第20話 魅力の温泉1
「今日は涼しいな……」
いつものように、俺は早朝の素振りを終えた。
それでも汗はかく。
タオルで汗を拭うと、ベンチに座る人影が見えた。
「アレファスちゃんは凄いのね」
「アクアスか。早いんだな」
「私は早寝早起きなの。お肌にいいのよ」
アクアスがベンチに座り、優雅に紅茶を楽しんでいる。
その仕草は、まるで貴族の令嬢だ。
容姿は二十代と本当に若い。
しかし、実年齢は三十六億歳だという。
肌がどうのこうのという年齢ではないような気がする。
「いくつになってもお肌のケアは大切なのよ?」
「ちっ、心を読むなっつーの」
「読んでないわよ。うふふ」
アクアスが微笑みながら、俺を見つめていた。
「ねえ、アレファスちゃん。そのクレイモア、きっと私でも持てないわよ」
「なに言ってんだよ。魔竜だろ?」
「今は魔人だもの」
魔竜はこの世界に十三柱しかいない神のような存在だ。
池や川、湖まで作ってしまうほどの力を持っている。
いくら魔人化で能力が落ちるとはいえ、こんなクレイモアくらい楽に持つだろう。
俺は素振り用のクレイモアを納屋にしまい、ベンチに座った。
「なあ、アクアス。魔竜から魔人の姿になると力が落ちるんだろ? なのになんで魔人でいるんだ?」
「元々私たちは魔人化なんてできなかったのよ。それがね、テラムちゃんがいつの間にか魔人化を覚えたの。驚いちゃったわ。で、みんな真似したのよ」
「テラムが?」
「そうよ。あの子の食に対する執念は凄いのよ」
アクアスがポットの湯を注ぎ、俺に紅茶を淹れてくれた。
「食?」
「魔竜は食事の必要がないけど、魔人化すると食事が必要なの」
「なあ、それテラムも言っていたけど、どういうことなんだ?」
「そうねえ。例えばテラムちゃんなら、土地からエネルギーを吸収して土地に還す。私たちは循環するの。だけど、魔人になるとそれができないから、食事が必要になるのよ。逆に言うと、魔人になれば食事を楽しめるということね」
「じゃあ、テラムは飯を食いたいがために、魔人化したということか」
「そうね。うふふ」
「な、なんつーデタラメな……」
「数十億年も生きてるんだもの。私たちも楽しみを見つけるのよ。チーズのために、ここに住むようにね。うふふ」
俺はアクアスの希望通り、この地にログハウスを建てた。
俺の自信作で、とても素晴らしい外観だ。
シルヴァとテラムの変な家によって壊されたこの地の景観を戻してくれる。
アクアスも大満足だった。
「それにしても、今日は涼しいな」
「それはそうよ。この地に池と川を作って、少し離れた場所とはいえ湖も作ったんですもの。気温は下がるわ」
「ん? ということは、この涼しさは一時的ではなく、恒久的なものになるのか?」
「そういうことね。もちろん季節によって気温の変化はあるけど、テラムちゃんの土地の気候はほぼ一定だから、今後もこの気温だと思っていいわよ」
「涼しいことは嬉しいけど、作物に影響がなければいいがな」
「そうね。私は農作物に詳しくないから、シルヴァちゃんに聞いてみましょう」
話題に出たタイミングで、シルヴァが大木の家から姿を現した。
「お、ちょうどいいところに……。って、おいおい。お前、なんでそんなに着込んでるんだ?」
シルヴァが黒い毛皮のコートを羽織っていた。
美しい光沢の毛皮は、森黒兎のものだろう。
「少し寒くてね」
「寒い? これが?」
「森の中は適度に気温が保たれていたのよ。水辺ができたことで、気温差を感じるの」
「まあ三百年もあの森にいたからな。これから慣れていくんじゃないか?」
「ええ、そうね」
「魔法でなんとかならないのか?」
「あるにはあるけど、常時発動することになるから魔力の消費が大きいのよ」
「なるほどね」
アクアスが心配そうな表情で、シルヴァを見つめている。
「シルヴァちゃん、大丈夫?」
「ご心配おかけして申し訳ございません。アレファスが言った通り、これから慣れていくと思います」
「そう、よかったわ。ところで、この気温は野菜に影響あるのかしら?」
「そこまではないと思います。農作物は意外と強いですから」
まるで自分が弱いかのような言い方だが、下手に触れると面倒だ。
シルヴァは俺の顔を睨みつけながら隣に座った。
また考えていることがバレてしまったようだ。
「アクアス様。お伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「もちろんよ、シルヴァちゃん」
「この地に温泉はございませんか?」
「温泉?」
「はい」
「そうねえ……」
アクアスが呟きながら地面に視線を向ける。
池を作った時もそうだったが、もしかして地中の様子が分かるのかもしれない。
まあ魔竜はデタラメな存在だ。
いちいち驚いているとキリがないので、俺は全て受け入れることにしている。
「この地は姉の影響がないけど……。地中深く行けば温泉はあるようね」
「アクアス様、温泉は掘れませんか?」
「温泉? そういえば、私は入ったことがないけどどうなの?」
「それはもう、極上でございますわ。ふふ」
「そんなにいいの?」
「はい。泉質にもよりますが、肌が綺麗になります」
「あらあ! いいこと聞いたわ!」
アクアスが俺を見つめている。
「アレファスちゃん! 掘るわよ!」
この地へ来て、最も興奮しているアクアス。
さっきも言っていたが、アクアスは肌に敏感なのだろうか。
別に今でも十分綺麗だと思うが……。
「そういうことじゃないのよ。アレファスちゃん」
「はあ、アレファスは何も分かってないのね」
二人が同時に呆れていた。
言い返すのも面倒だ。
無視しよう。
「ねえ、シルヴァちゃん。温泉の温度は、体温よりも少し高いくらいがいいのよね?」
「はい。温度が高すぎると火傷してしまいます」
「そしたら適温の源泉が必要ね……。えーと、地下千メルテにあるわ。姉がいないことが幸いしたようね。水温がちょうどいいわ」
「わあ、アクアス様。温泉でお肌をスベスベにしましょう」
「楽しみねえ。うふふ」
二人が同時に俺を見つめていた。
無言の圧力を感じる。
「はいはい。温泉施設を作ればいいんだろ?」
「アレファス。せっかくだから、浴槽は石と木で二つ欲しいわ。内風呂と外風呂にするのよ」
「二つもいらんだろ?」
「どちらも気持ちいいのよ」
「温泉なんて、どこで入っても変わらんだろ?」
「はあ、あなたは何も知らないのね」
溜め息をつき、肩をすくめるシルヴァ。
その表情がムカつく。
「ちっ、分かったよ! 作ってやるよ!」
三人で話していると、ツリーハウスからテラムが姿を見せた。
「お、テラム、いいところに来たな。森へ行くぞ」
「森? なぜだ」
「木材と岩を採りに行く」
「木材と岩? そんなもので何をするのだ?」
「温泉を作るんだよ。姫たちのご希望だ」
「温泉? おお! あの温泉か! 私も一度入ってみたかったのだ!」
「何? お前知ってるのか?」
「もちろんだ。あの伝説の温泉に入れるとは。姉上に来てもらってよかった。わははは」
テラムまで盛り上がっている。
なぜこんなに人気があるのだろうか。
温泉なんて、ただの風呂だろう?
朝食を取り、俺はテラムと森へ向かった。
***
シルヴァのこだわりは強く、木材は針葉樹の中でも固くて水やカビに強く、森の香りがする種類を指定された。
石も何でもいいわけではなく、浴槽として使用可能な大きさで、色と形を揃えろと強く言われている。
「ったく、そんなにこだわるものか?」
「貴様、温泉だぞ!」
テラムも温泉には強い興味を持っていた。
「そもそも、お前は温泉ってものを知っているのかよ?」
「無論だ。身体を温めるだけではなく、病気や怪我にも効くという幻の風呂のことだ」
「幻って……。っていうか、お前は病気や怪我なんてしないだろうが」
「な、何を言う! 私だって怪我くらい……」
「しないだろ?」
「む……、しないな……」
「この化け物め」
「だが! 温泉には入りたいのだ!」
拳を握りしめながら叫ぶテラムの声が、森の静寂を破る。
枝に止まる野鳥が羽ばたくほどだった。
俺たちは指定通りの木材と岩を採取。
集落に戻ると、レストランの隣が温泉の建設予定地として区切られており、外風呂となる庭には穴が掘られていた。
「アレファスちゃん。あなたが温泉施設を作ってくれたら、後は私が源泉と繋げるわ。すぐに温泉が出るわよ」
「すぐって……。これから建てるんだ。時間かかるぞ?」
「なるべく早くしてね。うふふ」
アクアスの神の如き力を、たかが温泉に使うなんて贅沢すぎるだろう。
俺とテラムはレストランの隣にログハウスを建て、板状にした木材で内風呂を作っていく。
浴槽は十人で入っても余裕があるほど広い。
そして、庭の穴には岩を並べ、外風呂を作った。
外風呂は内風呂よりも広いが、湯は大量に湧くため問題ないらしい。




