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杖持たぬ者ワムクライ 5

「よし、こいつで最後だ!」

 叫びながらロングソードでオークの首を撥ね飛ばし、注意深く周囲を見回しながら呼吸を整えるのは冒険者の剣士。

「怪我をした者はいないか?」

「大丈夫だ」

 剣士の問い掛けに他の者は即答する。

「意外に手こずりましたね」

 息絶えて動かなくなったゴブリン、オークの群れを確認しながら僧侶は信仰する神の名前を口の中で唱えながら仲間達の無事を感謝した。

「後はあの歪を閉じたら依頼は終了だ。さっさと頼むぜ。別の魔物が現れないとも限らないからな」

 血塗れのウォーハンマーで魔物の躯を突付きながら戦士が急かすように言う。

「分かっている。今から詠唱に入るが念の為に周囲の警戒を頼む。かなり強力な歪だ・・・・・・詠唱に時間が必要になる」

 そう言うとローブ姿の男が左手で杖を体の前に掲げ、残った右手で空中に複雑な印を描き出した。

 かつては王国付魔法使い候補にも名前が挙がった程の実力を持った魔法使いである。

 他の者達もそれぞれが名の知れた有名な冒険者であり、大陸中央に位置するギ・ガーナ王国の冒険者ギルドの依頼を受け魔法王国オルフェンとの国境付近に発生した空間の歪を閉じに来たのだった。

 この付近には落ちた空中都市の遺跡が広く点在しており、今回空間の歪が発生したのもその遺跡の一つである。

 歪を守るかのように現れたゴブリンやオーク達の群れであったが、中位魔族のレッサーデーモンですら討伐経験のある彼らの敵ではなかった。

「ここを閉じてしまえばこの辺りから魔物達を完全に一掃出来るな」

「少しは街道沿いの魔物による被害も減るだろうさ。俺達の仕事が減るのは癪だがな」

「人々が少しでも心安らかに過ごせるようになれば何よりではないですか」

 魔法使いが詠唱を続けている間、周囲を警戒しながら冒険者達は口々に言った。

 次の瞬間、それこそ何の前触れも無く詠唱していた魔法使いの体が四散した。

「あら、ちょっと力加減を間違えたかしら?」 

 場違いとも思える艶かしい声と共に歪の中から姿を現したのは腰までの長い髪をたなびかせた半裸の女性である。

 あきらかに人と違うのは額から生えた2本の角・・・・・・高位魔族にして魔界の王カオス直属の部下であるヤクシャであった。

 突然の出来事に思考が停止したままの冒険者達3人をゆっくりと舐め回す様に見つめるヤクシャの背後からは、鎧の隙間から高濃度の瘴気を溢れさせる首無し騎士デュラハン、老人の顔を持ち獅子の体にサソリの尾のマンティコアが続けて姿を現した。どちらも魔界では高位に位置する魔族である。

「な、何だ! お前達は!!」

 金縛りのように体が動かない中、喉の奥から搾り出すようにして剣士が叫ぶ。

「はじめまして人間界の皆さん。私達は魔界の住人・・・・・・そしてさようなら」

 ヤクシャの言葉が終わると同時に冒険者3人の体は瞬時に霧散し、周囲に血肉の雨を降らせた。

「脆い・・・・・・脆いもんじゃな」

 マンティコアは面白くも無さ気に吐き捨てた。

「・・・・・・気に入らないわね」

 しばし自らの手を見ていたヤクシャはそう言うと、憎憎しげに空を見上げた。

「あの頃よりも人間界を漂う魔力が少なくなっているわ。これでは魔界と同等の力は得られない」

「仕方あるまいよ」

 引きつったような笑みを浮かべながらマンティコアが答える。

「古の制約があるからの・・・・・・それは神々とて同じ。この人間界が特殊だという事じゃな。しかしながら我等の優位が揺るぐワケでない」

「そうね・・・・・・ではそれぞれの軍勢を呼び寄せ各地に散るとしましょう。全ては我等が主カオス様の為に」

 ヤクシャのその言葉が終わると同時にそれぞれの姿が揺らめき、そして消えていったのだった。


 ─ 呪われた都市イキ

 魔法王国オルフェンの北東部、国境のすぐ近くに位置する廃墟と化した街である。

 周囲は堅固な城壁で守られ、かつては王国の首都として栄えていたのだが先の神々と人間、そして魔族との大規模な戦いの際に一夜にして崩壊した場所でもある。

 原因は魔法の暴走。

 結果、数万人の命が一瞬で失われ、魔力の余波で時空が歪み、エルフやドワーフ、ホビットといった亜人種達がこの世界へと姿を現すようになったという。

 数百年経過した現在においてもイキ周辺の魔力は非常に不安定で、意図的に開かれる空間の歪のような現象が度々観測されており、強力な力を有する魔族達が容易にこちら側へと出てきているという。

 そもそも何故魔法が暴走してしまったのか・・・・・・

 表向きは魔族による攻撃によるものとされているのだが、実のところは当時イキに居た魔法使い達の対魔族魔法の実験の失敗が直接の原因であったという。 

 遥か昔、まだこの世界に魔法の元となる魔力が濃密だった古代魔法全盛期の頃に人々は魔法の力で幾つもの都市を空中に浮かべ、その力は神々に届く一歩手前であったという。

 人間達の神を恐れぬ傍若無人な振る舞いに一部の神々が激怒し、天空より雷を放ち空中都市を地上へと叩き落した後、人間界の魔力を大幅に減らしてしまったという。

 その影響から現在では当時のような高度な魔法を使う事はほぼ不可能で、それらは”失われた古代魔法”と言われ、僅かに残された文献や各地に残る伝承などから推測する事しか出来なくなっている。

 現在大陸各地に”落ちた都市”として残された遺跡の数々には当時の優れた魔法の痕跡が見つかる事もあってか、定期的に大規模な調査が行われる事もあり、またまだ発見されずに埋もれたままのアイテムを求めて一攫千金を夢見る冒険者や盗賊達の姿も頻繁に見ることが出来るのだった。


 街道沿いにある比較的大きな街であるレイアック。

 日が沈む前に到着することが出来たワムクライとムーアは、門番に紹介された酒場”虚ろな青銅亭”へ入っていた。

 酒場に宿が併設されている事は珍しくなく、ここ”虚ろな青銅亭”でも二階は宿となっており、とりあえず部屋に荷物を置いた二人は冒険者や行商人達でごった返す店の一番奥、空いた席へ腰を下ろし適当な料理と酒を注文する。

「ようやくベッドでゆっくり休む事が出来るな」

「ですが・・・・・・自分はちょっと・・・・・・」

 宿が取れたのはいいのだが、ワムクライと同室になった事にムーアはまだ納得出来ていない様子であった。

「しつこいなお前は・・・・・・今日は客が多いせいで一部屋しか取れなかったのだから仕方あるまい? それとも私と同室なのがそんなに不満なのか?」

「ち、違います違います!」

 ワムクライに睨まれたムーアは慌てふためいて弁解する。

「不満ではなくて女性と同室で寝るなんて・・・・・・しかも王国付魔法使いであるワムクライ殿と・・・・・・」

「別に一緒に寝ようというわけではないし、ベッドは2つあるのだからな。まあお前が望むなら一緒に寝てやっても私は一向に構わないが」

「いえいえいえ! 大丈夫ですから! そんな恐れ多い・・・・・・」

 顔を真っ赤にしながらしどろもどろになったムーアは給仕が運んできたエール酒を一気に喉の奥へ流し込み、次の瞬間盛大に咽た。

 そんなムーアを見つめながら運ばれてきた葡萄酒をワムクライは口の中に含む。

「何だ、お前下戸だったのか?」

「そういうワケではないのですが」

 胸を叩き、目を白黒させながらムーアが呻くように言った。

「ここのエール酒は少しキツいような・・・・・・」

「ああ、この辺りの土地の酒はアルコール度数が高いという話だからな」

 ワムクライは通りかかった給仕に葡萄酒の追加を頼む。

「へえ、そうなんですか。さすがはワムクライ殿、物知りですね」

 運ばれてきた鶏肉料理を頬張りながらムーアは頷いてみせる。

 向かい側に座っているワムクライは懐から羊皮紙に描かれたオルフェンの地図をテーブルに広げると、しなやかな指先でその上をなぞった。

「ふむ、やっと行程の3分の1というところか」

「まだまだ・・・・・・ですか」

 十分に咀嚼した鶏肉をちびちびとエール酒で流し込むとムーアは嘆息交じりに呟く。

「鳥のように空を一っ飛び・・・・・・というわけにはいかないですね」

「古代魔法時代には空を自由に飛ぶ魔法や、遠い地に瞬時に移動できるような魔法もあったという話だがな」

「そんな凄い魔法があったんですか?」

 ムーアは目を丸くする。

「まあ漂う魔力が薄くなった今では無理だな・・・・・・”失われた魔法”というヤツだ」

「自分には才能が無いので魔法の事はさっぱりですが、ワムクライ殿でも扱えないような凄い魔法という事なんですね?」

「魔法は万能ではないよ」

 給仕が置いた葡萄酒を飲みながら、どこか寂しげにワムクライは答えた。

 

「おのれ忌々しい」

 歯軋りしながらそう吐き捨てたのはスケルトンのように痩せこけ、頬骨の浮き出た剃髪のローブ姿の男であった。名をニュクヘスという。

 その黒衣の背中には朱と金の糸で描かれた”剣に絡まる2匹の翼持つ蛇”の刺繍。

 魔法王国オルフェンの王国付魔法使い【13使徒】の証である。

 ニュクヘスと対峙するのは頑丈な赤い皮膚に全身を覆われ、背中には巨大な蝙蝠の翼を持つ異形の姿・・・・・・

 この世界ではレッサーデーモンと呼ばれる中位魔族である。

 レッサーデーモンの中には高い魔法耐性を持つものが存在し、今ニュクヘスが対峙している相手がまさにそれに該当する。

 表面に様々な古代文字が刻まれた錫杖を構え、レッサーデーモンと一定の距離を保つようにじりじりと円を描くようにニュクヘスは動く。

 口の中で素早く呪文を詠唱し、いつでも次の魔法を放てるようにしつつ眼前のレッサーデーモンを睨みつける。

 通常であれば致命傷を与えられるはずの攻撃魔法であったが、眼前の魔法耐性が異常とも思えるほど高いレッサーデーモンに対しては僅かに体の表面に傷を付けるに留まっていた。

 少しでもワムクライに先んじようと森を抜けようとしたのは誤算だったのかも知れないと、今更ではあるがニュクヘスは後悔していた。

 警戒はしていたものの、目の前の人間の攻撃魔法が自分には効果が薄いと確信したレッサーデーモンは岩すら簡単に切り裂くことが出来る爪をカチカチと鳴らし、酷く耳障りな不快極まりない低い唸り声をあげる。

「おいおいニュクヘスよ・・・・・・だらしがねぇな」

 まさにレッサーデーモンがニュクヘスに飛び掛ろうとした瞬間、頭上から声が響く。

「アールガか、どこで油を売っていた?」

 安堵を含んだようにニュクヘスが呟くと同時にレッサーデーモンの首が刎ね飛ばされ、異臭を放つ紫色の液体を撒き散らしながら地面に転がる。

「なかなか厄介な相手だったみたいじゃねぇか?」

  細身ではあるが長身のニュクヘスの腰にようやく達する程の背丈、ホビット族の魔法使いアールガは腰の鞘にソードを収めながらアールガは唾を吐き捨てた。

 元々は暗殺を生業にしており、1対1なら並大抵の剣士や戦士では太刀打ちが出来ない程の腕を持つアールガである。

 ホビット族には珍しく魔法適正が高く、その為に魔法使いとしても【13使徒】に抜擢される程の能力を有している。

「それで? シュロの野郎はどこに行きやがったんだ?」

「ここに居ますよ」

 突然背後から声を掛けられ、アールガは素早く前方に飛びながら目にも留まらぬ速さで剣を抜き振り返る。

「チッ・・・・・・気配を感じさせずに元とはいえ暗殺者の背後を簡単に取りやがる。相変わらず油断ならねぇ野郎だな」

 アールガの言葉に軽く微笑んでみせるのはシュロ。

 男でありながらエルフの如き完成された美貌の持ち主である。

「どうやらこの森はレッサーデーモン達の巣になっていたようですね。何匹かは倒しておきましたが」

「レッサーデーモンの巣か・・・・・・なかなか厄介な場所を選んでしまったな」

 嘆息交じりに言うとニュクヘスは額の汗を拭う。

「森を抜けるまでは距離を取った行動はやめて、まとまって移動した方がよさそうですね・・・・・・どうも妙な感じがしますから」

「そうだな・・・・・・」

 シュロに同意するようにニュクヘスは頷いた。

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