暴走
その後、シェリオットを黙らせてスイが精霊であることを説明した。
もともとの性格がアレなので、精霊と知った時もすんなりと受け入れていた。
それがこいつの良いところなのかもしれない。
「つまり師匠のところで教師の修行をしてながら生活を共にしているってわけか」
「まだ、半年しか勉強してないんだけどね。少なくとも、あと二、三年は続けないといけないんだってさ」
「三年もですか。大変ですね」
「でも、筋がいいわよ。素早く的確に関節を極める技術は」
「それは教育者としてどうかと思いますよ、師匠」
陽はすっかり落ちて現在は夜の7時30分。四人はテーブルでご飯を食べていた。
アヤメの料理は見た目・味ともに完璧で、素晴らしいものであった。
学生時代に食べたことがあるフリッツにとって大変懐かしい味である。
「やっぱり師匠のご飯はおいしいですね」
「主人の言うとおりです。その辺のお店にも負けないと思いますよ」
「喜んでくれてなによりね。二人が来るってわかっていたらもっと豪華なものを作ったんだけど」
「アヤメさん、おかわり!」
急にシェリオットがスープの皿を持ち勢いよく立ち上がる。
ちなみに、次で三回目のおかわりだ。
「よく食べますね……」
スイも若干引きぎみだ。
「食いすぎだろ。体壊すぞ」
「にゃははは。あと2杯はいけるね」
「シェリーはよく食べるから作り甲斐があるわ。フリッツもいる?」
アヤメは笑顔でスープをシェリオットに渡す。
コイツの胃袋はどうなってるんだよ、と思いながらフリッツもおかわりをもらった。
「おなかいっぱいだね」
「食いすぎだろ…」
シェリオットはあの後さらに4回ほどおかわりした。
今はソファーに寝転がっている。
師匠もよくあれだけの量を作ったよな、と思いつつフリッツもその横に腰を下ろす。
スイとアヤメは後片づけをしているところだ。
「だんだん眠くなってきたー」
スイは急に甘えたような声でフリッツの太ももに頭を乗せた。
所謂、ひざまくらの状態である。
「頭乗せるな、鬱陶しい。寝るなら風呂に入ってから自分の部屋で寝ろ」
「えーもう寝たいよー」
そう言って、一層すり寄ってくる。
「それに私も寂しかったんだよ。卒業式の日の夜に何も言わずどっかに行っちゃったんだから」
「うっ……」
「フリッツ君は親友だと思ってたのになあ」
「………わかった、好きにしろ」
「えへへ、勝った勝った」
罪悪感に負けたフリッツは居心地が悪そうにそっぽを向いた。
学生時代、フリッツは落ちこぼれの劣等生だった。
何をやってもうまくいかず、周りに人たちからは陰口もたたかれたりして、何度も学校をやめてやろうとしたこともあった。
当時は今と比べ物にならないほど貧弱な体だったフリッツは次第にいじめまでも受けるようになる。
そんな彼につけられたあだ名が‘負け犬’
何も言い返せなかった当時は、心の中で涙を流すことしかできなかった。
ある日、フリッツはその言葉に我慢ができなくなり、小さな喧嘩に発展した。
だが、貧弱だった彼が勝てるはずがない。
そんな中、その喧嘩を止めに入ったのが当時の担任、現在の師匠であるアヤメと、その時は数回しか会ったことのなかったシェリオットだ。
「あの時のは感謝してるよ。おかげでアヤメさんの弟子になることができたし、‘負け犬’って言われることがなくなったのも二人のおかげだからな」
「おっ、今日はずいぶんと素直だね。ツンデレのフリッツ君」
「ツンデレ言うな」
ペシッと頭をはたく。
意外にいい音が鳴って、シェリオットは頭を押さえている。
「うー、痛いよ…きゃ!」
「何だ!?」
シェリオットが体を起こした瞬間に何かがこちらに飛んできた。
それは、彼女の横数センチを掠め、後ろの壁にぶつかった。
その真下では、小さな水たまりができている。
つまり飛んできたのは水?
飛んできた方向を見てみると、
「しゅじん~ちょっといっしょに飲みませんか~」
顔を真っ赤に染めたスイが立っていた。
しかし、彼女の顔は羞恥や怒りで赤くなっているのではないことがフリッツにはすぐに分かった。
目はとろんとしていて、足は若干ふらついている。
彼はこの状態のスイを過去に一度だけ見たことがあった。
「スイ、お前酒を飲んだのか…」
いや、少しドジだが真面目なスイがもう一度酒を飲むとは思えない。
ということは、まさか…
奥の方でアヤメが両手を合わせてこちらを向いているのが見えた。
飲ませたのか、無理やり。
(ゴ メ ン あ と は ま か せ た)
なぜか師匠の口を読めてしまった。
そして、どかどかと階段を上っていく音が聞こえてくる。
逃げやがった。
一方スイは酒ビンをつかみながらふらふらと近づいてくる。
その足取りは今にも躓きそうだ。
「シェリオット、明日も授業あるのか?」
「うん。一時間目からあるよ」
一歩一歩と近づいてくる。
「よし、逃げろ。今すぐ逃げろ」
「…いいの? あの子目がヤバいことになってるけど」
「あの状態のスイを止める方法は一つだけだ」
スイがフリッツの横に到着。
いつもの笑顔でニコッと微笑む。
しかし、フリッツには悪魔のほほえみにしか見えなかった。
「それって?」
「潰れるのを待つ。どんな犠牲を払ってでもな……」
フリッツはキッチンへと引きずられていった。
翌朝、フリッツは重度の二日酔いで夜まで動けなかったそうだ。




