「このバカに起こされたんだ。夜明け前からピザが食いたいって大騒ぎして大変だったぜ」
「貴様! なんだと!」
アクアスまでキッチンに姿を見せた。
「もう。あなたは朝からうるさいわねえ」
「あ、姉上……」
全員が揃ったので、朝からピザ作りを開始した。
生地を伸ばし、トマトソースを広げ、チーズとバジルを乗せる。
それを新しく作ったピザ窯に投入。
炎の魔石で瞬時に高温となった窯は、短時間でピザが焼き上がる。
「できたぞ」
「むっ、もう焼けたのか」
ピザ窯から取り出し、ショートソードの刃を改造したピザカッターで四等分にカットした。
「さあ食べよう」
全員が一切れずつ持ち、口に運ぶ。
まず最初に、焼色のついた生地の小気味よい硬さが歯に当たる。
だが、噛むと同時に、生地の柔らかさと弾力を感じた。
レストランで食べたピザと同じ、いや、それ以上の食感だ。
そして、トマトソースの酸味と、濃厚なチーズのコクと塩気が口に広がり、バジルの香りが鼻を抜けていく。
「テラムちゃん。こういう食感のことを、外はカリッと、中はモチッと言うのよ?」
「なるほど。勉強になるよ、姉上」
微笑ましい姉弟の会話だ。
だが、その手は止まらない。
俺たちは一瞬で食べ切ってしまった。
「このピザ、旨すぎるだろ」
「これがピザか……」
「今まで食べたピザで、一番美味しいわ」
「チーズが本当に美味しいわね。うふふ」
俺はピザ好きとして様々なレストランで食ったが、自分で作ったピザが一番旨い。
「アレファス! もっと焼くのだ!」
「ああ、任せろ」
二枚目、三枚目と焼いていくが、全員すぐに完食する。
ただ、四枚目ともなれば腹も膨れてくる。
しかし、テラムだけは止まらない。
シルヴァとアクアスは一枚、俺は二枚食べた。
それで満足したが、テラムは一人で五枚ものピザを食べきった。
「ふう、満足だ。この地にアレファスを住まわせた自分を褒めようではないか。わははは」
「うふふ、よかったわねえ。テラムちゃん」
「姉上にも感謝だ」
食事を終えると、シルヴァが濃いめのコーヒーを淹れてくれた。
「ねえ、アレファス。この集落は四人もいるし、設備も整っているわ。もう村よね」
「村? そこまで大きくないだろ?」
「そんなことないわよ。立派な村よ。名前を考えましょう」
テラムがコーヒーカップを手に持ちながら、シルヴァを見つめている。
「当然テラム村だ」
シルヴァが苦笑いを浮かべると、アクアスが微笑んだ。
「古い言葉で、安住の地と言う意味のセディルナ村はどうかしら?」
「わあ、素晴らしいですね。さすが、アクアス様」
「セディルナ村か。いいじゃないか、アクアス」
「テラム村だ」
全員テラムを無視して話は進む。
「テラム村だ!」
誰にも相手にされず、意地になるテラム。
二十八億歳だというのに子供だ。
「じゃあ、ここはセディルナ村だ。と言っても、別に地図に載るわけでもないがな。ははは」
「いいじゃないのよ。地図なんて関係ないわ。それに、私はもう愛着を感じてるもの。ここへ引っ越してよかったわ。これも全てテラム様のおかげです。ふふ」
「そうね。私もここへ来てよかったわ。ありがとう、テラムちゃん」
「むっ、そうだろ、そうだろ! わははは!」
さすがシルヴァとアクアスだ。
子供をあやすかのように、瞬時にテラムの機嫌を治していた。




