30_悪役令嬢と大妖精
メイジーがセランと再会を果たしてからひと月。
血の契約を利用してセランに世界樹を浄化させたことで、レディシカは一時的に国王に謹慎させられている。
国の危機を救ったとはいえ、現在のこの国で血の契約は禁術とされているからだ。
「どうしてこんなことになるのよ……っ」
伯爵邸の一室、寝台に座るレディシカが、クッションを侍女に投げつけると、侍女が「きゃっ」と悲鳴をもらした。
(聖女の名誉も、世界樹の新しい守護者の座も、聖公爵の地位も、何もかもメイジーさんに奪われるなんて)
本来、メイジーは小説の悪役で、レディシカを引き立てるためだけの存在だったはず。それなのにどうして、主役のレディシカから全部奪ったのか。
メイジーは新たに聖公爵位を与えられ、今日は王宮で盛大なパーティーが開かれる。もちろんそこに、レディシカは参加させてもらえない。
悔しさにぎゅっとシーツを握り締めたそのとき、部屋の扉がノックされて、侍女が入ってくる。
「お客様がお見えです」
「どなた?」
謹慎となった自分を冷やかしに来たのだろうかと、眉をひそめると、「僕だ」とロインズが入ってきた。
レディシカは慌てて手で寝ぐせを整えてベッドから下り、彼の元に歩み寄り、抱きつく。
「ロインズ様……会いたかった……。大変だったわね。でも大丈夫。これから二人でやり直せば――」
彼はレディシカをそっと引き剥がして言う。
「今日は君に、別れを告げに来た」
「へ?」
「婚約を解消しよう」
「嫌よ! どうして? 私たち上手くいっていたじゃない。別れるなんて、そんな……」
「国外追放を国王陛下に申し出た。僕はもう公爵令息ではなくなる。……僕たちはもう終わりだ。それじゃ、もう行く」
「待って。話はまだ終わってな――」
引き止めようとしたが、ロインズは足早に部屋を出て行ってしまった。ひとり取り残されたレディシカはその場にへたりこみ、両手を床につけた。
それから肩を震わせ、悲鳴を上げるのだった。
「いやぁああ……っ!」
◇◇◇
ひと月後。
晴れて聖公爵の地位と屋敷を与えられたメイジーは、世界樹の管理を行なっている。
管理といっても、毎日様子を見に行くだけの簡単な仕事ではあった。そして――。
「来たぞ」
「プリンは?」
「買って来た」
「ありがとう、英雄さん?」
セランはこれまでのことを国王から謝罪され、世界樹を救った英雄として褒賞を与えられ、公爵の貴族位を得た。
大勢の使用人たちと広い屋敷で暮らすメイジーの元に、彼は度々訪れるようになった。
今日は、新しくできたケーキ屋のプリンをお土産に頼んでいたのだ。
「ったく、俺よりプリンの歓迎か?」
「ふふ、どっちもです。さ、中に入って」
メイジーはセランを居間に案内し、ソファに並んで座った。その傍らで使用人が紅茶を用意する。
彼が買ってきてくれたプリンはピスタチオのムースとプリンの層になっており、中央のラズベリーのジュレの酸味が舌によく馴染んだ。
「ん〜、美味しい」
部屋で二人きり。プリンを頬張るメイジーをセランがじっと見つめ、「無防備すぎだろ」と呟く。それから、ソファの上でいつの間にか押し倒れてていた。
「へっ……セラン?」
「俺だって一応、男だぞ。のこのこ部屋に招き入れて、無警戒にも程がある」
「どうして? 今まで五年間、ずっと一緒にいたのに、何もなかったじゃない。てっきり私のこと、女だと思っていないんだと」
「誰がいつ、お前を女として見てないっつったよ」
セランの目に熱が宿ったのが垣間見え、思わず息を呑む。
「嫉妬で世界樹燃やした、極悪人でも?」
「その極悪人のおかげで、俺は封印から解放された。あんたが極悪人だろうとなんだろうと、俺にとっては恩人だ。それに五年間、あんたを見てよく分かった。あんたを捨てた男は見る目がなかったってな」
それは、これまで何度も捨てられては傷ついてきた前世の自分と救われるような言葉だった。
いつの間にかどん底まで自己肯定感が落ちていて、本当のメイジーのことは誰も見てくれないと思っていた。
けれどセランは、メイジーが泣いていても笑っていても、なんてことない顔して隣にいて、メイジーを見てくれたのだ。
(なんで泣きそうになってるのよ、私)
わずかに震えた唇を引き結び、涙をこらえる。
「私なんて、誰かに気にかけてもらえるような女じゃない。たくさん間違って、汚れてきた女なのよ」
「そうやって、自分を雑に扱うの、もうやめろ。あんたはただ不器用で、強情で、優しい……とびきりいい女だよ」
すると彼は、メイジーの長い髪をすくって口付けを落とす。
「好きってお前が言うまで口説くから、覚悟しておけ」
そう甘く囁いたセランはいたずらに微笑む。
それから、二人が婚約者になるまではそう時間がかからなかったのだが、それはまた別の話。
本作はここでひと区切りとなります!
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