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杖持たぬ者ワムクライ 17

 目的の森に到着したニコライとイリアーナの眼前には惨殺された同族の死体がバラバラに散らばっており、むせ返るような濃厚な血の匂いが周囲に充満していた。

「酷い・・・・・・」

 確かこの森には40名近い同族が住んでいたはずなのだが動く者など誰も見当たらず、一人残らず殺されたようであった。

「血はまだ乾ききってはいないようですね・・・・・・一体何者の仕業なんでしょうか?」

 ニコライは近くの木の幹に飛び散り垂れていた血を指先で拭い取る。

「抵抗はしたみたいよ。あちこちに矢が落ちてるし、まだ精霊達が騒いでいるわ」

 人間族と比べてもその見た目に反して強靭な肉体と俊敏な動きを持つエルフ族を、こうも簡単に殺せるような生き物など人間界にはドラゴンの他にはまず存在しない。

 しかし死体を見る限りドラゴンの仕業などではなく、あきらかに刃物を用いて力任せに叩き斬ったような無残な切り口である。

「・・・・・・イリアーナさん」

「わかってる」

 ニコライは腰の剣を抜き、イリアーナは杖を構え、森の奥から漂ってくる強烈な瘴気に身構える二人。

「おや、まだ生き残りがいたとは」

 漆黒の全身鎧に身を包み、巨大なグレートソードを片手で持ち、ゆっくりと姿を見せたのはデュラハンの配下の暗黒騎士と呼ばれる魔界の住人であった。

 その背後にはアンデットに分類される死霊の騎士と呼ばれる存在を数体引き連れている。

 デュラハンもそうなのだが、魔界を住処とする騎士は元々は人間界において名のある騎士だった者が大半である。

 魔の誘惑に抗えず、その身を邪悪な力に委ね、その結果魔界に落ちて行った者達・・・・・・

「なるほど。僕達の仲間を斬り刻んでくれたのはお前達か・・・・・・」

 その顔から一切の表情が消え、突き刺すような冷たく鋭い眼光を放ちながらニコライは問う。

「いい目だ。実にいい目をしている」

 暗黒騎士はゆっくりと満足そうに頷くと、グレートソードを片手で軽々と振り身体の前で構える。

─ ヒュン!

 重い全身鎧に身を包んでるとは思えないほどの俊敏さで一気に間合いを詰め、ニコライの胴目掛けてグレートソードを真横に薙ぎ払う暗黒騎士。

 並みの腕前の剣士であれば避ける暇なく胴を切り離されていただろうが、ニコライは慌てる風でもなく自らの剣先をグレートソードの刀身に当て、その軌道を変えつつ紙一重で攻撃を避けた。

「ほお・・・・・・」

 顔を覆う兜に隠れて表情は見えないが、その中からは暗黒騎士の驚嘆の声が漏れた。

「今の攻撃を受け流したか・・・・・・見事だ、エルフの剣士よ」

 暗黒騎士はその場に直立すると、グレートソードを自らの顔の前に立て剣礼のポーズを取る。

「我が名はアロンダイト。よければ貴殿の名前を聞かせて貰おうか」

「僕の名前はニコライ」

 全身の力を抜いた自然体で剣を構えながらニコライは静かに答える。

「ふむ、その構えも見事なものよ。相当な場数を踏まなければそうはなるまい・・・・・・」

「大地の精霊よ、彼の者達の自由を奪え!」

 イリアーナの言葉に呼応するように地面がボコボコと盛り上がり、幾本もの木々の根が飛び出すと死霊の騎士達の足を巻き取り動きを封じる。

「アロンダイトの名で命ず! 貴様らはそこを動くな!」

 辺りに響くその声に、手にした武器で足に絡まりついた根を斬ろうともがいていた死霊の騎士達の動きがピタリと止まる。

「心配せずともあやつらに邪魔はさせぬ」

 どこか高揚したような口調でアロンダイトは言う。

「久々に楽しめそうな相手と出会えたのだからな・・・・・・邪魔するものは例え我が部下であろうと容赦なく斬り捨てる」

「そういうわけなのでイリアーナさん、手を出さずにいてくれますか」

「な・・・・・・」

 ”何言ってるのよ、ニコライ”と言いかけたイリアーナは、ニコライの背中から立ち上る本気の闘志を感じ取り言葉に詰まった。

「わ、わかったわよ。そのかわり負けたら許さないんだからね」

「イリアーナさんは怒ると怖いですからね。これは負けるわけにはいかないですね」

「これは面白い」

 グレートソードを構え、その剣先をニコライに向けたままアロンダイトは声を上げて笑う。

「この我に剣で勝つつもりなのか? かつて聖騎士長の座に付き無敗を誇ったこの我に」

「簡単に魔に落ちた騎士風情に負ける気は毛頭ないですけどね」

「・・・・・・笑止!」

 ニコライの言葉に憤怒したアロンダイトは地面を蹴ると、一気に前方へ飛ぶと大きく振り翳したグレートソードを叩きつける。

 その攻撃を身体を半身にして紙一重で避けたニコライは、流れるような優雅な動きで手にした細身の剣をアロンダイトの手首へ打ち込んだ。

─ キンッ!

 甲高い音と共に打ち込んだ剣は頑丈な篭手に弾かれ、その硬さに一瞬ニコライは眉を顰める。

 反射的に上半身を反らしたニコライの目の前をアロンダイトが払ったグレートソードの剣先が掠め、金糸のように美しい数本の髪の毛が切られて宙に舞った。

「甘い!」

 体勢が崩れたニコライに斜め上方からグレートソードを振り下ろすアロンダイト。

─ ガッ!

 しかしその攻撃はニコライの剣によって容易に受け止められる。

(なんとっ!?)

 女性のようなその華奢な身体のどこにそのような力があるのか、巨石ですら一刀両断する一撃をいとも易々と簡単に受け止めたニコライの技量にアロンダイトは驚愕した。

 まだ己が人の身であった頃、自分の剣の攻撃をまともに受けた者などおらず、受けた剣ごと叩き斬っていた程の豪腕は、魔の者となった今では比べものにならぬぐらいに強力になっているはずである。

 それをいくら強靭な肉体を持つ亜人種といえど簡単に受け止める事など出来るはずはない・・・・・・

 全身筋肉の腕力が優れているドワーフ族ならまだしも、相手はエルフ族である。

 しかもニコライは顔色一つ変えずに飄々とした表情でアロンダイトの一撃を受け止めたのだ。

「嬉しいぞ・・・・・・貴様のような強者と剣を交える事、我はこれを望んでいたのだな!」

 聖騎士長として所属する国に害成す者を次々討ち取り、近隣の街や村を襲っていたドラゴン討伐すら成し遂げた経験を持つアロンダイトであったが、その胸の内は常に飢え乾ききっていた。

 自分と対等に戦える相手を渇望していた。

 その心の弱い部分を魔に付け込まれ、いつしか邪悪に支配されてしまい、魔に落ちてしまったのだった。

「人の身でいる内に僕と出会えなかったのが、あなたの失敗だったようですね」

「抜かせ!」

 素早く身体を回転させ、その遠心力を剣に乗せた攻撃を叩き込むアロンダイト。

 しかしその攻撃すらニコライの持つ細身の剣に受け止められるのだった。

 

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