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杖持たぬ者ワムクライ 6

 街道沿いにある街レイアックの酒場”虚ろな青銅亭”、夜も更けてきたというのにテーブルの半分以上にはまだ客の姿があった。

 店の名前の由来となったものであろう使い込まれた青銅製の鎧が入口横に飾られている。

 他の客と店主の会話で昔まだ店主が若い頃、冒険者をやっていた時に愛用していた鎧だという内容が聞こえてきた。

 かつて冒険者だった者がこういった酒場や宿を経営することは別に珍しい事ではなく、大陸各地に似たような店は沢山存在していた。

 冒険者ギルドが無いような街や村などでは、こういった店がその代わりを果たし仕事の斡旋や情報提供を行っている。

 ここレイアックでもそうなのか、カウンター横に設置してあるボードには依頼内容の書かれた紙が何枚か貼り付けてあるのが目に付く。 

「・・・・・・殿。ワムクライ殿」

 完全に酔い潰れた相棒を、引き摺るようにして二階にある宿へ運んで行く男の後姿をぼんやりと見送っていたワムクライであったが、唐突にムーアに名前を呼ばれ我に返った。

「ん? どうした」

「自分は・・・・・・自分はワムクライ殿に感謝しています。本当に、本当です」

「唐突だな」 

 苦笑するワムクライの方へ上半身をぐっと乗り出し、拳を握り締めながらムーアは言った。

「自分のような特に目だった取柄も無いような新兵を供に指名して頂いた事・・・・・・」

「ここまでは何事も無く順調に来れたが、この先は分からないぞ?」

 ワムクライは瞳を伏せ、残った葡萄酒を一気に飲み干す。

「お前が今まで経験もしたこと無いような危険があるかも知れない。ひょっとしたら指名された事を悔やむような事になる可能性だってある」

「危険は承知の上です! それに悔やむだなんて・・・・・・絶対にありません!」

 背筋をピンと伸ばすとムーアは真っ直ぐにワムクライの顔を見るが、その瞳はいま一つ焦点が定まっておらず、かなり酔っている様子であった。

「まだ実戦経験はありませんが・・・・・・ありませんが訓練では筋がいいと教官にも褒められた事があるんです。このムーア、一命に賭けてもワムクライ殿の足手まといにならないよう頑張ります」

 椅子から立ち上がったムーアは酔いが回っているせいか足がもつれ、後ろのテーブルで酒を飲んでいた男にぶつかってしまった。

「おい若造、どこに目を付けてるんだ?」

 振り回した腕で軽々とムーアを床に転がすと男は椅子から立ち上がる。

 一見するとトロールと見間違うような巨体、丸太のように太い腕、テーブル横の壁には巨大な剣が立て掛けてある。

「おいおいハウザー、やめとけよ。大人げねぇな、お前は」

 大男の向かいに座っていた男はジョッキをテーブルに置き、またかというように嘆息交じりに言った。

「てめぇは黙ってろ、サルエル。人が静かに酒を楽しんでたら後ろでギャーギャーと五月蝿い若造が・・・・・・」

 振り向きもせずに言い放つと、ハウザーは床に倒れたままのムーアに手を伸ばそうと足を踏み出したが、次の瞬間身体が石化したように動かなくなる。

「連れが迷惑をかけたようだ。すまなかったな。おい、大丈夫か?」

 間を割るように立つとワムクライはハウザーにそう言い、床で呻いていたムーア起こすと肩を貸すようにして二階の部屋へと上がっていった。

「・・・・・・ふうぅ」

 二人の姿が完全に視界から消えると同時にハウザーは大きな息を吐きながら、その場にぺたんと腰を付いた。

「サルエルよ、俺は蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かったような気がするぜ」

 全身から冷や汗を流し、一気に酔いが冷めたハウザーはどこか興奮気味に言う。

「ああ、あの女・・・・・・只者じゃねぇな。俺も全く動けなかった・・・・・・」

 ほっとしたように天井を見上げたサルエルは、何か思い出したように口にする。

「あの女の背中の刺繍・・・・・・確かこの国の選ばれた魔法使いの証じゃなかったか?」

「どっちにしても」

 膝をパンッと叩きながら気合を入れて立ち上がったハウザーは

「俺達をここまでビビらせる女だ。並みの魔法使いなんかじゃねぇよ」

 楽しい玩具を見つけた子供のような無邪気な顔でそう言ったのだった。

 

 開け放った窓の外には満天の星空。

 ローブを脱ぎベッドの上に無造作に投げると、椅子を窓際まで運びワムクライは腰掛けた。

 シャツとパンツだけという姿になったワムクライの首からは大粒の宝石が散りばめられたアミュレットがぶら下がり、時折星の明かりを反射して輝いていた。

「今のところ制御には問題はない・・・・・・か」

 宝石部分を指で触りながらワムクライは一人呟いた。

 魔法使いの多くは魔力を補う役割で各種の宝石類を身に付ける者も少なくないのだが、ワムクライに関しては全くの逆であった。

 強大すぎる魔力を押え付けるためだけに精製した特別の宝石達が輝くこの世で唯一のアミュレット。

 だがこれだけでは十分とは言えなかった・・・・・・

 その為に王城にある自室にて研究と称し各地から集めた書物を読み漁り、各種の魔法実験を繰り返し行い、少しでも油断すると自らの体内で暴れそうになる魔力を可能な限り抑えてきた。

 ─ もうあのような愚行は二度と起こしてはならない

 自ら生まれ育ったワルタ王国の首都をほぼ壊滅状態にしてしまったあの日の事・・・・・・

 何度悔やもうともどうにもならない事実。

 力強く脈打つ心臓は、今でも気を抜くと「破壊せよ、殺せ」と命じてくる。

 忌まわしきブラックドラゴンの心臓・・・・・・

 死ぬ方法を求めてワルタを後にして各地を彷徨う事数十年。

 魔法王国オルフェンのアギナ翁に出会い、諭され、少しは人間らしい感情を取り戻せてはいるものの、”死にたい”と願う気持ちはまだ薄れてはいなかった。

「・・・・・・人並みに死ぬ事の幸せか」

 銀というよりは白に近い肩の辺りで無造作に切り揃えた髪をかき上げながら、今一番手にしたい願いを口にしてみた。

 ─ 本当にあるのだろうか?

 不安は拭えないものの、大陸中から魔法知識が集まると言われている魔法王国オルフェンに留まり続けるのも、自らに確実に死を与える方法を見つけ出す為。

 王城の自室で見つけた文献の中に落ちた都市について纏められていたものがあり、そこにはありとあらゆる呪いを打ち消すという今は失われた古代魔法について記されていた。

 ワムクライ自身も幾つかの古代魔法は使いこなせるのだが、現在のものとは比較にならないほどの強力なその魔法は頻繁に使うわけにはいかないものであった。

 自らの中に無理矢理抑え込んでいる邪悪なモノが表面化してしまうきっかけになり兼ねない。

 漂う魔力が希薄なものとなった今の世界において、失われた古代魔法を使用するという事は並大抵の魔法使いでは不可能であるのだが、【13使徒】の中には古代魔法を復活させ自らの力としている者がいる。

 今回の天使の涙探索に関して快く思っていない連中・・・・・・他の【13使徒】は今のところ特に何も仕掛けてくる気配は無いが、必ずどこかでワムクライ達の邪魔をしてくるに違いないという確信だけはあった。

「まあ動くとすれば・・・・・・例の3人か」

 ワムクライの瞳は金色に輝き、砂時計のように窄まっていく。

 その瞳だけ見ればさながらドラゴンの目と同じであった。

「人の多い街中で事を起こすほど愚かではないと信じたいが・・・・・・」

 念の為に宿全体を覆うような形で探知魔法を展開させたワムクライは窓を閉めベッドに潜り込んだ。


 空は厚い雲に覆われ今にも泣き出しそうな天気の中、ワムクライ達は街道を徒歩で移動していた。

 レイアックで馬車でも調達しようとしたのだが、ワムクライの姿を見た瞬間馬が暴れだしてしまい仕方なく徒歩での移動となっていた。

(人は騙せても動物相手では無理か)

 少しでも先へ進みたかったが文句を言っても仕方がなく、不足気味の野営の必需品を購入した二人はレイアックの街を後にしたのだった。

 歩き始めて半日が過ぎた頃、街道は整備された石畳では無くなっていた。

 地図でもこの先は大きな街は無く村が数箇所あるぐらいで、景色も開かれた平地ではなく鬱蒼とした森や山々が目につき始める。

「雨が降る前に村にでも到着したいところですが・・・・・・今日中には無理みたいですね」

「まあ適当な場所で体を休める事にするさ」

 忌々しげに空を見上げるムーアにそう答え、ワムクライは距離を取りながら後ろを付いてくる存在に意識を集中する。

(昨夜の男達・・・・・・か。何のつもりだか)

 正体を理解したワムクライは興味をなくしたのか、面白くもなさそうに胸中で呟いた。


 そのまま何事も無く二人は歩を進め、周囲が暗くなり始めた頃に大きな森の入り口に到着した。

 ここから街道は大きく森を迂回するかのように伸びている。

 森の中を抜けるように街道を作れば近道になるのだろうが、草木で太陽を遮られた日中でも薄暗い森の中には熊や狼といった野生動物や、ゴブリンやオークといった魔物と遭遇する恐れもあり、逃げ道を確保し可能な限り危険から遠ざかるためにこういった作り方をされていた。

「あ、降り出しましたね・・・・・・」

「今夜はそこの木の下で休むとするか」

 丁度雨宿りに適している枝振りがいい大木を指差したワムクライは何かを感じたのか急に立ち止まり、動かないようにムーアを手で制した。

 ムーアはワムクライの動きに反応するように槍を両手で握ると体の前で構える。

「ようやく・・・・・・か」

 森の中からゆっくりと巨大な影が数体姿を現し、それを認識したワムクライは思わず笑みをこぼす。

 ─ キュクロープス

 額の中央に一つ目を持つ巨人族である。

 遠い昔、神界から降りて来た神々の末裔の一つだと言われ、鍛冶の技術に長けている為に自分達が作った武器を手にして人間達を襲うこともある。

 小さいものは2m、巨大なものになると十数メートルにもなり、体が大きければ大きいほど知能は高いと言われており、眼前に現れたものは4mといった大きさである。

 それが4体。

 それぞれが手に巨大なメイスを手にゆっくりと近寄ってきていた。

「き、巨人・・・・・・」

「下がっていろ」

 槍を手に呆然とするムーアの前に進むと、ワムクライは広げた左手を前に突き出すとたった一言を口にした。

「潰れろ!」

 左手を握り締めた瞬間、骨が砕ける耳障りな音と共に先頭を進んでいたキュクロープスの体がまるで不可視の巨石にでも押し潰されたかのように血肉を撒き散らしながら地面にめり込んだ。

 残った3体のキュクロープスはそれぞれが距離を取りながら、ワムクライ達を取り囲むかのようにして移動する。

「う、うわぁぁぁっ!」

 生まれて初めての実践、しかも巨人相手という事もあってかムーアは恐怖のあまり軽い錯乱状態に陥り、槍を構えたまま一番近い場所にいるキュクロープス目掛けて走り出した。

「馬鹿! 下がってろと言っただろ!」

 舌打ちをしつつワムクライはムーアの身体を覆うように魔法の盾を発動させた。

 巨大なメイスで薙ぎ払われたムーアは数メートルも宙を舞い、何度も地面に叩きつけられながら転がっていく。

 普通ならば例え頑丈な全身鎧を纏っていようとも四肢がバラバラになるような衝撃を受けるはずなのだが、ワムクライの守護魔法の効果のおかげでダメージは大幅に激減したはずであった。

 気を失ったのか、地面に倒れたままのムーアへ高々とメイスを振り上げたキュクロープスが迫る。

「ちっ! 邪魔するな雑魚が!」

 ムーアの方へ意識が向いたその隙を狙ったように残りの2体が自分を挟み込むようにして飛び掛ってくる姿を目の端に捉えたが、ワムクライは意に介さないようにムーアへ攻撃を仕掛けようとするキュクロープスへ魔法を発動させようとした瞬間・・・・・・

 ─ ヒュン!

 空気を切り裂くようにして真っ直ぐ飛んできた矢がムーアの直前まで迫っていたキュクロープスの目に付き刺さり、勢いはそのまま矢尻は後頭部へ突き抜ける。

「おりゃああああ!」

 矢に続くように怒号を発しながら大男が突っ込んでくると、巨大な渾身の力でバスターソードを振り回しキュクロープスの胴体を真っ二つに切り裂き、その上半身を宙に舞わせた。

 バスターソードを構え直し残りのキュクロープスの方を見たハウザーの目に飛び込んできた光景は、メイスの一撃をもろに喰らい血飛沫を撒き散らしながら吹き飛ばされていくワムクライの姿であった。


 

 

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