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杖持たぬ者ワムクライ 7

「新兵を庇って自滅か・・・・・・呆気ないな」

 手足が妙な方向に折れ曲り、血溜まりの中で横たわったままのワムクライの姿をキュクロープスの目を通じて見ていたスケルトンのように痩せこけ、頬骨の浮き出た剃髪のローブ姿の男は面白くも無いといった感じで呟く。

「しかし本当に杖を持たずに魔法を使うとは・・・・・・どうやって制御をしていたのか不思議ではあったな」

「けっ、誰だよ。あの女が危険だとか抜かしてたヤツは」

 人間族の子供程の背丈しかないホビット族のアールガは干し肉を食い千切りながら肩を小刻みに揺らしながらどこか卑下た笑い声をあげた。

「拍子抜けもいいとこだぜ。これだったら回りくどい方法を取らなくても俺が新兵共々直接首を撥ねに行ったのによ」

「まあほとんど詠唱を必要とせずに魔法を発動させていたのには正直驚きましたけどね。我々【13使徒】の中でもあそこまで短時間で強力な魔法を発動させられる者は・・・・・・私以外にはゾンホくらいでしょうから」

 木の幹に背中を預けるように立ち、エルフの如き完成された美貌の持ち主シェロは錫杖の表面に刻まれた古代文字をしなやかな指先でなぞりながら【13使徒】の中心的存在である盲目のゾンホの名前を出した事に苦笑する。

「これで残る目的は我々が天使の涙を手に入れて帰るだけか」

「そうですね、現国王にはもう少し生きておいて貰わねばなりませんからね」

「ああ面白くねぇったらありゃしねぇぜ!」

 イラついたように吐き捨てたアールガは、少し離れた地面を素早く移動していた兎にローブの下に仕込んでいた投げナイフを放つ。

「なあ、残った巨人とあの妙な二人連れを殺してきてもいいだろ?」

 ピクピクと痙攣する兎を持ち上げると素手で皮を引き裂き、まるで壊れた玩具に飽きた子供のように地面に投げ捨てながらアールガは二人の方を睨みつけた。

「なあ、いいだろ? なあ、シェロ」

「そうですね・・・・・・」

 軽く溜息混じりにシェロが考え込む仕草を見せる。

「生き残りがいる・・・・・・というのは少々面白くありませんし」

「だよな!そうだよな! 殺してもいいんだよな? 文句はないよな?」

 待ち切れないようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、アールガは狂気に満ちた瞳を輝かせ口の端から唾液を流す。

「な・・・・・・何だ・・・・・・これは?」

 驚愕に声を震わせるニュクヘスの姿にシェロとアールガは即座に遠見の魔法を発動し、キュクロープスの目に映る光景を共有したのだった。


 残った2体のキュクロープスは弓矢から目を守るかのように片手を盾のように顔の前で構えると、ハウザーとサルエルの方へ向き直り威嚇するような低い唸り声を発した。

「只者じゃないと思ってたのによ・・・・・・この姐さん簡単に死にやがって」

 チラリとワムクライに目をやりながらハウザーは嘆息交じりに呟いた。

「そっちはどう見ても即死だろうが、こっちの若造はまだ生きてるぞ」

 ムーアの横に駆け寄ったサルエルは脈を取り生きている事を確認すると背中の矢筒から矢を抜き、素早く弓を構えた。

「一つ目巨人か。ゴブリン達よりは楽しめそうだ」

 舌舐めずりしながら言うと、ハウザーは腰を落としバスターソードを低く構えた。

 次の瞬間、周囲の空気が異質なものへと変化し、濃密な禍々しい瘴気が地面から火山の噴火のように一気に溢れ出し、それらは全て血塗れで地面に横たわるワムクライの体へと吸い込まれていく。

 そして─。

「・・・・・・ふぅ」

 陽炎のようにゆらゆらと輪郭をぼやけさせながら立ち上がったワムクライは、肺の中に溜まった空気を時間をかけて吐き出した。

「やってくれるじゃないか。たかが堕ちた神々の末裔の分際で・・・・・・」

 ワムクライのその言葉が終わると同時にキュクロープス達の頭上の空間が裂け、暗黒よりも暗い球形が現れた。

 これから我が身に降りかかる事態を察したのか、キュクロープス達は悲鳴にも似た悲痛な叫び声をあげるが、逃げる暇も無くその巨体の表面がパラパラと砂の様に壊れ始め黒い球体へと吸い込まれ始めた。

「それから覗き見とはあまりいい趣味とは言えないな」

 ワムクライが指を鳴らすとキュクロープス達の目の中に業火が灯り、瞬時に目玉が爆ぜた。 

 僅か数秒で2体の巨人達は跡形も無く消え去り、空間の裂け目も無くなり同時に黒い球体も消え去ったのだった。


「ぐわぁっ!」

 錫杖を投げ捨て両手で顔を覆いながら叫び声をあげたニュクヘスは地面をのた打ち回る。

「糞っ! あの女!!」

 そう絶叫したアールガの顔は深く切り刻まれ、さながら猛獣の爪で引っ掛かれたような傷からは鮮血が噴き出していた。

 二人よりも一瞬早く魔法を解除したシェロは無傷であったが、腰が抜けたようにその場にへたり込んでいた。

「ば、馬鹿な・・・・・・何だ、あの魔法は・・・・・・」

 自身も失われた古代魔法と言われる魔法を幾つか習得しているものの、ワムクライが使用した強力な消滅魔法については初めて目にしたシェロは拳を振るわせる。

(あれは失われた古代魔法の中でも高位魔法と言われるものではないか?【13使徒】どころではなく、おそらく大陸中・・・・・・いや、この世界であのような高位魔法を、しかも詠唱をせずに瞬時に発動出来る者など存在するわけが無い。いや、存在していいわけがない・・・・・・)

 【13使徒】の中においても天才と称されるシェロは恐怖した。と同時に、その恐怖の奥底に潜む歓喜にも似た感情に身を震わせ自らを抱きしめる様にして地面に突っ伏した。

「おのれ・・・・・・おのれワムクライ・・・・・・化け物め・・・・・・化け物め!!」

 顔の左半分が抉り取られ、焼け爛れた状態のニュクヘスは手で傷口を押さえ、気を抜けば意識が飛びそうになる激痛の中ふらふらと立ち上がった。

「見えねぇ!目が見えねぇよ!おい、おいシェロ!!目が見えねぇっ!回復・・・・・・回復魔法を早く!!」

 顔を押さえながらその場でぐるぐると回り、地面にボタボタと血を垂らしながらアールガは泣き叫んでいた。

 通常の魔法使いは治癒系の魔法を使えない。そもそも魔法の質が違うからである。

 神殿や寺院に所属しそこで修行をした神官や僧侶といった特別な力を有する者だけが行使できるもので、しかも使用にあたっては深い信仰心が不可欠となっている。

 自らが信仰する神の力の一部を分け与えてもらう形で発動するという特殊なもので、その効果はかなり不安定なものとなっていた。

 3人の中では元々神官であったシェロが唯一治癒・回復系の魔法を扱う事が出来るため、仲間が怪我を負った際には頼られることになっていた。

「はい、わかりました。アールガ少し動かないで下さい」

 どこか興奮気味に言うとシェロはアールガの顔に錫杖の先を翳し、自らが信仰する神の名を唱えながら意識を集中させた。

 すると柔らかな光の結晶がアールガの顔を覆いつくし、ゆっくりとではあるが傷口の下から新たな肉が盛り上がり流れ落ちていた血も止まり始めた。

「幸い左目の傷は浅かったので何とかなりますが・・・・・・右目は駄目そうですよ」

「畜生・・・・・・畜生・・・・・・あの女・・・・・・」

「とりあえずしばらく横になって大人しくしてなさい。さあニュクヘス、傷を見せて下さい」

 顔を押さえていた手を外し、ニュクヘスの傷を見たシェロは表情を強張らせた。

「これは酷い・・・・・・」

 顔の左半分はごっそりと抉り取られており、焼け爛れた傷口からは悪臭が漂っていた。

 ここまで酷い傷の治療はいかに高位の神官や僧侶でも難しく、傷の表面に薄い皮を貼るのが精一杯だと思われた。

 ─ 魔法は万能ではない

 ワムクライの言葉のとおり、死んで身体から魂の抜けた者を生き返らせることは不可能だし病気や怪我についても完全に元通りに治療できるわけではなかった。

 対象者が本来持つ治癒能力を一時的に引き上げる補助をするものであり、病気の進行を遅らせたり痛みを和らげたりといった効果が精一杯なのである。

 神の持つ本来の力を全て使う事が出来るのならば可能なのかも知れなかったが、神々は必要以上にこの世界には関与してこないし、またその力の行使にあたっては人々の強い信仰心が不可欠となっている。

 信仰心こそが神々の力の根源であり、また恐怖は魔族の力の根源でもあった。

 神界と魔界に挟まれるように存在するこの人間界は両者にとってそれぞれが存在する為の糧であるのだ。

「すみませんが痛みを和らげるのが精一杯のようです」

「あの女・・・・・・忌々しい。この私にこのような傷を負わすとは・・・・・・」

 凄まじい形相で歯軋りをするニュクヘスは咆哮した。

「許さぬ・・・・・・許さぬぞ! 絶対に、絶対に許さぬ!!」

 

「あんた確かに死んでたよな?」

 数メートル先も見えないような豪雨を避けるように大木の下に避難し、サルエルが起こした火の中に乾いた木切れを投げ込みながらハウザーはワムクライの方に目をやった。

「そうだったか?」

 辛うじて全身に軽い打撲を負っただけのムーアは治癒魔法の効果があったのか穏やかな寝息を立てており、その寝顔を見ながらワムクライは素っ気無く答えた。

「いつの間にか地面の血溜まりも無くなっていたし、あれだけ曲がっていた手足も元通りで傷一つ見当たらねぇ・・・・・・どうなってるんだ?」

「俺とハウザーは大陸のあちこちを回って歩いてきたが、あれだけの傷を負って元通りに戻せるような神官や僧侶の魔法なんぞ見たことが無い」

 上目遣いにワムクライの横顔をチラリと見ながらサルエルは軽く肩を竦めた。

「おい・・・・・・待てよ」

 何かを思い出したように呟くと気付かれないように弓へ手を伸ばす。

「そういやあんた・・魔法使った時杖を持って無かったよな?」

「そう言われてみれば・・・・・・あれか? 噂は聞いたことがあったが”杖持たぬ者”と言われる魔法使いってあんたの事なのか?」

「あんた呼ばわりは気に入らぬな。私にはワムクライという名前があるのだが・・・・・・それからどういうつもりか知らないが矢で私を射抜くつもりなら止めておくことだ」

 目線はムーアに落としたまま、サルエルの方を一度も見ることなくワムクライは言う。

「正直私は今苛立っている。といっても自分自身にだが・・・・・・もし敵意を見せるのなら手加減も微塵の容赦も無く消し去る事になるが」

 その言葉に脅しではなく本気を感じ取ったサルエルは弓に伸ばしかけた手を戻す。

「それでいい。狂戦士ハウザーに弓使いサルエルか、話には聞いていたがこんな場所で会うとはな」

「俺達の事を知ってるのか?」

「よかったなサルエル。杖持たぬ者にまで名前が知れてるぜ」

「しかし何故私達の後をつける・・・・・・何か用でもあるのか?」

「まあ用ってほどのもんじゃないんだが」

 ハウザーは短く刈り込まれた髪を掻き毟る。

「気になったというか・・・・・・面白そうだと思ったからだな」

「こいつは図体はデカいが中身はまんまガキなんだ。言い出したら聞かなくてな」

「面白い・・・・・・か」

 どこか憐れみを含んだような口調でワムクライは言った。

「お前達の姿も奴らに見られただろう・・・・・・少なくと面白いでは済まない事になると思うが」

 ワムクライは止むどころか酷くなる一方の雨を見つめた。

  

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