第21話 魅力の温泉2
数日後、ついに温泉施設が完成した。
これで集落には、畑、テーブルとベンチ、バーベキューコンロ、納屋、各自の家が四軒、共有施設としてレストラン、そして温泉となった。
「どうだ、シルヴァ! 立派な温泉の完成だ!」
「わあ、凄い! アレファス、ありがとう!」
毛皮を羽織るシルヴァが、手を叩きながら温泉施設を見上げている。
これでシルヴァは、いつでも身体を温めることができるだろう。
俺たち四人は外風呂がある庭へ移動した。
「それじゃあ、源泉を繋ぐわね」
アクアスが手をかざすと、外風呂の隣に積み上げた岩から、滝のように湯が流れ出した。
白い湯気が立ち上り、熱気を感じる。
湧き出した温泉は、石の水路を通って内風呂にも運ばれていく。
「おお、マジで湯が出たぞ」
いつ見ても本当に凄い力だ。
「地中千メルテから汲み上げてるわ。湧き出るお湯は何も手を加えてないわよ。シルヴァちゃんに教えてもらったけど、源泉かけ流しと呼ぶそうね」
シルヴァが湧き出る湯を掌ですくった。
「少し熱めだから、浸かる頃にはちょうどいい温度です。アクアス様、ありがとうございます」
「シルヴァちゃんに教わった通り、冷めることを考慮したもの。せっかくだから入りましょうか。うふふ」
「はい!」
「ほら、アレファスちゃんも入るわよ」
俺の肩を軽く叩いたアクアスが、シルヴァと屋内に入っていった。
「あ、しまった……」
俺は資料を読み漁って温泉を作ったのだが、肝心なものを忘れていたことに気付く。
男女のことを全く考えてなかった。
「ま、待て!」
「ん? なあに?」
振り返るアクアス。
「混浴になっちまう!」
傭兵時代、街に住んでいた頃は公衆浴場へ足を運ぶこともあった。
当然ながら男女の風呂は別だ。
「混浴? 一緒に入るってこと? 別にいいじゃない?」
「魔竜はそうかもしれんが、俺は人間だ。シルヴァだって――」
シルヴァも足を止めて、こちらを振り返った。
「え? 別にお風呂くらい構わないわよ?」
「お、俺が嫌だ」
「何を気にしてるの?」
「き、気にしてねーよ! だけど、ゆっくり入りたいだろ?」
「別に混浴だってゆっくり入れるじゃない」
「しかしだな――」
「この中で一番若いくせに、何言ってるのよ。あなたなんて、子供みたいなものよ」
若いと言っても、見た目は俺が最も年上だ。
シルヴァが呆れた表情で肩をすくめている。
「初日くらいは一緒に入りなさいよ。どうしても嫌なら、今度男風呂を作ればいいでしょ?」
「んだよ、これを女風呂にするつもりかよ」
「あなたが嫌がってるだけで、私たちは別に混浴でも構わないもの」
「わ、分かったよ」
結局、今日は全員で外風呂に入ることになった。
脱衣所も一つしか作っていなかったため、板を立てて応急処置。
また後日ちゃんと作り直す。
俺とテラムは脱衣所で服を脱ぎ、かけ湯をして温泉に浸かった。
「くうぅぅ」
思わず声が漏れる。
身体の芯まで温まるとは、このことか。
首まで浸かり目を閉じると、建築の疲労が取れていく。
気持ちいいなんてものじゃない。
「ぬおおおお、なんという気持ちよさだ。魔人化して初めて食事した時と同じくらいの感動だぞ」
騒がしいテラムに目を向けると、仰向けで手足を真っ直ぐ伸ばし、顔だけ湯から出して寝ていた。
「泳ぐんじゃねーぞ」
「むっ、それくらい知っておる。温泉のマナーだ」
こいつからマナーと言う言葉が出たことに驚いた。
だが、伸び伸びと入りたい気持ちも分かる。
広さは十分あるし、ここは俺たちだけの温泉だ。
多少は好きにさせてやろう。
俺は岩に背中を預け、両腕を真横に伸ばす。
そのまま空を見上げると、薄い真っ白な雲がゆっくりと流れていた。
時間の流れを感じる。
「ああ、最高だ」
そよ風が吹くと、水面の湯気が舞い上がった。
「どう? アレファス」
「あらあ、よさそうじゃない。うふふ」
シルヴァとアクアスの気配だ。
だが、湯気のおかげでほとんど見えない。
この風はシルヴァの魔法だろう。
「あなたが照れるから、見えないようにしたわよ。ふふ」
「はあ? 照れるわけねーだろ」
「もう、子供なんだから」
「う、うるせーな!」
四十三歳のおっさんに向かって言う言葉ではないと思ったが、シルヴァは三百五十歳だ。
魔竜組にいたっては、テラムが二十八億歳で、アクアスが三十六億歳という途方もない年齢だ。
こいつらから見たら、俺を子ども扱いする気持ちは分かる。
「ねえ、アレファス。気持ちいいでしょう」
「そうだな。それに異論はない」
「いつでも好きな時に入れる温泉なんて最高じゃない?」
「確かにな」
「私、一日に何度も入っちゃいそう。ふふ」
正直、俺もシルヴァと同じ気持ちだった。
最低でも早朝トレーニングの後と、畑作業を終えた夕方の二回は入りたい。
「ねえ、アレファス」
突然の風で湯気が流れると、シルヴァの顔がはっきりと見えた。
金色の長いまつ毛、三つ編みをほどき濡れないように上げた髪、そしてほのかに火照った頬。
俺は思わず見惚れてしまった。
「お、おおお、おまっ!」
「もう、顔くらいは別にいいでしょう?」
シルヴァが優しい笑みを浮かべている。
俺は気持ちを落ち着かせるため、湯をすくって自分の顔にかけた。
「な、なんだよ」
「ありがとう」
「何がだ?」
「私、ここに来てからずっと楽しいわ。ありがとう」
「そうか、そりゃよかったよ。ははは」
三百年もあの森に一人で住んでいたシルヴァ。
何があったのかは知らないし詮索もしない。
だが、心から楽しそうで何よりだ。
「シルヴァちゃん、この温泉は凄いわあ。本当にお肌がスベスベよ」
シルヴァの隣で、アクアスが湯から腕を出して擦っていた。
陶器のような真っ白な肌に水が滴る。
「泉質がいいようですね。アクアス様のおかげです」
「はあ、温泉って最高ね。私、ハマっちゃうかも。うふふ」
アクアスの言葉に、俺は頷きながら同意した。
――
それからというもの、アクアスとシルヴァは毎日温泉を楽しんでいた。
俺も入るが、時間をずらせばいいだけなので、特に男女の区分けは設けてない。
温泉はかけ流しで、好きな時にいつでも入ることが可能だ。
流れ出た温泉は、専用の水路で川に流れる。
温泉の開放感と気持ちよさを体験してしまうと、自宅の狭い風呂ではもう満足できない。
俺は二人と時間をずらしながら、毎日温泉を堪能していた。
「くうぅぅ、堪らんぜ」
いつものように早朝トレーニングを終え、外風呂に浸かっていると、人の気配を感じた。
「あら、アレファスちゃん。外風呂に入っていたのね」
「は、入ってくんな! 内風呂行けよ!」
「いいじゃないの。うふふ」
俺はすぐに目を背けた。
「アレファス、おはよう」
「お前もかよ、シルヴァ」
シルヴァまで入ってきた。
まあ本人たちが気にしないようなら、俺は見ないようにするだけだ。
ちなみに、テラムも温泉には入るが、俺たちのように頻繁に入らない。
二日に一回くらいのペースだ。
「アクアス様。サウナをご存知ですか?」
「サウナ?」
俺はいつものように空を眺めながら温泉を堪能していると、二人の会話が聞こえた。
「はい。熱した部屋に入るのがサウナです。これも気持ちいいですよ」
「へえ、どうやって作るの?」
「これは高温になる魔石を使うだけなので、アレファスが部屋を作れば完成します」
この温泉を建てた時から、俺はサウナや他の風呂も意識していた。
「もう部屋自体は作ってあるぞ」
「さすがね、アレファス」
「この温泉を建てる時に、温泉について猛勉強したんだよ」
「凄いわね。さすが勉強家」
「お前の家にある本を読んだんだ。おかげで、めちゃくちゃ詳しくなったぞ。ははは」
俺はアクアスに視線を向けた。
「アクアス。サウナには水風呂も必要なんだ」
「水風呂?」
「そうだ。サウナで熱くなった身体を水で冷やす。そしてまたサウナに入る。それを繰り返すんだ」
「へえ、面白そうね」
「水風呂専用の源泉を掘ってくれよ」
「ええ、いいわよ。ふふ」
さすがはアクアスで、その日のうちに水風呂が完成した。
さらに俺は施設内に石造りの水路を通して寝風呂を作り、風の魔石を使った泡風呂や、熱の魔石を使った高温風呂も作った。
都会の高級温泉施設よりも充実した内容だ。
たった四人の集落なのに、魔竜と魔女のおかげで、信じられないほど快適な生活を送ることができている。
当初は一人で静かに暮らしたいと思っていたが、今は開拓が楽しい。
そのための勉強は惜しまない。
なにより、この地に愛着が湧いていた。




