杖持たぬ者ワムクライ 24
「退いてくれた・・・・・・というところか」
ヤクシャとソブデリウスが消えた空間を見上げながら呟くと、ワムクライはその場に崩れるように足を投げ出して座り込んだ。
大きく安堵の息を吐くと同時に顔には珠の汗が浮き上がり、顎先を伝って滴り落ちる。
正直なところあのまま戦ったとしてもソブリデウスの息の根は止められたかも知れなかったが、確実にあのヤクシャには自分が打ち倒されていただろうと確信出来た。
「・・・・・・あれが純粋な上位魔族という存在か」
唇を噛み締め、右手で自らの左胸を鷲掴みにしたワムクライは指先に力を込める。
ブラック・ドラゴンの心臓を持ち、また生まれながらに通常の人間には持ちきれぬほどの魔力を有するワムクライであったが、ヤクシャを一目見ただけで全身の細胞が拒絶の悲鳴をあげ恐怖に打ち震えていたのを感じていた。
今はまだそれだけの差が存在するという事であった。
「くそっ」
そう吐き捨て拳を地面に叩き付けた。
「お、姐さん無事だったか」
神殿前の広場では、全身血塗れのハウザーが入り口へと続く石階段に腰掛けていた。
その隣にはサルエル、ムーアの姿も見える。
「ワムクライ殿! ご無事でなによりです」
「みんな無事だったようだな。しかし酷くやられたようじゃないか」
「こんなもん怪我のうちに入らねぇよ」
ワムクライの言葉にハウザーは手を振りながら答えた。
「そうそう、この馬鹿の怪我なんぞ唾つけておきゃ治るさ」
「そうなのか? 回復魔法でもかけてやろうかと思ったのだがな」
「いやいい。俺にとっちゃ傷は勲章みたいなもんだ」
「しかしよくあの三人を相手に無事でいられたな。大したものだよ」
「自分は途中で気を失って・・・・・・気がついたらこの場所にいたんです。槍も無くなっているし」
ムーアは釈然としない口調で言う。
「ふむ」
他の二人はともかく新兵のムーアには【13使徒】の相手は荷が重過ぎるはずであるのだが、腰に吊るされているショートソードからは微かにホビット族のアールガの血と魔力を感じ取る事が出来た。
ということは少なくともあのアールガに一撃を与える事が出来たという事になる。
「とにかく皆無事ならばそれでいいじゃないか」
そう言うとワムクライは周囲に広範囲の感知魔法を展開させるが、自分達以外の生命反応感じ取る事は出来ず安堵の溜息を落とした。
「もうこの辺りには魔族や魔物の類は存在しないようだ。ムーア、では天使の涙を回収に行くか。二人には念の為に周囲の警戒を任せても構わないだろうか?」
「ああ構わねぇよ。少し疲れたからもうちょっと休憩したいしな」
「いいぜ。ここは俺とハウザーに任せておきな」
二人の返事に小さく頷くとワムクライとムーアは神殿の中へと進んで行った。
神殿の奥、崩れかかった壁の隙間に地下へと続く螺旋状の階段を見つけた二人は慎重に歩を進めていた。
形や大きさが統一されていない様々な石を組み合わせて作られている壁は、それ自体が微かに発光している為に日の光が届かない地下でありながら松明や魔法の明かりを必要としていなかった。
「古代魔法時代よりも遥かに古い造りになっているな」
興味深そうに壁を指先でなぞりながらワムクライは呟いた。
「そうなんですか?」
ショートソードを構えながら数歩先を歩いていたムーアは足を止め、振り返りながらワムクライの方を見る。
「うむ、各地に点在する堕ちた都市跡とは全く違うものだ。実に興味深い・・・・・・個人的には腰を据えてゆっくり調査をしてみたいところだがな」
大小様々な大きさや形の石が隙間なく組み合わされた壁は、魔法ではなく単純に優れた石材加工技術の賜物であり、このような技術は古代魔法時代の建造物には見られないものである。
古代魔法時代よりも更に昔へ遡った”始まりの時代”と呼ばれている太古の文明の産物には違いないのだろうが、石の表面から溢れている微かな光からは魔力の類は感じられず、どういう仕組みで光を発しているのかはワムクライでも理解出来ず首を捻るしかなかった。
地下深く続いた螺旋階段が唐突に終わり、目の前には巨大な空間が広がった。
小さな街ぐらいであればすっぽりと納まってしまうほどの広い床の中央に、高く力強くそそり立つ大木が1本─。
「・・・・・・これが古代樹か」
神々しいまでのその姿に思わず声が漏れてしまうワムクライ。
「別名を”始まりの木”とも言われているがな」
声がした方に目をやると、そこには壁に寄りかかるようにして立つ純白のローブ姿の女性の姿があった。
「何者だ?」
敵意は一切感じられなかったが、ワムクライは警戒し身構えた。
「そう警戒せずともよい。我が名はオフェーリア」
「オフェーリアだと? まさかあの女神オフェーリアか?」
「そう、その女神だ」
その全身から放たれている圧倒的な不可視の力を感じ取ったワムクライは、背後にいたムーアを手で制し剣を納めさせる。
「なるほど。その抑えてもなお溢れる力は確かに人間のものではない。魔族のものとも本質が違う・・・・・・神族に間違いはないようだな」
「女神・・・・・・様? 本当に本物の女神オフェーリア様なんですか?」
「嘘を言ってどうする。お前達の目の前に立っているのが本物の女神というやつだ」
その言葉にムーアは右手を胸に当て左手を背中に回すとその場に跪き、騎士の最敬礼の姿勢をとった。
「この国を守護する女神が直々に地上へ姿を見せるとは・・・・・・あの天使に助けられた事は感謝している。助かった、ありがとう」
「なかなか素直でよいな。感心感心」
深々と頭を下げるワムクライの姿に満足そうに頷くと、世界樹を指差し─。
「地上ではもうそろそろ完全に日が昇る。天使の涙を回収するなら急ぐ事だ。すぐに消えてしまうぞ、ほれ」
そう言うとオフェーリアは懐から小瓶を取り出すとワムクライへ放った。
「これは、何だ?」
手にした小瓶とオフェーリアの顔を交互に見ながらワムクライは聞く。
「天使の涙は普通の方法では手にすることが出来ぬ代物でな。その小瓶は神界で作られた物だ。神族によって作られた品物でない限りは持ち出すことすら出来ぬわ。いいから急げ」
「・・・・・・わかった」
ワムクライは頷くと世界樹へと走り出した。
「どうして手を貸す?」
天使の涙が入った小瓶を大事そうに持ち、ワムクライは微笑みながら立つオフェーリアへ疑問をぶつけてみた。
「なに簡単な話だ。エレノスの奴・・・・・・この国の王には個人的にもう少し生きていて欲しいからな。それだけの事だ。それからそこの人間の兵士よ」
「は、はい」
突然オフェーリアに声を掛けられたムーアは恐縮し、跪いたまま更に深く頭を垂れた。
「出来損ないとはいえ、あの魔族相手になかなか面白い攻撃を見せたじゃないか。今一層精進するがいいぞ」
「まさか・・・・・・私を助けて頂いたのは女神様で?」
「内緒だ」
まるで愛しい我が子を見つめるかのような慈愛に満ちた表情でムーアを見つめながら、オフェーリアは唇に人差し指をあてがいながら答える。
「では地上に戻り残りの連中と合流したら、我が転移魔法でそのまま王都まで送り届けてやろう。徒歩で帰っていては途中何かあると困るだろう?」
その言葉が力持つ言葉として発動し、三人の姿は眩い光に包まれ─。
世界樹のある地下空間に再び静寂が訪れたのだった。




