杖持たぬ者ワムクライ 23
三本になった蠍の尾の先から続け様に針を飛ばすソブデリウス。
しかしワムクライは慌てる風でもなく、飛来する針を指先だけで弾きその軌道を変える。
「芸の無い攻撃だな」
「そう思うかね?」
ソブデリウスがにやりと笑った次の瞬間、ワムクライの視界が歪み体から力が抜けていく。
「ちっ、毒か?」
針を弾いた指先が紫色に変色していくのを苦々しい表情でワムクライは見つめた。
蠍の尾から飛ばされる針の攻撃─。
普通に考えれば毒があることぐらい容易に理解出来そうなものではあるが、仲間達を別の場所へと飛ばされ、その事に少なからず動揺していたワムクライは判断力が鈍っていた。
しかも多少の毒であれば体内に入った瞬間全て無効化されるはずなのだが、ソブデリウスの放った針に含まれていた毒は確実に肉を、神経を蝕み、ワムクライの身体の自由を着実に奪う効果を挙げていた。
体内を巡る膨大な魔力にも変化が見られ、思うように制御が出来なくなっている。
「仲間の心配よりもまずは自分の心配が先だったようじゃな」
片膝を地面に着き、左胸を押さえながら苦しげな呼吸をするワムクライの姿にソブデリウスは満足そうに頷いた。
天使から貰った神界で精製された宝石のお陰でブラック・ドラゴンの邪悪な意思は封じられてはいるものの、激しく力強く脈打つ心臓は全身の末端まで毒を送り出し、視界が狭まり意識が遠退きそうになるのをワムクライは唇を噛み締め必死に耐えていた。
「その毒は魔界に咲く花の根を原料に我が独自に調合したものよ。どうじゃ、人間界には存在せぬほど強力な毒は? ドラゴンでさえ昏倒させる事が出来る自信作じゃ」
ソブデリウスは肩を揺らしながら笑い、その四肢に生えている爪を魔法で強化する。
「どれ、時間を掛けてゆっくりと皮膚を切り裂き、肉を切り裂き、腸を引き摺りだしてやろう。おお、心配せずともよい。簡単には死なせぬわ」
「本当に私を殺す事が出来るのならそれもいいが」
ワムクライはガクガクと震える膝を手で押さえ付け、血が混じった胃液を地面に吐きながら苦しい息の下そう答えた。
「ただ・・・・・・貴様如き魔族に殺されてやるのは少々癪に触る」
「口だけはまだ達者なようじゃな」
後ろ足で地面を蹴ったソブデリウスは勢いもそのままにワムクライへと飛び掛り、鋭利な刃物と化した爪を振り下ろした。
抵抗する事も出来ないワムクライはその頬、肩を、腕を切り裂かれ、傷口からは血の珠が浮かび上がっていく。
「爪先から伝わってくる柔らかい皮膚が裂ける感触。そこから溢れ出す芳醇な血の香り・・・・・・堪らぬ、堪らぬわ。この歯を突き立てて肉を食い千切りたくなる衝動に駆られるわい」
自らの爪を舌で舐め回しながらソブデリウスは恍惚の表情を浮かべ、未だ満足に動けずにいるワムクライの姿に目を細める。
「ふざけるな・・・・・・貴様のような醜悪な魔獣に喰われてやる気は無い」
「まだそのような生意気な口が叩けるとはな。この我の身体に泥をつけた相手をそう簡単には殺す気は無い・・・・・・無いのだが実に美味そうな匂いじゃわい」
だらだらと口の端から涎を垂れ流すソブデリウスは、鼻腔をくすぐる甘い血の香りに我慢の限界を迎えていた。
前かがみになりながら蠍の尾を左右に揺らし、鋭い牙が幾つも並んだ口を大きく開くと一気に跳躍し、ワムクライの右腕に喰らいつく。
肉が裂け、骨が砕ける音が響き、ワムクライの腕は肘の少し上で引き千切られる。
「おお、おお・・・・・・これは美味じゃ」
食い千切ったワムクライの腕を咀嚼しながら満足そうに頷くソブデリウス。
「・・・・・・そうか、私の腕はそんなに美味いのか」
傷口から大量の血を流しながらワムクライはその美しい唇の端を上げ、微かに微笑んでみせる。
その瞬間、ソブデリウスが咥えていた右腕が印を結ぶと同時に閃光と魔力を周囲に放ち爆発を起こした。
突然の予想してなかった出来事にソブデリウスの反応が一瞬遅れ、爆発をまともに受けた口は裂け、牙は飛び散り、顔半分の肉は抉られてしまっていた。
「おや? どうやら私の肉は口に合わなかったようじゃないか」
ゆっくり立ち上がったワムクライの金色の瞳が更に眩く輝きを増すと、それに呼応するかのように傷口からドス黒く変色した血と共に傷一つ無い新しい腕が生える。
「ふう、やっと毒が抜けたか」
確認するかのように新しい右腕を軽く振り、凍てつく様な視線をソブデリウスへ向ける。
「少しは見られる顔になったようじゃないか、ええ?」
「お、おのれ・・・・・・腕に何を仕込んだ?」
爆発の衝撃で顔をズタズタに引き裂かれ、深く肉を抉られ、足元に大量の血溜まりを作りながらソブデリウスはワムクライを睨みつける。
「肉そのものに爆裂魔法をかけて発動させただけさ」
「この・・・・・・化け物が」
「お前には言われたくない台詞だな」
言葉が終わると同時にソブデリウスの眼前からワムクライの姿が掻き消え、そして次の瞬間ソブデリウスは凄まじい衝撃を受け頭から地面に叩き付けられた。
─ 転移魔法かっ
魔法陣を使わずに一瞬でソブデリウスの頭上へと転移したワムクライは、そのまま大気を圧縮した不可視の塊を死角から叩き込んだのだった。
「ふんっ!」
そして指先から真空の刃を飛ばし、うねる蠍の尾の根元を切り裂く。
地面に降り立ったワムクライは素早く身体を回転させ、そのままソブデリウスの横腹に魔法で強化された強烈な蹴りを放つ。
蹴り飛ばされたソブデリウスは抵抗する間もなく情けなく地面の上を転がり、瓦礫の中に突っ込んでいった。
「ぐはっ!」
ワムクライの防御する暇すら与えぬ攻撃に血の混じった嘔吐物を撒き散らし、惨めにのた打ち回るソブデリウスは全身を襲う激痛の中で、かつで同様の痛みを自分に与えた存在を思い出していた。
(あの女神、名を何と言っていたか・・・・・・そう、確かオフェーリアといったか)
しかし先の大戦で瀕死の傷を負わされ、魔界にて長い年月をかけて傷を癒し、肉体と魔力の強化を行ったマンティコアの身体は当時とは比較にならぬ程に仕上がったはずであるが、人外の臓器を移植しただけのたかが人間の魔法使い風情にここまで追い込まれるとはソブデリウスにとっては予想だにしていなかった事であった。
「どうした、魔獣。私を殺すのではなかったのか?」
ワムクライの身体から人の身には不相応な強大な魔力が溢れ出す。
暴れ狂う魔力の奔流のその向こう側に微かに見え隠れする深い闇、そしてその更に奥にある邪悪の本質を目の当たりにしたソブデリウスは驚愕し、皺に埋もれていた目を大きく見開く。
「それはドラゴン・・・・・・貴様が体内に入れたのはドラゴンの臓器だったのか? その邪悪さ・・・・・・ブラック・ドラゴンか。カオス様とルーツを同じくするドラゴンの・・・・・・あり得ぬ、あり得ぬわっ!ただが人間の器に収まるような代物ではないっ!!」
傷のせいか、それとも恐怖のせいか─。
満足に動く事の出来ないソブデリウスは声を荒げ、地面に爪を立て必死にもがく。
「終わりだ、魔獣」
氷の方がまだ温かみがあるような冷たく突き刺すような視線でソブデリウスを見下ろすワムクライが、そのしなやかで整った美しい手をゆっくりと天に掲げると手の中に光の粒子が集まり、それらは剣の形へと変わっていく。
地面を蹴ると一気に間合いを詰め、ソブデリウスの顔面目掛けて振り下ろす。
が、その瞬間─。
頭上から音も気配もなく無数の氷の槍が降り注ぎ、手にした光の剣でそれらを弾きながらワムクライは後方へと飛び退った。
「まだこいつを殺させるわけにはいかなくてね」
その声は頭上からであった。
まるで子猫を扱うかのようにその左手でソブデリウスの首根っこを掴み、不敵に微笑していたのは魔界の王カオスの側近のヤクシャ。
「上位とはいえ所詮は元人間・・・・・・あんた弱すぎるわよ、ソブデリウス」
大袈裟な仕草で頭を振り、血塗れのソブデリウスの首を持ち上げ、その顔を覗き込みながらヤクシャは言った。
「とはいえこいつをここまで傷付けたのは大したもんだわ。このあたしが直々に相手してみたいところだけど、残念な事にちょっと野暮用が残ってるのよね」
眼下で剣を構えるワムクライを妖艶な瞳で見つめ、ヤクシャは血のように赤い唇を舌先で舐め回す。
「近いうちに会いましょうね」
その言葉が終わると同時にヤクシャとソブデリウスの姿は空中から消えたのだった。




