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杖持たぬ者ワムクライ 15

「なるほど、それで神界で精製された宝石を渡したというわけか」

「勝手な判断を致しました。どのような処罰でも受け入れる覚悟です」

 報告に戻った天使は女神オフェーリアの前で頭を垂れたまま畏まる。

「心配には及ばぬ。他言せずにいれば済む事だ」

「しかしそれでは万が一知られてしまった時にはオフェーリア様にも迷惑が掛かってしまうのではないでしょうか?」

「仮にバレたとしてもあの小心者には何も出来やしないよ。何より自らの保身しか興味のない男だ。大神の耳にでも入ったら立場がないだろうし出世にも響くだろうからな・・・・・・全力で揉み消すに違いない」

 オフェーリアは自らの上司とも言える立場の監督官の顔を思い浮かべると、その美しく整った唇をへの字に曲げる。

「ともあれ、あのドラゴンの心臓を持つ魔法使いは当面の間は邪悪な意思を封じる事が出来るわけだ。結果としては上出来の判断だったと評価する」

「ありがとうございます」

「しかし難儀な運命に翻弄される魔法使いだな・・・・・・人の身にありながら杖を持たずに魔法を使える時点で異端なのだが」

 腕を組み、顎に拳をあてがいながらオフェーリアは感心したように呟いた。

「我等に近い存在でありながらも、その身に魔の力を宿す者・・・・・・か。個人的には興味が尽きない人間ではあるな」

「またオフェーリア様の悪い癖が出始めているように思うのですが・・・・・・」

「私も神の中では異端だからな。神界は良くも悪くも退屈でしかない。だが人間界は違う。見てるだけでも飽きないぐらいに面白い」

「だからといって女神様が直々に人間界へ頻繁に降り立つ事は、さすがに他の神々が黙認するとは思えないのですが」

「構わんさ」

 オフェーリアは椅子に腰掛けると、テーブルに置いてあったグラスを手に取り、芳醇な香りが立ち上る葡萄酒を口に流し込む。

「この私に面と向かって意見する者など今の神界では限られているからな」

 自意識過剰とも思われる発言ではあったが、例え下級神といえど実際に神界においてオフェーリアという女神は一目置かれる存在であり、監督官や上級神にとっても非常に扱い辛いものとなっているのが事実であった。

 というのも先の大戦での活躍には目を見張るものがあり、何よりも魔界の王カオスと直接対峙し、撃退に貢献をしたという実績を持ち、神界の最高権力者である大神にすら認めてもらっている存在だからである。

 功績を認められ上級神へ・・・・・・という話もあったのだが、それを断ったのはオフェーリア自身であった。

 理由は”出世なんかしたら勝手気ままに人間界へ行けなくなってしまう”というもので、神々の中にあってオフェーリアは人間界を特に気に入っている変わり者なのだ。

 他の神々や天使の目を盗んでは素性を隠して人間界へ降り立つのが趣味の一つという女神らしくない女神・・・・・・それがオフェーリアなのであった。

 

 大陸中央部に位置するギ・ガーナ王国。

 歴史上大陸初となる冒険者ギルド発祥の地としても有名で、他国に比べ冒険者の育成に特に力を注いでいる国でもある。

 その為大陸各地から名を挙げようとする者が数多く集まっており、ハウザーやサルエルもギ・ガーナ出身の冒険者であった。

 エルフやドワーフ、ホビットと呼ばれる亜人種の姿も多く見られ、大きな街に行くと彼らの姿を普通に目にする事が出来る。

 隣国である魔法王国オルフェンとの関係は比較的良好であり、貿易や人的交流も順調に行われていた。

 北部には小型のドラゴンであるワイバーンを駆る竜騎士達がいるベシュリル国があるが、両国の国境には標高の高い険しい山々が連なっており、容易に行き来が出来ない為にほとんど交流らしいものはないに等しい。

 その山の一つ、ほぼ一年中深い雪に覆われた中腹付近の上空を羽ばたく姿があった。

 ヤクシャの配下であり高位魔族の一人でもある女性型魔族のミューランである。

 上半身は人間、下半身は山羊、背中には蝙蝠の翼を持ち、両腕には鋭い爪が伸びている。

 ミューランの眼下には巨大な背嚢を装備し、雪を掻き分けながら必死に逃げるドワーフの姿がある。

 ドワーフの両側、背後では時々爆発するかのように雪の塊が舞い上がり、その度に小さな悲鳴があがり、その姿の滑稽さにミューランは腹を抱えていた。

「ほらほら、頑張って逃げないと本当に当てちゃうわよ」

 空中から攻撃魔法を放ちながらミューランはケラケラと笑う。

 ヤクシャの命を受けてベシュリル国方面の斥候に向かっていたのだが、途中で雪山を単独で進むドワーフを見掛けたミューランは少しだけ遊ぶ事にしたのだった。

 山肌にぽっかりと大きな口を開けた洞窟の中に、命辛々転がり込んでいくドワーフの後を追うようにして地面へと降り立つとミューランは楽しそうに歩を進める。

「ふふ・・そろそろ飽きちゃったから、もう終わりにしちゃおうかしら」

「私の客人に何か用でもあるのか?」

 前方から身体に叩きつけられる強烈な突風のような怒気に一瞬怯み、数歩後ろへ押し遣られるミューラン。

 洞窟内を眩い光が溢れ、奥からゆっくりと姿を見せたのはドラゴン族の中にあって希少種と呼ばれ最も神に近い存在と称されるゴールド・ドラゴンの巨躯であった。

「ドラゴンだと?」

 一瞬怯みはしたものの、すぐに邪悪な笑みを浮かべたミューランは攻撃魔法を放つ。

 立て続けに放たれた魔法はドラゴンの身体に次々と当たり爆発を起こす。

「それで? 何か用でもあるのかと聞いているのだが」

 爆煙が収まるとゴールド・ドラゴンは先程と同じ静かな口調で質問を繰り返した。

 ミューランの渾身の攻撃魔法は全くダメージを与えておらず、ドラゴンの身体を覆う傷一つ無い鱗は金色に輝いたままであった。

 魔界を住処とする魔族とは別に、大陸には古くから多種多様のモンスターが住み着いているがその中にあって最強最悪の存在とされているのがドラゴン族と言われている。

 巨大なトカゲのような種類のものもいるのだが、翼を持つ2本足のワイバーンなどは知能も比較的高く、子供の頃から人の手で育てれば人間に害をなす事も無く竜騎士の乗り物として人間の生活に貢献する事も可能である。

 人間よりも知能が高く、人の言葉を話す事や魔法を自在に操れるドラゴンも存在しており、先の大戦ではそういったドラゴン達が人間側と共闘し魔界の者達と戦っていた。

「魔族が懲りずにまたこちら側へ姿を見せるとは・・・・・・」

 ゴールド・ドラゴンはその瞳に怒りに色を浮かべ、口元からチロチロと炎を吐く。

「まあいい。貴様には少し聞きたい事がある」

 圧倒的な戦力差を感じ取ったミューランは完全に逃げ腰状態になり、言葉も無くじりじりと後退すると洞窟の出口目指して一気に遁走を試みるのだが、その瞬間両足に鋭い痛みが走り地面に頭から突っ込んだ。

 少し離れた場所に切断された自分の両足を見たミューランは、必死に地面に爪を立てて前へ前へと逃げ出そうとする。

「聞きたい事があると言っただろう?」

 ゴールド・ドラゴンの言葉が終わると同時に両腕は肩から切り飛ばされ、続けて背中の翼もズタズタに切り裂かれる。

「ひ・・・・・・ひいいいいいっ」

 耳障りな悲鳴をあげて涙を流すミューランを、見下ろしながらゴールド・ドラゴンは低くよく通る声を洞窟内に反響させながら言う。

「我が名はゴールド・ドラゴンのグーン。かつて貴様らの主カオスと直接対峙した者だ」


 

 

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