杖持たぬ者ワムクライ 14
「ふむ・・・・・・ウルアカのヤツが倒されたか」
目を閉じ、鼻を鳴らしながらソブデリウスは呟いた。
(ウルアカを倒せる力を持つ者がいるとはな。しかし感じたあの強大な魔力は何じゃ? 宝石程度ではあそこまで魔力を高める事なぞ出来ぬはず・・・・・・)
漂う魔力が希薄になっている現在では、ただの人の身ではあそこまで魔力を強大に高める事など不可能なはずだとソブデリウスは首を傾げた。
(しかもこれは神・・・・・・いや、これは天使の匂いか。神界も見て見ぬフリはしないと事か・・・・・・これはこれで面白くなりそうじゃな)
先の大戦時、魔に落ちたソブデリウスが魔界側で参戦したのは末期の頃。
魔界の王カオスが直々に人間界へ姿を見せた事で魔界側の士気は一気に高まり、怒涛の勢いで人間・神々をはじめとする軍勢を駆逐していた。
業を煮やした神界は本来人間界には持ち出す事を禁じていた数々の神器を人間達に貸し出し、またそれまでは傍観に徹していたドラゴン族や亜人種達の参戦も手伝ってか徐々に形勢は逆転してしまい、魔界側は劣勢に追い込まれていき、数名の人間と神々、そして希少種と言われるゴールド・ドラゴンの攻撃を受け魔界の王カオスは人間界に留まれなくなるぐらいの酷い傷を負ってしまった。
カオスが魔界へと姿を消してまった事で残った魔族達は次々に打ち倒されていき、散り散りに逃げ出してしまい、こうして大戦は終結したのだが結果として神界・人間界・魔界それぞれに大きな傷跡を残す事となってしまった。
数え切れないほどの人間や亜人種、天使達を倒し、その肉を喰らってきたソブデリウスであったが一人の女神によって瀕死の状態にまで追い込まれ、命辛々魔界へと逃げ帰ったという苦々しい思い出がある。
(まことに忌々しい思い出ではある・・・・・・しかしながらたかが天使如き、今の我の敵ではない)
気の遠くなる年月を経て魔界で傷を癒し、その後更に研究を重ねて強化してきた自らの身体や能力にソブデリウスは絶対的な自信を持っていた。
「それで、残ったお前はどうやって我を愉しませてくれるんじゃ?」
地面に横たわったままぴくりとも動かないアールガ、片膝をつき虫の息となったニュクヘスの後方には杖を握り締めたまま蒼白となったシェロがいた。
「・・・・・・てるわけが無い。こんな化け物に勝てるわけが無い」
「なんと・・・・・・戦わずに喰われる事を選ぶか?」
鼻を鳴らし、面白くもないといった風にソブデリウスは言う。
「しかしウルアカという手駒を失ってしまったのは少々惜しい・・・・・・そこでじゃ」
ソブデリウスは見る者の魂までも凍らせてしまうような邪悪な笑みをその顔に貼り付ける。
「お前達は新しい手駒となるべく我の合成の材料にしてやろう・・・・・・窮屈な人間などではない、素晴らしい力を持つ存在へと昇華させてやろうではないか」
イキまで徒歩で後2、3日の場所にあるレアザという小さな村に到着したワムクライ達は、老夫婦が経営する酒場のテーブルに座っていた。
宿屋は無かったが老夫婦の好意で使っていない部屋に泊まれる事になり、とりあえず荷物を置いた一行は腹を満たすために酒場へと戻ってきたのだった。
それぞれの前にはエール酒が注がれた木製のジョッキが置かれ、テーブルの中央にはジャガイモと豆料理が並べられている。
「とりあえず酒が飲めればそれでいいぜ」
どこか緊張した空気の中、ハウザーはそう言うとジョッキの中身を一気に胃の中へ流し込む。
「かーっ! 何は無くともやっぱ酒だな、サルエルよ」
「・・・・・・お前は幸せなヤツだよ、本当に」
フォークで豆を刺し、口に運びながらサルエルは頭を振る。
「この村へ来る道中何度も言ったと思うが」
三人の顔をゆっくりと見回しながらワムクライは口を開く。
「お前達が見たとおり、この私は普通の人間ではない。化け物・・・・・・そのような存在なのだ。一緒に居れば必ず危険が降り掛かる。この先は私一人が向かう・・・・・・お前達はここで安全な場所まで引き返して欲しい・・・・・・と」
「何度でも言います。お断りします」
即答したのはムーアである。
「ワムクライ殿は誰がなんと言おうとワムクライ殿なのです。ご自分の事を”化け物”だなんて言わないで下さい」
「そうそう、この若造の言うとおりだぜ姐さん」
厨房に居る老女に空になったジョッキを振り、おかわりを催促しながらハウザーは言った。
「俺達を巻き込まないように逃がして一人で魔族とボロボロになって戦った。そんな人間を化け物なんて思っちゃいねぇよ」
「まあ正直驚きはしたけどな・・・・・・天使まで出てくるしよ」
サルエルは肩を竦める。
「俺もハウザーも長い事冒険者稼業やってるけどな、本物の天使見たのは初めてだったからな。あんたの事よりもそっちの方が俺にとっては大事件だったぜ」
「お前達はわかっていない」
ワムクライは嘆息交じりに言うと、エール酒を口に含む。
「私の失脚を狙った【13使徒】の連中が動いている。あの巨人を操り差し向けた奴らがそうだ。そこらの魔法使いとは比べ物にならない力を持つ者達だ・・・・・・この先必ず仕掛けてくるはずだ。私を直接狙ってくるのならいいが、もしお前達に・・・・・・」
「姐さん、やめなよ」
ハウザーは巨大な手を広げてワムクライの言葉を遮った。
「もう俺達の腹は決まってるんだぜ? 自分達の死に場所ぐらい自分で好きに選ぶ。姐さんがどう思おうと、俺達は自分の意思で勝手について行くぜ」
ハウザーのその言葉に、サルエルとムーアは同調し力強く頷く。
「俺はこのハウザーの馬鹿を放っちゃおけねぇからよ」
「自分はワムクライ殿と共に行くと決めています」
嘘偽りも畏怖も映してはいない真剣な眼差しの三人の顔に、ワムクライはこれまでで一番大きな溜息を落とす。
「本当に馬鹿だな、お前達は・・・・・・」
がっくりと肩を落とし俯いたワムクライであったが、三人に気付かれないように少しだけ微笑んでいたのだった。




