第16章 帰る場所
五十メートル。
モップは、そこからぴたりと動かなくなっていた。
ゾーイ・ベネットは地面にしゃがみ込み、手元の端末の数値を凝視した。
心拍、なし。呼吸、なし。
それは、この生物にとって普段と変わらない状態だ。
だが――内部エネルギーの循環パルスが、施設内にいたときよりも明らかに不規則に波打っている。
「……戻ろう」
後ろにいたノアが目を丸くした。
「もう?」
「うん」
「まだ五十メートルしか歩いてないよ?」
「だからだよ」
ゾーイは、固く縮こまっているモップを見つめた。
「今日は、ここまで」
*
施設へ向かって足を進める。
四十メートル、三十メートル、二十メートル。
建物に近づくにつれて、モップの重苦しい歩みが少しずつ滑らかさを取り戻していく。
エントランスをくぐった瞬間、固く縮んでいた身体がふわりと大きく広がった。
ノアがつぶやく。
「……やっぱり、外と中じゃ全然違うんだ」
「うん」
「外が嫌いなのかな」
「昨日までは平気で外にいたよ」
ゾーイは手元の記録を保存した。
位置座標、時刻、内部周期パラメータ。
「『外』だからじゃない。『場所』によって変わってる」
*
そのデータはすぐに、アルマのケイトへ送られた。
ケイトは、セレスティアへ戻された「白い花」の経過観察ログと、モップのデータを重ね合わせた。
白い花。
アルマへ届いて以降、少しずつ生じた代謝リズムの歪み。
モップ。
施設から特定の方向へ進むと、わずかな距離でも崩れ始める内部循環。
そして――アルマとセレスティアの各地で観測され続けている、地域ごとに異なる時刻補正値。
三つのデータ。
生物学的にも、物理学的にも、まったく別の現象に見える。
だが、それらを位置情報とともに地図の上へ重ねた瞬間、不気味な共通の「歪み」が浮かび上がってきた。
ケイトは席を立ち、ミアのデスクへ向かった。
「ミア、これ見て」
ミアは保存食のパンをかじりながら、画面をのぞき込んだ。
「何?」
「場所」
「場所……?」
ケイトがマップを大きく拡大する。
「歪んでいるのは――時間だけじゃないよ」
*
セレスティア。
ヘレン・カーターは、ケイトから転送されてきたアルマの重畳マップを見つめていた。
「……実験するわ」
エリックが不安そうに尋ねる。
「モップでですか?」
「モップだけじゃないわ」
ヘレンはアルマの野生調査施設にいるゾーイへ、直接回線をつないだ。
『無理は絶対にさせないで』
画面の向こうで、ゾーイが即座に言い返す。
「それなら、最初からお断りします」
『少しでも状態に異変が出たら、即座に引き返すこと』
「言われなくてもそうします。判断するのは私です」
ヘレンは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
『……ええ。頼むわ』
ゾーイは足元で丸くなっているモップを見下ろした。
「この子を都合のいい『測定器』になんてさせません」
『分かっているわ』
「この子が、普通に歩ける場所がどこなのか――それを調べるだけです」
『ええ。それで十分よ』
*
翌朝、アルマ。
調査用の小型全地形車両が出発した。
乗っているのは、ゾーイ、ノア、モップ、そして解析担当の職員。
モップは車両の後部座席の床に身体を広げ、クンクンと――鼻はないのだが――床の感触を確かめている。
ノアがのぞき込む。
「車、乗るの初めて?」
トントン。
「車、好き?」
トントン。
運転席のゾーイが呆れ声を上げる。
「ノア、何でも返事にするのやめなよ」
「だって、ちゃんと返してるじゃん!」
「意味が伝わってるかは分からないでしょ」
ノアはモップの目の前にしゃがんだ。
「楽しい?」
トントン。
「ほら、『楽しい』って!」
ゾーイは可笑しそうに吹き出した。
*
施設から十キロ。
生体パルス、異常なし。
二十キロ。
内部循環、極めて安定。
三十キロ地点。
わずかな波形の揺らぎ。
車両を路肩に止め、外へ出る。
モップは滑らかな動作で自ら車両を降り、アルマの地面、固有の植物、岩肌にそっと触れた。
ゾーイが安堵の息を吐く。
「ここなら……大丈夫」
施設から五十メートルの場所では、歩くことさえできなかった。
それなのに、ここでは自分から地面に触れ、周囲を確かめている。
やはり、単純な距離の問題ではない。
*
四十三キロ地点。
モップの身体が、ごくわずかにキュッと縮んだ。
「記録!」
ゾーイの声に、解析担当者が応じる。
「取ってる!」
ノアはモップの隣を静かに歩いた。
トントン。
モップが床を叩く。
トントン。
ノアも指先で応える。
まだ、返音は力強い。
*
五十一キロ地点。
モップが、ぴたりと足を止めた。
ゾーイも即座に立ち止まる。
「……ここだ」
内部循環周期が、明確な乱れを示し始める。
だが――手元の測定器の数値を見る。
気温、気圧、磁場、放射線、地質構造、大気成分。
すべて正常値の範囲内。
解析担当者が頭を抱えた。
「……何も出てこないぞ!? 環境は完全に正常だ!」
ゾーイは、動かなくなったモップの前に膝をついた。
「何かあるよ」
「何がだよ!?」
「この子には……感じられるんだよ」
*
現在位置の座標データが、即座にケイトへ転送された。
ケイトはそれを、最新の広域時刻補正マップの上へ重ねた。
「……境目だ」
隣のミアが息をのむ。
「境目って……何の!?」
「分からない……!」
地図を極限まで拡大する。
五十一キロ地点。
まさにその付近を境に、標準時計の補正傾向が明確に切り替わっていた。
ケイトはデータをすぐさまセレスティアへ送った。
*
セレスティア、観測局。
サイモンが数値を照合する。
「……観測された位置が一致しています」
ヘレンが尋ねる。
「確率的な偶然の範囲と言える?」
「少なくとも、偶然として片づけるには不自然です」
「別の地点のデータも必要ね」
*
アルマ。
ゾーイたちは一度施設へ戻り、モップを休ませた。
状態が落ち着いたことを確認してから、今度は方向を大きく変え、別のルートへ向かった。
施設から七十八キロ地点。
モップが再びぴたりと止まり、身体をギュッと縮め込んだ。
まったく同じ現象。
環境数値はすべて正常。
だが、時刻補正値の傾向が切り替わる地点で、モップの内部循環は乱れ始めていた。
*
解析担当者が端末を叩く。
「よし、あと一方向! 三つ目のデータを取れば――」
「今日は終わり」
ゾーイの硬い声。
解析担当者が振り向く。
「は? あと一か所調査すれば、境界の形がもっと分かるんだぞ!?」
ゾーイは答えず、モップの前へ屈み込むと、優しくその身体を両腕で抱き上げた。
いつもなら人間に抱きかかえられるのを嫌がるはずのモップが、今日はゾーイの腕の中で静かに身を委ねていた。
ゾーイは解析担当者をまっすぐ見つめた。
「データは明日でも取れる。この子は、今つらいの。――帰るよ」
解析担当者は言葉を詰まらせ、不満そうに息を吐いて端末をしまった。
ノアが急いで車両のドアを開ける。
「帰ろう!」
*
帰り道の車内。
モップは後部座席で、ノアの足元にぴったりと身を寄せて丸くなっていた。
ノアがぽつりとつぶやく。
「……モップって、『帰る』って意味、分かってんのかな」
「どうだろうね」
ゾーイはハンドルを握りながら、バックミラーに映るノアとモップを見つめた。
「モップに……本当の帰る場所、あるのかな」
「今は、あの調査施設じゃない?」
「私たちが勝手に『そこが家だ』って決めていいのかな」
ゾーイは少し考え、柔らかく笑った。
「……だって、自分であそこに戻ってくるんだもん。自分で帰ってくる場所なら、そこが家だよ」
ノアがにやりと笑う。
「じゃあ、やっぱり家だ」
モップ。
トントン。
ノアが指を差し出す。
「ほらね!」
*
セレスティア。
エリックは、貨物船長のジャック・ハリスと再び顔を合わせていた。
出発準備を進める巨大な貨物船の操縦区画。
エリックは追加の航行ログを受け取りに来ていた。
ジャックは操縦席の計器類を、手際よく一つずつチェックしている。
「……座標エラー、また出たのか?」
「ああ。二回な」
「場所はどこだ?」
ジャックが立体星図を呼び出す。
「ここだ」
エリックが画面をのぞき込む。
一回目、セレスティア接近宙域。
二回目、惑星周回軌道進入前。
「同じ場所ですか?」
「近いが、同一地点ではない」
「時間は?」
「バラバラだ」
ジャックは次のチェック項目へ淡々と指を滑らせていく。
エリックが不審そうに尋ねる。
「……気になりませんか?」
「気になるさ」
「なのに、すごく普通に仕事してますね」
ジャックは手を止め、エリックをちらりと見た。
「気になるたびに船を止めてたら、期限どおりに荷物を届ける仕事なんてできやしないよ」
*
そのとき、ジャックの個人端末に着信音が鳴った。
画面に「エマ」の文字。
ジャックの表情から、仕事中の厳しい顔が消えた。
「……悪い、少し外す」
「あ、どうぞ」
ジャックは操縦席から離れ、少し離れた壁際へ移動した。
「もしもし、エマか?」
『お父さん? 今どこ?』
「セレスティアだ」
『また?』
「仕事だからな」
『知ってるけど』
ジャックは窓の外に広がる、青白い雲をまとったセレスティアの空を見つめた。
『……あのさ、来年のことなんだけど』
「うん」
『……地球の大学、受けてみようと思って』
ジャックの手が、ぴたりと止まった。
「……地球?」
『うん』
「……遠いぞ」
画面の向こうで、エマが可笑しそうに笑う。
『宇宙船に乗って旅ばっかりしてるお父さんが、それ言う?』
「仕事で宇宙を飛ぶのと、そこに住むのは訳が違う」
『お父さんだって、地球行ったことあるでしょ?』
「あるにはあるが……」
ジャックは記憶をたどろうとして――言葉を詰まらせた。
思い浮かぶのは、無機質な宇宙港、貨物受入区画、殺風景なホテル、滑走路。
「……よく知らないんだ」
『行ったことあるのに?』
「仕事で行くだけだったからな……街を歩いたこともない」
少しの沈黙。
『……そっか』
「今度……ちゃんと見てくるよ」
『いつ?』
「お前と一緒に行くときだ」
通信の向こうが、しんと静まり返った。
ジャックは言い過ぎたかと冷や汗をかいたが――
やがて、小さな声が返ってきた。
『……うん。約束ね』
*
通話を終え、ジャックが操縦席へ戻ってきた。
エリックが待っていた。
「……娘さんですか?」
「……ああ」
「仲、悪いんですか?」
ジャックが呆れ顔で振り返る。
「……お前、初対面のおっさんに普通そんなこと聞くか?」
「すみません……気になったので」
「……悪くはないよ」
ジャックはシートベルトの金具を確認しながら、小さく息を吐いた。
「……上手くないだけだ。父親ってやつが」
「何がですか?」
「距離感だよ」
エリックは少し考え、あっけらかんと言った。
「帰ればいいじゃないですか。会いに」
ジャックの手が止まった。
「……簡単に言うな。仕事がある」
「すみません」
「……だが」
ジャックは自分の手元を見つめた。
誰もが、自分だけの「時間」と「距離」の中で必死に動き続けている。
同期はしない。
けれど、立ち止まることもできない。
*
その直後だった。
ジャックの貨物船は、まだ着陸区画から一歩も動いていなかった。
エンジンは停止。
係留フックもつながれたままだ。
副操縦士のオーウェンが、素っ頓狂な声を張り上げた。
「……せ、船長!!」
「なんだ、うるさい」
「位置情報が……!!」
ジャックが航法モニターへ目を向ける。
現在位置:セレスティア港・第四着陸区画。
正常。
――その瞬間、画面の自船プロットが、一瞬だけぶれて消失した。
『現在地:東へ203m地点(港湾外郭宙域)』
次の瞬間、何事もなかったかのように「第四着陸区画」へ引き戻される。
オーウェンが慌てて窓の外を確かめた。
整備員が荷物を運び、作業車両が通り過ぎている。
船は微動だにしていない。
「今……船が二百メートル跳びましたよ!?」
「船は動いてない! 全ログを即座に保存しろ。独立センサーのデータもだ!」
*
数分後、観測局の作戦室。
ジャック、サイモン、エリック、ヘレンの四人がテーブルを囲んでいた。
ジャックが船のログをテーブルへ叩きつける。
「船は一切動いていない。係留フックも外れていない! なのに、航法コンピューターは『二百メートル移動した』と吐き出した!」
サイモンが静かに答える。
「位置情報の座標ジャンプだけなら……まだシステムの誤作動として説明がつきます」
「『まだ』だと……!?」
サイモンは、ジャックの船内時計のログと、港湾管理オフィスの超高精度標準時計のログを並べて表示させた。
ジャックの表情が、一瞬で引きつった。
時刻差――0.47秒。
エリックが叫んだ。
「……ナノ秒じゃない! 秒単位だ!?」
「ええ」
サイモンの声が硬くなる。
これまで追いかけていたのは、十億分の一秒という微小なズレだった。
それが今、半秒近くにまで広がっている。
ジャックが怒声を上げる。
「船の時計は正常だ! 整備も完璧だった!」
「港湾側の時計にも、故障を示す記録はありません」
「じゃあ、どっちが間違ってるんだよ!?」
サイモンは答えなかった。
ヘレンが静かに言った。
「……どちらも、間違っていないのかもしれないわ」
「……は?」
「それぞれの時計は正常に動いている。それでも、互いの時刻が一致しない。そういう現象が起きている可能性があるのよ」
ジャックはヘレンを不気味そうに見つめた。
「……嫌な答えだな」
サイモンが深々とうなずく。
「まったくの同感です」
*
ヘレンは、部屋中央のホログラム星図を起動させた。
セレスティア、アルマ、周辺星系。
これまでの航法異常ポイント、時刻の補正値、モップが動けなくなった地点、白い花の代謝異常に関する観測位置。
すべてのデータを星図の上へプロットしていく。
無数の光の点。
一見すると、ばらばらに散らばる点群。
ヘレンはホログラムの表示範囲を縮小し始めた。
十光年、二十光年、三十光年――
画面の中に、47.2光年離れたセレスティアとアルマが同時に収まる。
観測された異常の分布から、巨大な「影」のようなものが浮かび上がった。
点でも、線でも、球体でもない。
何か、いびつで途方もなく巨大な「領域」。
ただし、その輪郭は途切れ途切れだった。
観測していない場所にまで、同じ異常が広がっているかどうかは分からない。
エリックが言葉を失う。
「……これ……全部ですか?」
「その可能性があるわ」
ジャックが星図を指さす。
「……何の地図だ、これは?」
ヘレンは、答えを自分自身の中に探すように、その巨大な影を見つめた。
「……私たちがまだ知らない『場所』の地図かもしれない」
「宇宙の未知の領域ってことか?」
「それすら、まだ分からないわ」
「……余計に分からなくなったぞ」
「私もよ」
*
ヘレンは、セレスティアとアルマを結ぶ光の線を指でなぞった。
「二つの惑星が物理的に近づいているわけではない。けれど、時間や距離の対応関係が、場所によって変わり始めている」
サイモンが息をのむ。
「通常の空間とは別の、何かが関係している可能性も……?」
「ええ。私たちがいる空間そのものが、別の『何か』と重なり合っているのかもしれない」
ヘレンは一呼吸置いた。
「もちろん、仮説よ。今のデータだけでは、何が起きているのか断定できない」
そして、古い通信装置の記録を呼び出す。
「UNIT-2は、その異常を最初に捉えた装置だったのかもしれないわ」
*
ジャックは、腕を組んだまましばらく星図を見つめていた。
高度な理論も、物理学も分からない。
けれど、彼は宇宙船の船長だ。
どこからどこへ荷物を運ぶか。
それだけを何十年も叩き込んできた男だ。
ジャックがぽつりと言った。
「……ひとつ、いいか?」
「何かしら?」
ジャックは、二つの星を取り囲むように広がる巨大な異常領域を指した。
「これ……俺たちの星も、船も、全部この『歪みの中』に入っちまってるんだろ?」
「観測結果が示す範囲では、そう考えられるわ」
「なら――」
ジャックは太い指を、その異常領域の「外側」へとすっと動かした。
「――ここから『外』へ出ればいいんじゃないのか?」
*
部屋の中に、完全な静寂が訪れた。
ヘレンの目が、ジャックの指し示した「領域の外側」をまっすぐ見つめた。
誰もしゃべらない。
サイモンが弾かれたように端末へ向かい、星図をさらに縮小した。
異常領域の外。
そこには、観測データがほとんど存在しない。
そもそも、本当に「外側」があるのかさえ分かっていない。
エリックが尋ねる。
「……そこ、調べてないんですか?」
「内側の歪みばかりに目を奪われていたわ」
ヘレンの目に、激しい知的な情熱が戻ってきた。
「境界があるのなら、その向こう側も調べる必要がある」
「何があるんですか!?」
「分からない。――だから、探すのよ!」
ジャックが不敵に笑った。
「話が早くて助かるぜ」
*
アルマの夜。
ノアはモップのすぐ横で、床にノートを広げて宿題をしていた。
ゾーイは、今日の移動データを静かに整理している。
モップ。
トントン。
ノア。
トントン。
ゾーイが振り返る。
「ノア、静かにしなよ」
「モップにも言ってよ!」
「モップはいいの」
「それ絶対差別!!」
そこへケイトからの緊急通信が入った。
《明日、無人探査機でもっと遠くの領域を調べたいって》
ゾーイはモップを見つめた。
「……モップは、絶対連れて行きません」
《うん、分かってる》
即答だった。
ゾーイは胸をなで下ろした。
《セレスティアとアルマの両方から、無人機を飛ばすの。まずは異常の分布をもっと広く調べて、境界がどこにあるのか確かめたいって》
「それなら、いくらでも協力します」
*
セレスティア港。
ジャックの貨物船には、航法ビーコンの異常により出発一時停止命令が下りていた。
操縦席でチェックリストを閉じるジャック。
副操縦士のオーウェンが肩を落とす。
「……当分、帰れませんね」
「……そうだな」
ジャックは端末を開き、娘のエマへ文字を打ち込んだ。
《少し遅れる。》
一度手を止め、その一文を消した。
そして、力強い指で打ち直した。
《今、すぐには帰れなくなった。》
送信。
数分後、返信。
《大丈夫……?》
ジャックは窓の外の、静かなセレスティアの空を見上げた。
《大丈夫だ。》
少し考え、決意を込めて付け加えた。
《必ず、帰るから。》
送信。
*
同じ頃。
セレスティアとアルマの双方の基地で、高速無人探査機の最終カウントダウンが始まっていた。
使用するのは、従来の宇宙航行技術。
未知の境界がどれほど遠くにあるのか、まだ誰にも分からない。
探すのは、敵でも、新しい惑星でもない。
この世界に生じた歪みが、どこまで続いているのか。
そして、その先に何があるのか。
ヘレン・カーターは、巨大な星図の前に立っていた。
セレスティアとアルマ。
47.2光年を隔てた二つの星。
サイモンが尋ねる。
「……どこまで飛ばしますか?」
ヘレンは、ジャックが指さした星図のはるか外側をまっすぐ見つめた。
「――見つかるまでよ」
(第十六章 了)




