杖持たぬ者ワムクライ 13
「何だよ・・・・・・あれは?」
手足を捻られ複雑骨折し地面に倒れこんだままのワムクライの身体から発せられた大量の魔力が、ドラゴンの姿となりゆらゆらと揺らめいているのを目の当たりにしたサルエルが呻くように呟いた。
「あんな魔法じゃねぇのか?おい、姐さん大丈夫か!」
「ワムクライ殿!」
戦いの行方を見守っていたハウザーとムーアは巨石の陰から飛び出そうとする。
「く、来るな!!」
苦しげな息の下、ワムクライの叫び声でその場に釘付けとなった。
「ぜ、絶対にそこから・・・・・・動くな。こいつは見境が無い・・・・・・近付けば貴様等も喰われるぞ」
自らの周囲を低い唸り声を発しながら揺らめくドラゴンを、忌々しげに見上げながらワムクライは念を押すように言う。
(失敗したな)
ワムクライは胸中で呻く。
完全とは言えないがドラゴンがここまで具現化してしまうとは、ワムクライにとっては大きな誤算であった。
心臓は自らの意思に反するように強く、激しく鼓動を繰り返し、それに呼応するかのように”破壊、殺せ”とドラゴンの囁きが徐々にワムクライの意識を侵食していく。
これ以上の魔力の放出はドラゴンの力を益々強め、それは確実に意識を乗っ取られてしまう事を意味している。
しかしながらウルアカの攻撃で四肢に酷いダメージを負った状態のワムクライは、流れ出る魔力の制御が思うように行えずにいた。
(さて、どうしたものか・・・・・・)
必死に魔力の制御を行い、ドラゴンによるこれ以上の侵食を食い止めながらワムクライは思案する。
本来であればダメージを負った四肢の回復にも魔力を回したいところであったが、奪われる魔力の制御をするのが精一杯の状態であり非常に難しいと思われた。
─ ピシッ
自らの強大な魔力の暴走を防ぐために精製し作り出した宝石が散りばめられている胸元のアミュレットが音を立て、その表面に小さな亀裂が生じたのをワムクライは感じた。
(くそっ、こんな時に・・・・・・)
少しでも気を抜くと意識を失いそうな中、ワムクライは歯を食いしばりながら必死に抵抗を続けたのだった。
「ブラック・ドラゴンの心臓を持っていても所詮は人の子か」
ワムクライのすぐ近くで声がした。
目だけ動かしてみると、自分のすぐ隣に立つ女性の姿があった。
甲冑にサンダルという姿だけ見れば普通の兵士のようであったが、鼻先と口元以外の顔はマスクで覆われ、何より背中には真っ白な四枚の翼が生えており、その全身から溢れ出す柔らかな光は明らかに人間のものではなかった。
「・・・・・・天使・・・・・・だと?」
「ご名答だ、人の子よ」
天使は素っ気無く答えると、背後から襲いかかってくるドラゴンの顎門を難なく片手で押さえ込む。
「人の身でありながらドラゴン・・・・・・しかも邪悪の象徴とされるブラック・ドラゴンの心臓を持つ人の子よ。私がこの不完全ではあるが具現化しつつあるドラゴンを抑えておく。まずはその傷付いた手足を治すがいい」
必死にもがくドラゴンの顎門を片手で押さえつけたまま天使は短く息を吐き、その瞬間無数の光の球が手を通じてドラゴンの身体全体を包み込むと途端に暴れる力が弱まる。
魔力の放出が一時的に止まったおかげでワムクライは四肢の回復へ精神を集中させる事が可能となり、その瞳を金色に輝かせると傷付いた手足がみるみるうちに元通りとなっていった。
「次は一体何が出てきたっていうんだ?」
バスターソードを用心深く構えながら、ハウザーはゆっくりとワムクライと天使の側に近付いていく。
少し離れながらその後にサルエルとムーアが続く。
「人の子等よ、恐れる事は無い。このドラゴンはもう何も出来はしない」
波一つ無い水面の如き透き通った声で話し掛けられた三人は、顔を見合すと半信半疑ながらも天使に従うように歩き出す。
「四肢は回復できたようだな?ではこの魔力の塊も返すぞ」
捻られ折れ曲っていた手足は綺麗に治り、立ち上がったワムクライの姿を確認したかのように言うと、天使はもうドラゴンの形を維持する事も出来なくなっていた魔力をワムクライの身体へと誘った。
「ぐっ・・・・・・ふぅ」
一瞬眉を顰めたワムクライであったが、溢れ出していた魔力がその身体に吸収されると大きく息を吐き出す。
「助かった。礼を言う」
「私に対してなら礼など必要ない。礼が言いたいのであれば我が主の女神オフェーリア様に言うがいい」
「オフェーリア?」
ワムクライと天使のやり取りを見ていたサルエルが驚愕の声をあげた。
「あの愛と戦の女神のオフェーリアだと?」
「そのオフェーリア”様”だ」
天使は不満そうに”様”を強調する。
「私は女神オフェーリア様の命を受けお前達の動向を窺っていた」
「見てたならさっきの魔族との戦いに加勢してくれてもよさそうなもんじゃねぇか?」
「必要以上に神界がこの世界に干渉する事は禁止されている。とはいえ魔界の者達の動きが急に活発化してきている為、そうも言っていられなくなりつつあるのもまた事実」
「とにかくワムクライ殿が無事で何よりです。しかし・・・・・・先程のあのドラゴンは一体?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あれはこの者の体内に巣食う邪悪な意思の具現化した姿だ。人外の、それもよりによって魔界の王カオスの眷属ブラック・ドラゴンの心臓を持つ存在ゆえの弊害というものだ」
言葉に詰まるワムクライに代わって天使がムーアの問いに答えた。
─ 私は化け物なんだよ
声無く立ち尽くすムーアの隣で、ハウザーはワムクライの言葉を思い出す。
「普通の人間であれば一瞬で邪悪な意志に食い尽くされて簡単に魔に落ちるものだが、その者は余程強靭な精神力を持っているらしい・・・・・・だが油断すれば先程のような目に合う」
そう言いながら天使は腰から剣を抜くと、柄頭に埋め込まれていた宝石を外し、それをワムクライへ手渡す。
「神界で精製された邪を封じる力を持つ石だ。これを持つがいい。お前の中に巣食うドラゴンの意思を暫くの間完全に封じ込める事が出来るはず」
「・・・・・・すまない」
「効力は絶対ではない。弱まってきたと感じたらオフェーリア様を祀ってある神殿に立寄るがいいだろう。再び石に力が与えられる。私は報告の為にこれより神界へと戻るが、この世界に姿を現した他の魔族は先程相手にした者よりも遥かに強大な力を持っている。十分に注意することだ」
そう言うと天使の身体は眩い光に包まれ、次の瞬間大空へと吸い込まれるように消えていった。




