第四章 誰に話す?
エリックは、三日間黙っていた。
正確には、ケイトとは毎日話していたが、ダニエルには一言も話していなかった。
*
朝の観測局。
ダニエルが湯気の立つ紙カップを持ったまま、エリックの後ろを通った。
二歩進んで、立ち止まる。
クルリと引き返してくる。
エリックは背後に気配を感じつつも、画面から目を離さなかった。
ダニエルは再び通り過ぎる。
そして、また戻ってきた。
「何」
「別に」
「さっきから三回目だぞ」
「巡回」
「ここ、お前の担当区画じゃないだろ」
「お前の見守り」
エリックは溜息をつき、キャスター付きの椅子ごと振り向いた。
「……暇なのか?」
「超多忙」
「じゃあ持ち場に戻れよ」
「気になるんだよ」
ダニエルは古い通信機を顎でしゃくった。
「三日前から、お前ずっとそれ見てるだろ」
「仕事中だ」
「端末に向かってニヤニヤしてる仕事があるかよ」
エリックの眉が不機嫌そうに跳ねた。
「ニヤついてない」
「笑ってたね。昨日も見た」
「いつ」
「十五時十二分」
エリックは二秒ほど沈黙した。
「……お前、観察日記でもつけてるのか? 怖いんだけど」
「人を変質者みたいに言うな」
ダニエルは近くの椅子を引き寄せ、エリックの隣にドカッと座り込んだ。
「で?」
「何が」
「誰なんだよ」
「……」
「女か?」
「その不躾な探り方をやめろ」
「じゃあ男?」
「そういう話じゃない」
「人間じゃないのか?」
エリックは答えなかった。
ダニエルの顔から、茶化すような笑みがゆっくり消えていく。
「……おい。またその反応か?」
ピピッ。
通信機が控えめな通知音を鳴らした。
エリックは反射的に画面へ視線を走らせる。
ダニエルも身を乗り出した。
エリックは即座に自分の体で画面を遮った。
「今の!」
「何でもない」
「来たろ今! 見せろって!」
「嫌だ」
「なんでだよ!」
「見せる理由がない」
ダニエルが真顔で顔を近づけてくる。
「エリック」
「近い」
「俺たち、ここで何年一緒に仕事してると思ってんだ」
「さあな」
「四年だぞ。その四年間で、お前が誰かからの連絡を待ってソワソワしてるところなんて一度も見たことないんだよ」
「ソワソワしてない」
「だからこそ余計に怪しいんだよ!」
エリックは深く溜息をつき、天井を見上げた。
それから、目の前の古い通信機へ視線を戻す。
一人で検証できる限界には、もう達していた。
星図の再計算。
通信ログの解析。
機器の物理チェック。
リアルタイムの乱数テスト。
どこをどう疑っても、最後には同じ場所へ戻ってくる。
四十七・二光年。
そして、数秒。
エリックはゆっくりと画面のカバーを開いた。
「……見るか?」
ダニエルが一瞬固まる。
「……いいのか?」
「絶対に大声出すなよ」
「出さない」
「誓えるか?」
「男に二言はない」
エリックは通信ログを表示させた。
「はあ――っ!?」
静かな保守区画に、ダニエルの叫び声が響き渡った。
エリックは両耳を塞いだ。
「……大声出すなって言っただろ」
「よ、よ、四十七光年!?」
「声が大きい」
「いやいやいや! お前、頭湧いたのか!?」
ダニエルは画面とエリックの顔を何度も見比べる。
「何なんだよこれ! 誰なんだよ!」
「ケイトだ」
「名前を聞いてるんじゃない! 送信元の話だ!」
ダニエルは奪い取るように端末を操作し、過去のログをスクロールしていった。
星図データ。
観測座標。
通信タイムスタンプ。
乱数を使った即時通信テスト。
そして――手が止まった。
《洗濯が趣味の人は忙しくない》
ダニエルの声が低くなる。
「……お前、俺のこと話したな?」
「少しな」
「なんて言った?」
「『信用できるか分からない人』」
ダニエルの表情が硬直した。
「なんでだよ!?」
「聞かれたから正直に答えた」
「他にあっただろ! 頼れる同僚とか、優秀な技術者とか!」
「同僚だとは言った」
「前半部分がひでえよ!」
*
ダニエルの騒ぎが収まるまでに、五分を要した。
すっかり冷めたコーヒーを一口飲み、顔をしかめる。
「……もう一回見せろ」
「何を」
「距離の計算だ」
エリックは解析データを呼び出した。
今度のダニエルに冗談めかした様子はなかった。
観測角度。
星図。
基準となった恒星。
エリックとケイトが交換した観測情報。
ダニエルはそれらを確認すると、自分の端末を引き寄せた。
「お前らの計算は信用しない」
「ケイトも同じこと言いそうだな」
「褒め言葉として受け取っとく」
観測局とは独立した天文学データベースを開き、別のアルゴリズムで数値を入力する。
演算完了。
『47.21光年』
ダニエルの指が止まった。
別の基準星。
『47.18光年』
「……」
三つ目。
『47.24光年』
ダニエルは椅子の背もたれへ体を預けた。
「……本物じゃねえか」
「ああ」
「お前……」
信じられないものを見る目でエリックを見る。
「なんでそんな顔して普通に仕事してんだよ!
四十七光年先の相手と会話してんだぞ!?」
「正確には47.2光年だ」
「小数点はどうでもいいんだよ!」
*
ところ変わって、アルマ。
ケイトもまた、逃げ場のない追及を受けていた。
「見せなさい」
「嫌」
「私、三日間も我慢したのよ?」
「誰も我慢してなんて頼んでない」
ケイトは環境データの画面を動かし続けていたが、ミアは隣のデスクに腰をかけ、腕を組んだまま動こうとしない。
「あなた、最近ずっと誰かと通信してるでしょう」
「仕事のやり取りだよ」
「嘘ね。仕事“も”してる顔よ」
ケイトの手が止まった。
「……今、“も”って言った?」
「言ったわよ」
「言ってない」
「録音データ確認する?」
「取ってないでしょ!」
ケイトは降参したように溜息をついた。
「……しつこいなぁ」
「親友だからね」
「都合のいい時だけ、その肩書き使うよね」
ケイトは画面の隅を見る。
エリックからの返信はまだない。
それを見逃すミアではなかった。
「ほら、また見た。返事待ってるんでしょ」
「……ミア」
「何?」
「……すっごく変な話をしていい?」
ミアがニヤリと笑う。
「アーロンと結婚することになった?」
「それの何倍も変な話」
ケイトは覚悟を決め、通信ログを開いた。
「この人」
ミアが顔を近づける。
《エリック》
「男じゃない!」
「そこじゃないって!」
「やっぱり男だったんじゃない!」
「うるさい! 話を聞いて!」
*
十分後。
ミアの顔から笑顔が消えていた。
「……47.2?」
「そう」
「光年?」
「そう」
「……距離の話よね?」
「年齢なわけないでしょ。二人合わせて47.2歳って何よ」
「そっちの方がまだ物理的に納得できるわよ……」
ケイトが解析したデータを表示する。
「これ、ケイトが計算したの?」
「うん。何回も」
「計算ミスじゃないの?」
「私だって計算ミスであってほしかったよ」
ミアは自分の端末を開き、データを転送させた。
数分後。
「……47.2」
「でしょ?」
「……嫌なんだけど」
「何が?」
「計算が合ってるのが嫌」
ケイトが小さく笑う。
「私もまったく同じこと言った」
ミアは通信ログを遡った。
乱数。
時刻。
その場でしか知り得ない情報。
「ねえ……これ、本当にリアルタイムなの?」
「少なくとも、そう見える」
「……相手、本当に人間?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「普通の人だよ。洗濯が趣味だし」
「それ普通なの?」
「本人は趣味じゃないって言ってる」
ミアはしばらく黙った。
そして真顔で言った。
「……素性の分からない男とそんなやり取りしてて大丈夫なの?」
「懸念するポイントそこ!?」
「大事でしょ!」
「47.2光年離れてるんだよ? 何を警戒するの?」
「詐欺とか!」
「47光年先からどんな詐欺しかけるのよ!」
二人とも吹き出した。
*
セレスティア。
ダニエルはUNIT-2の裏側へ頭を突っ込んでいた。
「外部ネットワークへの不正接続、なし」
「確認済み」
「中継系は?」
「使ってない」
「隠し回線」
「あるわけない」
「じゃあなんで繋がってんだよ!」
「それが分からないから困ってる」
ゴンッ!
「痛っ!」
頭をぶつけたダニエルが這い出してくる。
「誰だ、こんなところに機械置いた奴!」
「昔の設置担当者だろ」
ダニエルは頭を撫でながら、筐体側面の管理刻印を拭った。
「……待て」
「何?」
「この型番……」
端末へ入力する。
古い設備アーカイブから、一件のプロジェクトが表示された。
『量子同期通信実験計画――実施:七年前/結果:失敗』
「失敗って書いてあるぞ」
「現に今動いてるだろ」
「だから異常なんだよ」
詳細ファイルを開く。
『アクセス権限が不足しています』
「ロックされてる」
「誰なら見られる?」
ダニエルは開発メンバーを表示した。
そして、一番上の名前で指を止めた。
「……この人だ」
「知ってるのか?」
「論文でしか知らない」
『Dr. Helen Carter』
「誰?」
ダニエルが顔を上げた。
「マジで言ってんのか?」
「うん」
「理論物理の世界じゃ知らない奴の方が珍しい人だぞ。七年前のUNIT-2計画にも関わってる」
「へえ」
「……お前、本当に興味なさそうだな」
「機械が直るなら誰でもいい」
「たぶん、そういうレベルの人じゃない」
*
ケイトの画面に通知が入る。
《ダニエルに話した》
ケイトが笑う。
《あの「信用できるか分からない人」に?》
《そう》
横からミアが覗き込む。
「私のことも書いて。美人で優秀な親友って」
《私もミアに話した》
《誰?》
《すごく信用できる人》
ミアが満足そうに胸を張る。
直後。
《俺の扱いとの差が酷い》
《日頃の行いでしょ》
*
セレスティア。
ダニエルは端末に表示されたヘレン・カーターの公開連絡先を見ていた。
「……送るか?」
「何を」
「データだよ」
「勝手に送っていいのか?」
「お前一人で解ける?」
「無理」
「俺は?」
「無理」
「即答すんな。……まあ、無理だけど」
ダニエルは椅子を揺らす。
「エリック。もしこれが本物なら、かなりまずいぞ」
「何が」
「物理学が」
「俺のせいじゃない」
「そういう話じゃねえよ」
エリックはケイトへ送った。
《専門家にデータを送ってみる》
《誰に?》
《ヘレン・カーターって人》
《知らない》
《俺も》
《大丈夫なの?》
《ダニエルが知ってるから大丈夫らしい》
《あの「信用できるか分からない人」が?》
《そう》
《急に不安になってきた》
《俺も》
*
ダニエルはデータをまとめた。
星図の対比。
観測値。
タイムスタンプ。
UNIT-2のシリアルナンバー。
通信テストの結果。
そして、自分では十分に礼儀正しいと思っている添え状。
送信。
「……まあ、返事はすぐ来ないだろ」
「どれくらい?」
「早くて数日。忙しい人なら一ヶ月とか」
エリックはUNIT-2を見る。
数秒で返事が来ることに、いつの間にか慣れてしまっていた。
*
そのメールが届いた頃。
ヘレン・カーターは、セレスティア北半球にある中央理論研究院の食堂で、昼食を食べ損ねていた。
正確には、食べるつもりだった。
机の端には包装を開けた栄養バーが一本置かれている。
その横には、冷めたコーヒー。
どちらも、朝からほとんど減っていない。
六十四歳。
理論物理学者。
肩書きだけを見れば大層なものだが、その日の午前中に彼女がやったことの大半は、査読依頼を二件断り、研究費申請の不備を三ヶ所指摘し、壊れかけた研究室のコーヒーマシンを二度叩いたことだった。
そして今は、届いたメールを上から順番に処理している。
『講演依頼』
閉じる。
『査読期限について』
あとで。
『研究予算再配分――』
閉じる。
『量子同期通信実験機 UNIT-2について』
次。
指が止まった。
一つ前へ戻る。
「……UNIT-2?」
七年前。
聞き覚えがある、どころではない。
自分が関わった実験計画だった。
理論上の可能性を検証するために作られ、何一つ証明できないまま終わった装置。
失敗。
少なくとも、公式にはそう記録されている。
ヘレンはメールを開いた。
差出人。
ダニエル。
所属はセレスティア惑星間通信観測局。
本文を読む。
眉が寄る。
添付資料を開く。
そして。
『推定観測点間距離:47.2光年』
「……」
ヘレンは次のページへ進んだ。
『通信遅延:機器処理時間との差異、測定限界以下』
「馬鹿馬鹿しい」
画面を閉じかける。
止まった。
もう一度開いた。
添付された観測データを見る。
距離の算出方法は粗い。
専門家の仕事ではない。
だが――。
「……ちゃんと別々に測ってる」
セレスティア側と、未知の観測地点。
双方から送られてきた星図情報。
ヘレンは椅子を引き直した。
自分の研究端末を起動する。
彼らが出した47.2という答えは使わない。
計算式も使わない。
結論を一度、全部捨てる。
必要なのは、生の観測値だけだった。
*
まず、銀河中心。
銀河中心部にある超大質量ブラックホールと、その周辺天体の観測方向を基準の一つに置く。
二つの観測地点から見える方向には、わずかな差がある。
だが、それだけでは位置は決まらない。
ヘレンは別のデータを呼び出した。
長期間観測され、位置と周期が精密に記録されている複数のパルサー。
さらに別方向の基準天体。
一つ。
二つ。
三つ。
観測方向を重ねる。
それぞれから推定される位置領域が、少しずつ狭くなっていく。
ヘレンの手が止まった。
『推定観測点間距離:47.21光年』
「……」
最初からやり直す。
別のパルサーを使う。
銀河中心以外の基準天体も組み合わせる。
『47.19光年』
ヘレンはコーヒーへ手を伸ばした。
カップを持ち上げる。
飲まずに戻した。
三回目。
異なる組み合わせ。
別の観測データ。
『47.23光年』
部屋の音が、急に遠くなったように感じた。
ヘレンは画面を見つめる。
「……違う」
数字が違うのではない。
自分が探しているものが違う。
このメールの送り主たちは、
四十七・二光年だと主張しているのではない。
四十七・二光年になってしまうから、困っているのだ。
ヘレンは元のメールへ戻った。
そして短い返信を書いた。
『生の観測データをすべて開示しなさい。あなた方の「47.2光年をリアルタイムで通信した」という結論には、学術的に一切同意できません』
送信。
*
翌朝。
「来た!! 返事来たぞ!!」
ダニエルが観測局の廊下を走ってきた。
エリックは上着を脱ぎかけていた。
「誰から」
「カーター博士!」
「早すぎないか?」
端末を突き出される。
エリックはメールを読む。
「……怒られてない?」
「怒られてる! でも食いついてる!」
「全データ送るのか?」
「送る!」
*
ヘレンの端末に、生データが届いた。
今度は要約ではない。
UNIT-2が記録した通信ログ。
送受信時刻。
機器内部の処理記録。
乱数試験。
電源状態。
エラー記録。
そして双方の未加工の観測データ。
ヘレンは一つずつ確認した。
一時間。
二時間。
研究員が一人、部屋の入口から顔を出した。
「博士、昼食は?」
「食べた」
机の上には昨日から置かれた栄養バーがあった。
「それ、昨日も――」
「あとで食べる」
研究員は何も言わずに去った。
さらに一時間。
ヘレンはUNIT-2の内部処理時間と送受信記録を並べた。
理論上、あり得ない。
だから、どこかが間違っている。
距離。
時計。
観測地点。
通信経路。
機器。
順番に疑う。
順番に消える。
最後まで残ったのは、
あり得ないはずの観測結果だけだった。
ヘレンは椅子から立ち上がった。
端末を手に取る。
短く入力した。
『今からそちらへ向かいます』
*
「……来るって」
ダニエルが画面を見たまま言った。
「ここに?」
「そうらしい」
「いつ?」
ダニエルがヘレンの所属を見る。
「中央理論研究院……同じセレスティアだ。北半球」
「じゃあ明日には来るか」
「いや待て。なんでお前そんな普通なんだよ」
翌日の昼過ぎ。
観測局の受付から呼び出しが入った。
エリックとダニエルはエントランスへ向かう。
ロビーの中央に、一人の女性が立っていた。
六十代半ば。
仕立ての良いグレーのジャケット。
小さな手提げ鞄と資料用端末。
惑星の反対側から移動してきたばかりだというのに、その姿にはほとんど疲れが見えない。
ダニエルが小声で言った。
「……本物だ」
「何が?」
「カーター博士だよ。なんか……圧がすごい」
女性が二人を見る。
「エリック・コール?」
「はい」
「ダニエル?」
「はい!」
挨拶もそこそこに言った。
「装置はどこ?」
*
ヘレン・カーターはUNIT-2の前に座った。
五分。
十分。
十五分。
一切口を開かない。
筐体。
内部ログ。
基板。
電源系統。
通信プロトコル。
画面に表示される情報を、一つずつ確認していく。
後ろのダニエルが小声で囁いた。
「……怖い」
「何が」
「静かすぎる」
「聞こえてるわよ」
「すみません!」
エリックは横を向いて笑いを噛み殺した。
*
やがてヘレンが振り返った。
「ケイトという人物は?」
「今、向こうにいます」
「通信を繋いで」
エリックがキーを叩く。
《いる?》
二秒。
《いる》
ヘレンの眉がわずかに動いた。
「もう一度」
《今何してる?》
《仕事》
ヘレンが言う。
「今、その場で見えるものを聞いて」
《何が見える?》
《清掃車》
「色」
《色は?》
《白。後ろだけ青》
ヘレンはダニエルを見る。
「事前に取得できる情報?」
「向こうはアルマです。こちらのデータベースには存在しません」
「では乱数」
新しいテスト。
次。
さらに次。
一時間。
二時間。
ヘレンは一度も「素晴らしい」と言わなかった。
もちろん「奇跡」とも言わなかった。
*
夕暮れ。
ついにダニエルが耐えられなくなった。
「……博士。どうなんですか?」
ヘレンは画面を見たまま答えた。
「実験結果は再現されています」
「じゃあ……」
「現象そのものは存在する」
エリックとダニエルが顔を見合わせた。
四十七・二光年。
数秒のレスポンス。
何度繰り返しても同じ。
ダニエルが聞いた。
「じゃあ、本当に47.2光年を越えて情報が届いてるんですね?」
「いいえ」
即答だった。
エリックの手が止まる。
「でも、現に届いてます」
「ええ」
「47.2光年離れた場所から」
「それも、ほぼ間違いないでしょう」
「じゃあ越えてるじゃないですか」
ヘレンは首を振った。
「あなたたちは、一つだけ思い込みをしている」
机の上のメモ用紙を一枚取った。
「『届いた』ということと――」
紙の左端を指で叩く。
「『その間を移動した』ということは」
指を右端へ滑らせる。
「同じ意味ではない」
誰も答えなかった。
ヘレンは紙を机へ戻す。
その目に、初めて科学者としての興奮が浮かんでいた。
「もし、この通信ログがすべて事実なら――」
一度、UNIT-2を見る。
「間違っているのは、この通信機でも、あなたたちの計算でもない」
エリックが聞いた。
「……じゃあ、何が間違ってるんですか」
ヘレン・カーターは答えた。
「私たちが信じてきた、この宇宙の『距離』そのものよ」
(第四章 了)




