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杖持たぬ者ワムクライ 16

「怪我はなかったか?」

「何とか・・・・・・しかし・・・・・・流石に焦ったわい」

 樽のような体形のドワーフは肩を大きく上下させ呼吸を整えようとしていた。

 ゴールド・ドラゴンのグーンは鉤爪で器用に抓んでいた手足が切断されたミューランの身体を、無造作に地面に投げ飛ばすと洞窟の一段と広くなっている空間に腰を下ろした。

 壁や天井には数々の宝石が埋め込まれ、そこから柔らかな光が発せられており、洞窟内はまるで太陽の下にいるかのような明るさで満ち溢れている。

 また行き止まり部分の壁一面には無数の穴が整然と穿たれており、そこには数多くの金細工の品々が並べられており、床には本が山のように高くいくつも積み上げられている。

 知能の高いドラゴンの中には自らの住まいに金銀財宝の類を多く貯め込んでいる者が多い。

 トカゲ並みの知能しか持たない眷属の中にも金銀や宝石を集める者がいるが、それらは単にカラスがキラキラと光るものを集める動物の本能と同じようなものであって特に目的があるわけではない。

 上位のドラゴン達が金銀財宝を収集する理由の一つに錬金術がある。

 彼らは悠久の時を生きる種族であり、他の生き物と比べても気の遠くなるぐらいの時間を過ごさねばならない。

 錬金術は彼らの”暇つぶし”の手段の一つであった。

 一般的に錬金術は卑金属から貴金属を精製するものであるが、その本来の目的は完全なる物質の精製にあり、金を作り出すというのは結果の一部でしかない。

 錬金術の研究を行う人間の最終的な目的は完全なる物質を精製し、それで不老不死の薬を作り出すというものであるのだが、ドラゴン族が行う錬金術には別の意味がある。

 それは【自らの存在意義】の為であった。

─ 自分達は何故生まれ、そしてどこへ行くのか?

 その答えを求めて気の長くなる時間を少しでも有効に有意義に過ごすための手段の一つが、究極の暇つぶしである錬金術なのであった。

 過去大陸においてもドラゴンが人々の住む街や村を襲ったという記録があるが、それもドラゴンにとっては単に暇つぶしでしかないのであった。

 人間側にしてみれば迷惑極まりない行為ではあるのだが・・・・・・

 不謹慎な話ではあるが先の大戦において人間側について魔界の住人たちと戦ったのも、絶好の暇つぶしだと考えたドラゴンが多かった為であり、人間界に存在する彼ら以外の生物でドラゴンに興奮を覚えさせるような強い相手と戦えるような機会など滅多にあるものでもなかったからである。

 もっとも先の大戦ではドラゴン族にも相当の被害が出ていたのだが、その事を悔やむような者などおらず、むしろ再び魔界の王カオスが軍勢を率いて人間界へ出てくることを望んでさえいたのである。

「貴様がちょっかいを出していたそのドワーフは私の注文の品を届けてくれる商人でな・・・・・・その者を攻撃するということはすなわちこの私に対して敵対するという事だ。身の程を知るべきだったな」

 芋虫のように地面をのたうち回っているミューランを冷たく見下ろしながらグーンは言い放つ。

「さて、では質問だ。貴様のような高位の魔族が姿を見せたということは、また魔界の王カオスが再びこの世界へやってくるという前兆と思って間違いないのだな?」

「・・・・・・」

「間違いないのだな?」

 静かな低い声ではあったが、その言葉に含まれる重厚な圧力にミューランは圧倒的な力の差を痛感し屈服してしまう。

「そ、そうよ・・・・・・カオス様の傷は確実に癒えている。間もなく完全復活されるわ・・・・・・」

「やはりそうか・・・・・・で、貴様以外にはどのような連中がこちらへ這い出て来たのだ?」

「・・・・・・カオス様の腹心でもあるヤクシャ様、マンティコアのソブデリウス様、デュラハンのバアルアトル様・・・・・・そしてそれぞれの配下達が・・・・・・」

「ふむ、なるほど。もう貴様には用はないな」

 グーンはそう言うと、その口から紅蓮の炎を吹きミューランの身体を一瞬で消し炭へと化した。

(静かに過ごしていたかったが・・・・・・これはそうも言っていられなくなりそうだな)

 嘆息交じりに胸中で呟くグーンであった。


 人間界に住む亜人種の中にエルフ族がいる。

 見た目は人間と大差は無いのだが、尖った耳を持ち、ある程度の年を経ると外見の成長は止まってしまう為にエルフ族には中年や老人といった姿の者は皆無であった。

 また亜人種の中では最も長寿であり、その平均寿命は数百年と言われている。

 男女とも美しい顔立ちを持ち、深い森を住処としている彼らの多くは弓や罠を用いた狩猟技術に長けており、また元々は精霊界の住人でもあった為に精霊魔法の使い手が多く存在している。

 基本的な性格は排他的であり、他種族との必要以上の関わりを嫌う傾向にある為に多くのエルフ族はそれぞれが住まう森から出ることは滅多になく、人間達と同じ街や村にいる同族達の事を”変わり者”として見下すきらいがある。

 大陸各地の森に住処を持つエルフ族は、それぞれの地にいる長老が統括しており、数十年に一度の頻度で開催される会合にはエルフ族の女王がその姿を現し、同族に進むべき道を示すと言われている。

 エルフ族は豊かな知識を有していたがその生活自体は実に質素であり、自然と共に生きる事を常としており、弓や罠を用いて動物を狩ったりする事は特別な儀式を行う時ぐらいで、普段は穀物や果物を主食としている。

 主に木々の上に集落を作りそこで暮らしているが、中には開けた場所に独自の要塞を拵えて生活する一族も存在する。

 そういった閉塞感を嫌う一部の変わり者達は外に出て人間達と共に過ごしたり、中には冒険者として生活をする者達もいたのである。

「もう本当に嫌になっちゃう。ねえニコライ、聞いてるの?」

「はいはい、聞いてますよ。イリアーナさん」

 人気のない寂れた街道を歩くのは二人のエルフ族。

 女性の方は薄い緑色のローブ姿で、その手には先端が水連の形になった杖が握られており、見た目は魔法使いと同じ格好であるが使用するのは精霊魔法である。

 その隣を歩くのは女性のように華奢な体躯の男性で腰には細身の剣を吊るしており、エルフ族には珍しい剣士を生業としているようであった。

 二人ともに見る者を虜にしてしまうような美しい顔立ちをしている。

「私は一日一回は水浴びしないと気が済まない性格なのに、それなのにどうなってるの? もう二日よ二日・・・・・・川らしい川も見当たらないし」

「もう少し歩けば森に着くはずですから、そこで水場を教えて貰うまでの辛抱ですよ」

「まあニコライ! あなた昨日もそう言ってたじゃないの。いつになったら着くのよ?」

「そんなに怒らないでくださいよ。あ、危ないですって・・・・・・杖を振り回さないで下さい」

 少女のように可憐で美しい顔で頬を膨らませ手にした杖を、自分の方に向けて振り回すイリアーナから逃げるようにしてニコライは言った。

 二人は生まれ故郷の森の長老から依頼を受け、ギ・ガーナ王国東部にあるエルフ族の住む森へ書簡を届ける為に街道を歩いていたのだった。

 

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