第16話 アクアス湖へ
俺はいつものように日の出前に起床した。
トレーニングを終え、畑作業を行い、レストランへ入る。
すでに空は明るく、そろそろ日の出という時間だ。
「おはよう、アレファス」
「ああ、おはよう。シルヴァも早いな」
「私はいつも日の出前に起きるわよ」
シルヴァがキッチンで料理をしていた。
シルヴァは森の魔女なのだが、ここへ来てからはずっと料理を担当してくれている。
ありがたい反面、魔女って一体何をしているのか疑問も浮かぶ。
「魔人のあなただって、ずっと畑仕事をしていたでしょう? 魔女も同じよ。美味しい料理を作る。ハーブを採って薬を作る。そんなものよ?」
「だ、だから心を読むんじゃねーよ!」
「そんな魔法ないわよ。あなたが分かりやすいだけよ。ふふ」
微笑むシルヴァ。
窓から入る朝日に反射して、金髪の三つ編みが輝いていた。
「ほら、朝食を作ってるから、ホールで待ってなさいよ」
俺は思わず見惚れてしまった。
「どうしたの?」
「いや……。朝飯が楽しみだよ。いつもありがとう」
「どういたしまして。この地に住ませてくれてるんだもの。先にコーヒーを淹れるわね」
ホールのテーブルでコーヒーを飲んでいると、テラムが起きてきた。
そして、三人で朝食を取る。
メニューはレタスのサラダ、コーンポタージュ、マッシュポテト、大鴨のロースト、そしてパンだ。
「なあ、テラム。今日はアクアス湖へ行くんだろ? この地からどうやって行くんだ?」
テラムはパンにマッシュポテトを塗るように広げ、薄切りにした大鴨のローストを折りたたんで置き、レタスを乗せてパンで挟んでいた。
独自の食い方を編み出している。
だが、めちゃくちゃ旨そうだ。
俺も真似しよう。
「アクアス湖まではかなりの距離があるからな。仕方がないから、私が貴様らを運んでやるぞ」
「どうやって?」
「私は魔竜の姿に戻る。貴様らは籠にでも入っておれ」
「籠って……。じゃあ、丸太で移動用の小屋を作るから、それを運んでくれよ」
「うむ、いいぞ」
朝食を食い終わると、俺はすぐに木材置き場へ移動し、丸太で小屋を作った。
小屋というより、屋根付きの筏と言ったほうが近いかもしれない。
これに俺とシルヴァの二人が入り、テラムが両手で抱えて空を飛ぶという計画だ。
小屋は太陽が頭上に来る前には完成した。
「テラム、静かに運んでくれよ!」
「私が人を運ぶなどな。だが……これも旨い飯のためだ」
自分で言い出したくせに、屈辱的な表情を浮かべているテラム。
「頼むぜ!」
小屋には二人掛けのソファーを置いた。
そして、麻袋に入れたトウモロコシ、ジャガイモ、ニンジンを用意。
これは水竜アクアスへの手土産だ。
全ての荷物を小屋に運び込むと、テラムが魔竜の姿に戻った。
その巨大な身体は、いつ見ても驚く。
「グゴォォ」
「じゃあ、よろしく頼むぞ!」
小屋に入ると、大きな衝撃とともに部屋が揺れた。
テラムが掴んだのだろう。
巨大な翼が羽ばたく音が聞こえ、浮遊感に包まれる。
「う、浮いた?」
「そうね。浮いたわね」
部屋はテラムが掴みやすいように、横に長い長方形とした。
横幅は五メルテ、奥行きと高さは二メルテの箱だ。
進行方向の壁に窓を作ったことで、小屋の中から地上を見渡せる。
「空から見ると、俺の畑って小さいんだな」
「あなたは空を飛べないのよね?」
「え? お前は飛べるのか?」
「そうね、魔女だもの。道具が必要だけどね」
「道具?」
「私はこの杖を使っているわ」
シルヴァが神樹の杖を取り出した。
くすんだ銀色の杖は、一目で魔法の杖と分かる代物だ。
「この杖に座って飛ぶのよ。高位の魔法使いになると、道具を補助にして空を飛べるのよ」
「そりゃ便利だな」
「あなたも練習してみる?」
「いやいや、俺は魔法なんて使えんよ」
「でも魔人になるってことは、それ相応の努力をしているわけだからね。頑張れば、いつかは魔法も身につくんじゃないかしら」
「そうだな。まあいつかな」
「その時は言ってね。私が教えるから。ふふ」
「森の魔女に教えてもらえるのか。そりゃ贅沢だな。ははは」
その後もシルヴァと他愛のない話をして過ごした。
外の景色は果てしなく草原が続く。
さすがはテラム平原だ。
***
テラムは休みなく飛行を続けている。
魔竜の状態に戻ると、魔人どころの体力ではないようだ。
「ところで、シルヴァ。アクアス湖の場所は知っているのか?」
「実際に行ったことはないけど、地図上でならね。私たちの集落から西南西へ向かって、テラム平原を越えたさらに西よ」
「どれくらいで到着するんだ?」
「テラム様のやる気にもよるけど……。今は信じられない速度で飛んでいるから、明日の夜明け前には到着するんじゃないかしら」
「信じられない速度? あまり速度は感じないが?」
「私が魔法をかけているもの。この小屋の周囲だけ、空気の流れを穏やかにしているわ」
「そ、そんな魔法があるのか。便利なんてもんじゃないだろう」
「そうね。でも、本来の魔法ってそういうものなのよ。先人たちは便利さを追求して、魔法を開発したんだもの。私も色々と開発したわ。ふふ」
シルヴァが神樹の杖をかざした。
「なるほど。魔法って言っても戦いだけじゃないのか」
「もちろんよ。むしろ戦い以外の魔法のほうが多いわよ? 人の生活を豊かにするためのものだもの。魔石だってその一つよ」
傭兵だった俺は、魔法というと戦いしか思い浮かばない。
だが、魔石は本当に便利だし、確かにシルヴァの言う通りだ。
戦いから離れると、いかにバカな行為だったのかがよく分かる。
日没を迎えると、空は完全に闇に包まれた。
地上に一切の光がない。
空も曇っているようで、完全なる漆黒の中を進んでいた。
「テラムは方向がよく分かるな」
俺は窓から外を眺めた。
もちろん何も見えない。
「それはそうよ。この世界を作った一柱よ。目をつぶったって分かるわよ」
「そんな凄い存在なのに、今日の朝食は独自にアレンジして喜んでいたぞ」
「ふふふ、余程アレファスの野菜を気に入ったのね。本来なら、食事をしなくても大丈夫なお方なのに」
テラムは魔竜の姿だと食事がいらないそうだ。
だが、食事をするために、あえて魔人化しているという。
なんともバカげた理由だが、テラムらしい。
★☆★☆★
集落を出て、二度目の夜を迎えた。
「お? 下降してる?」
「そうね。到着したみたいね」
しばらくすると、部屋が揺れて地鳴りのような音が聞こえた。
テラムが地上に着地したようだ。
「到着したぞ。外に出ても大丈夫だ」
外からテラムの声が聞こえた。
言葉を話すということは、魔人化している。
俺たちは小屋の外へ出た。
「テラム、ありがとう。ご苦労さん」
「テラム様、ありがとうございました。お疲れ様でした」
「うむ、問題ない」
テラムが腕を挙げて応えた。
そして、シルヴァの正面に立つ。
「シルヴァ、明かりをつけろ」
「よろしいのですか?」
「うむ。お前にできる最大の光で照らせ」
「はい、承知しました」
シルヴァが両手を空にかざすと、光る球体が現れた。
直径三十メルテはあるだろう。
「な、なんつーデカさだ。小さな太陽だな」
「私の光源系では最大の魔法よ。それよりも、地上を見なさいよ。ほら」
俺はシルヴァが指差す方向を見つめた。
「なっ! う、海だ!」
光が照らす範囲は、見渡す限り全てが水面だった。
波も立っている。
「海ではない。これがアクアス湖だ」
「これが湖だと?」
「そうだ。世界最大にして、最古の湖だ」
どう見ても海にしか見えない。
「この水は舐めても平気か?」
「もちろんだ。飲めるぞ」
俺は掌ですくって飲んでみた。
「普通の水だ。しかも旨い」
間違いなく淡水だった。
「これが湖……」
「さて、姉上が気づいてくれるかどうか。なにせ久しぶりだからな」
俺の隣でテラムが湖を眺めていた。




