第18話 原初の力
テラムは東に向かって飛行中だ。
丸一日以上飛び続け、二回目の夜が間もなく明ける。
俺は立ち上がり、窓の外を眺めた。
「そろそろ夜明けだな」
東の空が濃紫色から徐々に赤みを帯びてきた。
上空から見下ろす草原は、赤紫色に染まっている。
隣に視線を向けると、アクアスも窓の外を眺めていた。
「久しぶりの草原もいいわね。美しいわ。うふふ」
「アクアスはずっとあの湖にいたのか?」
「基本的にはそうよ。少し別の場所へ行くこともあるけど、湖にいるわ」
「そうか。じゃあ、今回は旅行だな。楽しんでくれ。たくさんご馳走するよ。ははは」
「あらあ、楽しみねえ。嬉しいわあ。うふふ」
アクアスの笑顔は、とても嬉しそうだった。
***
太陽が頭上に昇った頃、俺たちの集落が見えてきた。
「お、そろそろ到着するぞ」
「あれが畑ね。へえ、思ったよりもしっかりしてるじゃない」
「そうか? 小さいぞ?」
「大きさはね。でも、質がいいのよ。さすがはテラムちゃんの土地ね」
アクアスは鑑定眼とでも言うべきか、全てを見通すような眼力を持っている。
さすがは古の魔竜だ。
テラムがゆっくりと下降を始め、着地した。
集落に到着した俺たちが小屋を出ると、魔人化したテラムが姿を見せる。
「姉上、ここが私たちの集落だ」
「いい土地なんだけど、この三軒の家はアンバランスよねえ。特にこのツリーハウスが景観を損ねているわ」
「うっ……。か、かっこいいと思うのだが……」
「やっぱりテラムちゃんの家ね。そうだと思ったわ。うふふ」
アクアスが笑いながら集落を見渡す。
そして、地面に視線を向けた。
地面というよりも、さらにその奥の地中を見つめているような印象だ。
「ここには豊富な水源があるわね。アレファスちゃん、いい場所を選んだじゃない」
「偶然なんだよ。土地を探しながら、ここで試しに井戸を掘ったら水が出たんだ。だからここに住むと決めたのさ」
「そうね。水は大切だもの。いい判断よ」
アクアスが庭のベンチに腰掛けた。
「この集落内に、池を作るのね?」
「ああ、大角水牛の住処になる程度の広さで掘る予定だ」
「大角水牛は何頭の予定?」
「一頭だ」
「あら、一頭で足りるのかしら?」
「ああ、三人だからな。多く作っても食べきれない」
「でも、バターとチーズを作るんでしょう? それに、この畑だってもっと拡張するのでしょう?」
「そりゃ野菜の種類を増やすには、畑を大きくしないといけないからな。だけど、池はそれほど大きくする必要はない。掘るのだって時間がかかるしな」
「なるほどねえ……」
アクアスがシルヴァに視線を向けた。
「シルヴァちゃん、悪いんだけど紙とペンを持ってきてもらえるかしら?」
「はい、かしこまりました」
シルヴァが自宅へ向かい、紙とペンを持って戻ってきた。
アクアスがペンを手に取り、テーブルに広げた紙になにやら描き始めた。
どうやら、この集落の平面図を描いているようだ。
「アレファスちゃん、池はどの辺に作る予定なの?」
「畑の隣かな」
俺はアクアスの正面に座り、平面図を指差した。
俺の隣にシルヴァが座る。
「アレファスちゃん。その場所だと、今後畑の拡張をする時に邪魔になっちゃうわよ? こっちの方がいいと思うわ」
アクアスが別の場所に円を描いて囲んだ。
テラムはアクアスの隣に座り、平面図を覗き込んでいる。
「姉上が言うなら、その通りにしたほうがいいだろう」
「そうだな。アクアスが勧める場所に池を掘るよ」
アクアスはさらに、平面図に図形や線を描き始めた。
「それじゃあ、ここに池を作るわね。そして、川も作りましょう。池と川は水路で繋ぐわ。あと、少し離れた場所に湖も作るわね」
「なに!?」
「畑を大きくするなら、川は必要よ。そしたら湖も必要でしょう?」
「ま、待て! そんな治水工事のようなことはできん! 俺とテラムで掘るんだぞ! 何十年かかると思ってるんだ!」
永遠の時間を生きている魔竜だ。
時間の感覚が狂ってる。
十年なんか瞬きよりも短いと思っているのだろう。
「掘る? どうして?」
「どうしてって、水を溜めるためには掘らなきゃならんだろ?」
「そうね」
「池を掘るだけでも時間がかかるんだぞ。そもそも、人間に川と湖なんて作れるわけないだろ」
「あなたは魔人でしょ」
「揚げ足を取るんじゃない!」
「うふふ、アレファスちゃんは面白いわねえ」
アクアスは笑いながら、平面図を指差した。
「これ全部、私が作るから大丈夫よ」
「は? 作るって……。どうやって? 池なら俺でも掘れるけど、川と湖だぞ?」
「問題ないわよ?」
「いやいや、湖ってそんなに簡単――」
「湖があれば、淡水魚が獲れるわよ?」
アクアスが俺の言葉に被せてきた。
「ねえ、みんな。お魚も食べたくない?」
アクアスが全員を見渡した。
そう言われれば、この地に来て魚は食べていない。
肉と野菜だけだった。
「魚か……。確かに食べたいが……」
「お魚も食べなきゃダメよ、アレファスちゃん。骨を丈夫にするんだから」
言っていることは正しいのだが、永遠の時を生きている魔竜が身体に気を使うのだろうか?
シルヴァとテラムは、アクアスの言葉に勢いよく頷いている。
「アレファス。私、お魚食べたいわ」
「うむ、私も食いたいぞ」
二人が同時に俺を見つめた。
すると、アクアスが手を一回叩き、俺に笑顔を向ける。
「うふふ、アレファスちゃん。多数決で決定よ」
「いやいや、いくらなんでも湖だぞ? そんな簡単に作れるものじゃないだろ?」
「大丈夫よ。すぐ作るわね。うふふ」
湖って、すぐできるものなのだろうか?
「水深は……そうねえ。三千メルテってところかしら」
「さ、三千メルテ!?」
思わず声を張り上げてしまった。
「あらあ、足りないかしら? じゃあ、五千メルテでいい?」
「深すぎるっつーの!」
五千メルテなんて、それはもう深海だ。
こんな陸地に、深海レベルの湖なんていらない。
アクアスの落ち着きぶりから常識人かと思っていたが、やはり魔竜だ。
ぶっ飛んでいる。
「じゃあ、作っちゃうわね」
「ま、待ってくれ! 本当に作れるのか?」
「ふふ、私は水竜アクアスよ。原初の三女だもの。これくらい簡単よ」
「原初の三女?」
俺の疑問にシルヴァが反応した。
「アレファス。アクアス様は始原の十三竜の三女なのよ。つまり、この世界に誕生した最初の三柱なの。この御三方は本当に特別で、原初の三女と呼ばれているの」
「あらあ、さすがシルヴァちゃんは博学ね」
アクアスが感心しながら、笑みを浮かべている。




