第19話 魔竜の策略
「さ、最初の三柱だと?」
六番目のテラムでも二十八億年に生まれたという。
最初の三柱なんて、一体どれほどの時を生きているのだろうか。
「じゃ、じゃあ、アクアスは何年生きているんだ?」
俺は思わず疑問を口にしてしまった。
「知りたい?」
「そりゃあ……」
「うふふ。私が生まれたのは、三十六億年前よ」
「なっ! 三十六億年!」
「でも女性に年齢を聞くのは感心しないわねえ」
「す、すまん……」
三十六億年なんて、年齢という話ではないと思う。
だが、見た目は妖艶な二十代だ。
もうよく分からない。
とりあえず、年齢のことを言うのはやめておこう。
混乱する俺の顔を、アクアスが笑顔で見つめていた。
「さあ、まずは池を作るわね」
アクアスが地面に向かって右手をかざす。
すると、突然地面に窪みが発生した。
「お、おい! なんだこれ! マ、マジかよ!」
窪みは少しずつ大きくなり、直径十メルテまで広がった。
深さは二メルテといったところだろう。
「じゃあ、水を入れるわね」
どこからともなく、水が湧いて出た。
「う、嘘だろ……」
「凄い……」
シルヴァが両手で口を抑えて驚いている。
これはもう世界を作る神の御業と言っても過言ではない。
驚く俺たちに対し、テラムは得意げな表情を浮かべていた。
「なあ、テラム。俺は目の前の光景が信じられんよ」
「姉上は特別だ。とはいえ、魔竜自体が現象そのものである。当然のことだ」
「なるほど……。いやいや、なるほどじゃねーよ! 意味分かんねーよ!」
なんとなく話に流されそうになったが、我に返った。
非常識にもほどがある。
俺たちの話を全く気にしないアクアスは、新しくできた池の周辺を指差した。
「さて。じゃあ、集落の周辺に川を通すわね。その川と池を水路で繋ぐわ。そして、離れた場所に湖を作るわね」
アクアスが手をかざすと、地響きが発生した。
すると、砂地を指でなぞるかのように、地面に溝が生まれていく。
「テラムちゃん、川は適当な長さにするわよ。ここから海まで通すと大変だから、途中で地下水脈に繋げちゃうわね」
「うむ、了解した」
「このまま湖も作っちゃうわよ」
「任せた、姉上」
この姉弟は何を話しているのだろうか?
まるで砂遊びをするかのように、川と湖を作っていく。
勝手に地面が抉られ、水が流れ出す。
「も、もうできたのかよ……」
俺は池を掘るのに、数日かかると考えていた。
しかし、ほんの僅かな時間で、集落内に池と水路が生まれた。
それどころか、少し離れた場所には川が流れている。
さらにその上流には湖もできたそうだ。
アクアスが新しい紙に、今回作った池や川を描き込んでいる。
満足そうな表情を浮かべているアクアスから、俺は平面図を受け取った。
「これがこの地の平面図ね。また後でシルヴァちゃんに飛んでもらって、正確な地図を描くといいわ」
「わ、分かった。ありがとう……」
「そうそう、湖はできたばかりだから、生物の繁栄はこれからになっちゃうのよ。このままだと、魚が生まれるまで長い時間がかかっちゃうから、生き物に関しては他の湖から生態系ごと運ぶわね」
「そ、そんなこともできるのか?」
「水竜だもの。ふふふ」
水竜の一言で片づけられるような現象ではないのだが、魔竜はあまりにデタラメだ。
俺は全て受け入れることにした。
「さて、これで以上かしら?」
「あ、ああ。本当にありがとう」
俺はアクアスに頭を下げた。
「アクアス、今日は飯を食べていってくれ」
「うふふ、嬉しいわあ」
チーズを食べたいと言っていたので、それはまた今度来てもらおう。
「大角水牛を飼ったらチーズをご馳走するよ。また遊びに来てくれ」
「また遊びにねえ……。うふふ、大丈夫よ」
「大丈夫? 何が?」
「私もここに住むことにするわ」
「は?」
「だからあ、私も住むのよ」
「な、何を言って――」
「チーズが楽しみねえ。テラムちゃんは野菜が好きだけど、私はチーズが好きなのよ。うふふ」
「ま、待て! そんな話は聞いてないぞ!」
「当たり前よ。今言ったもの。うふふ」
とんでもないことを言い出したアクアス。
この地にテラム以外の魔竜が住むなんて考えられない。
「大丈夫よ。一柱増えたところで変わらないわ」
「いやいやいや、魔竜だぞ! 変わるに決まってるだろ!」
「ねえ、アレファスちゃん。この地に私の家も作ってもらえるかしら」
アクアス湖でチーズの話をした時から、アクアスはずっと笑顔だった。
もしかして、あの時すでにここに住むつもりだったのだろうか。
しかし、問題がある。
「待てって! アクアスは湖を出たらダメなんじゃないのか? テラムはこの地を離れると大地が死ぬと言っていたぞ!」
「テラムちゃんはそうよ。でも、私は違うのよ。水はこの世界に溢れてるでしょう? 水は私だもの。つまり私はどこにいてもいいのよ。原初の三女は特別なのよ」
「い、いや、そうは言ってもな!」
「アクアス湖は私が作った場所だから住んでいただけなの。でも、ここのほうが居心地よさそうだし、何よりチーズを作ってくれるんだもの。引っ越すわね」
「ダ、ダメだろ!」
アクアスが腰に手を当てながら、小さく溜め息をついた。
「もう、仕方がないわねえ。みんなにも聞くわよ」
アクアスは、テラムとシルヴァの顔を交互に見つめた。
「私がこの地に住むことを反対する人は?」
二人は反応しない。
むしろ笑顔だ。
「はい、多数決で決定よ。アレファスちゃん、よろしくね」
「待てって! 納得できん!」
テラムが俺の肩に手を置いた。
「いいじゃないか、アレファス。姉上がいると水に困らん。魔人とはいえ、貴様たちは水がないと死ぬぞ? それに農作物が育たんだろう」
シルヴァも同調するように頷いている。
「別にアクアスがいなくても、今まで平気だっただろ!」
「ふーん。そんな意地悪言うなら、この地の水を止めちゃおうかなあ。井戸も出なくなるわよ?」
「お、おい! いくらなんでも酷すぎんだろ!」
微笑みながら恐ろしいことを言い出すアクアス。
どっちが意地悪だと思ったが、もう何を言っても無駄なようだ。
こうなったら受け入れるしかない。
魔竜に対抗するのは無理だ。
「はあ……。分かったよ。好きにしろよ」
「うふふ、ありがとう。じゃあ、家を作ってね。こういう感じがいいの」
アクアスが一枚の紙を取り出した。
それにはログハウスの絵が描かれている。
「なっ! 家のデザインまで用意してたのかよ!」
「うふふ、よろしくねえ。アレファスちゃん」
最初から全てを計画していたアクアス。
俺はアクアスの掌の上で転がされていたようだ。
伊達に三十六億年も生きてないということか。
結局、俺はアクアスが希望するログハウスを作ることになった。




