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47光年の手紙  作者: たびしずく


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12/22

第12章 会う方法

挿絵(By みてみん)


「この子の周りが変わった?」


サイモンは、ヘレンの言葉を繰り返した。

ヘレンはすぐには答えず、机に散らばっていたメモ用紙を二枚引き寄せた。


一方に『A』。


もう一方に『B』。


太いペンで書きつける。

ダニエルが横から覗き込んだ。


「また紙ですか?」

「分かりやすいからよ」

「最先端の研究現場なのに、ずいぶんアナログですね」

「紙は未来にも存在するわ」


ヘレンは二枚の紙を、デスクの両端に置いた。


「ここがセレスティア」


Aを指す。


「こっちがアルマ」


Bを指す。


「四十七・二光年。普通なら、情報を届けるだけでも四十七年以上かかる距離よ」

「ですが、UNIT-2では待ち時間が確認できません」


サイモンが言った。


「そう。少なくとも、私たちが測定できる範囲ではね」


ヘレンは二枚の紙を持ち上げた。


そして、ぴたりと重ね合わせる。


「もし、この通信に限って、二つの場所を離れたものとして扱う必要がないとしたら?」


エリックが身を乗り出した。


「……同じ場所ってことですか?」

「そういう考え方もできる、というだけよ」

「じゃあ、近いんだ」

「それも違うわ」


ヘレンは紙を再び離した。


「実際の距離が縮んだ証拠はない。通信がどんな経路を通っているのかも、まだ分からない」


ダニエルが頭を抱えた。


「分かりやすい紙の例えだったのに、急に何も分からなくなりました」

「不満なら宇宙に言ってちょうだい」

「宇宙って苦情を受け付けてくれるんですかね」

「返事が来たら教えて」


*


サイモンが端末の時刻補正記録を開いた。


『+49 ns』


「……では、この変動は?」


ヘレンは紙を机へ戻した。


「まだ分からないわ。ただ、UNIT-2の通信が成立したことと、時計の異変が無関係だと決める理由もない」

「逆に、関係があると判断できる材料も足りません」

「その通りよ」


ヘレンは頷いた。


「だから、通信装置と時計の記録を取り続ける。アルマの観測結果とも照合する」


エリックが眉を寄せた。


「……結局、まだ何も分かってないんですね」

「分かっていることはあるわ」

「何です?」

「私たちが知っている物理法則だけでは、UNIT-2の現象を説明できていない」


ダニエルが呆れたように言った。


「それ、分からないってことじゃないですか」

「分からない場所が分かるのも、研究の進歩よ」


エリックは少し考え、頷いた。


「それなら、なんとなく分かります」

「分かった気になってるだけだろ、お前」

「いいんだよ。気分の問題だから」


*


アルマ。


野生調査施設。


モップは、昨日の瀕死の状態が嘘のように動いていた。


もっとも、完全に元通りというわけではない。


動きはゆっくりで、ときおり立ち止まっては身体を小さく丸める。


ゾーイは半歩後ろをついて歩いていた。


モップが止まれば、ゾーイも止まる。


モップが進めば、ゾーイも進む。


その様子を、ノアが呆れ顔で見ていた。


「過保護」

「観察」

「ずっと後ろついて歩いてるじゃん」

「観察データの収集!」

「昨日まで触るのも怖がってたのに」


ゾーイは振り返り、ノアを睨んだ。


「……ノア、宿題は?」

「あ、忘れてた」

「やっぱり!」


ノアは笑ってごまかした。


*


モップは廊下を曲がり、分析室へ入っていった。


部屋の中央には、大型の物質構造分析装置がある。


昨日の緊急調査が終わってから、主電源は切られていた。


モップは装置の前で立ち止まった。


「何してんの、あいつ」


ノアが覗き込む。


「さあ……」


モップは装置の周囲を、確かめるようにゆっくり一周した。


そして、試料を置く平らな測定台の前で、身体の一部を持ち上げた。


ゾーイが首を傾げる。


「……乗りたいの?」

「乗せてみれば?」

「勝手に機材に乗せたら主任に叱られるよ」

「いつも勝手なことやってんじゃん」

「やってない!」

「勝手に『モップ』って名前つけたのは?」

「それは愛称!」


トン、トン。


床から小さな音が響いた。


ノアが笑う。


「ほら。『乗りたい』ってさ」


ゾーイは困った顔で測定台を確認した。


主電源は切れている。


表面に危険な突起もない。


それでも、機材の状態を確認してからモップの前にしゃがんだ。


「……触るよ?」


モップは逃げなかった。


ゾーイは両手を差し入れ、柔らかな身体をそっと持ち上げた。


思っていたより軽い。


ゾーイの表情が曇る。


「……まだ、痩せてるのかな」

「モップって痩せたり太ったりするの?」

「分からない……」

「本当、何にも分からないね」

「未知生物だから!」


測定台に置かれたモップは、すぐには降りようとしなかった。


身体をゆっくり広げ、そのまま台の表面に落ち着いた。


「……そこ、気に入ったの?」


ノアが笑う。


「新しいベッドにする気だよ」


*


セレスティア。


ヘレンたちは、UNIT-2の次の検証を始めようとしていた。


「文字以外のデータを送ってみましょう」


エリックが顔を上げる。


「文字以外?」

「まずは静止画像よ」

「画像!?」


ダニエルが端末を操作しながら説明した。


「文字だって、結局は決まった規則で表したデータだろ。画像も小さな数字の集まりに変えて、同じ通信路で送れるか試す」

「そんな簡単にできるのか?」

「簡単じゃないから試すんだよ」


ダニエルはUNIT-2の通信記録を表示した。


これまでの送受信では、短い文字列を安定して届けられている。


ただし、連続して送れる情報量には限りがあった。


「小さな画像を分割して送る。向こうで順番に組み立てるんだ」


ヘレンが付け加える。


「装置への負担を監視しながらね。異常が出たら中止よ」

「はいはい」

「返事は一回でいいわ」

「信用ないなあ。俺を誰だと思ってるんですか」

「UNIT-3の再起動でサブ電源を二回飛ばした男よ」

「一回半です!」


サイモンが冷静に訂正した。


「ログには二回と記録されています」

「お前、本当によく見てるな!?」


*


アルマ。


ケイトの端末に通知が届いた。


エリックからだった。


《画像、送れるかもしれない》


ケイトの指が止まる。


《何の写真?》

《何がいい?》


ケイトは少し考え、笑みを浮かべた。


《パン》

《なんでだよ》

《黄色いパン、見たいでしょ?》

《別に》

《じゃあ送らない》

《……見たい》


ケイトは思わず笑った。


隣のミアが顔を寄せる。


「何? 何笑ってるの?」

「写真、送れるかもって」


ミアの目が輝いた。


「本当!? 顔!? エリックの顔が見られるの!?」

「ううん。パン」

「はぁ!? なんでパンなのよ!」


ケイトは端末を自分の方へ引き寄せた。


「いきなり顔なんて、お互い恥ずかしいでしょ!」

「なんであんたが照れてるのよ!」

「照れてない!」

「見たいんでしょ? 相手の顔」

「……見たいけど、段階ってものがあるの!」

「乙女か!」


*


最初の画像転送実験。


ケイトは、黄色いパンを撮影した。


アルマでは珍しくもない、鮮やかな黄色をしたパンだった。


小さな画像に縮小し、さらに圧縮する。


それを短いデータの塊に分けて送信した。


セレスティア。


UNIT-2の画面に、画像の一部がゆっくり表示されていく。


何度か送信をやり直した末に現れたのは――。


潰れた黄色い四角い塊だった。


エリックは首を傾げた。


《……何これ?》

《パン》

《嘘だろ。ただの黄色い壁に見えるぞ》

《失礼ね! 精いっぱいのパンだよ!》


ダニエルが画面を覗き込む。


「圧縮しすぎたな。細かい部分が全部消えてる」


ヘレンも画面を見た。


「でも、再構成はできたわね」


ノイズだらけの黄色い画像。


人類が初めて四十七・二光年の距離を越えて、待ち時間を感じることなく受け取った写真。


その記念すべき一枚が、パンだった。


エリックは画面を見つめ、ゆっくりキーを叩いた。


《思ってたより、ちゃんと黄色いな》

《だから黄色って言ったでしょ》

《味もこれなの?》

《そう。黄色い味》

《やっぱり分からん》


*


今度はエリックの番だった。


自分の昼食である豆の煮込みを撮影する。


ケイトの画面に表示されたのは、暗茶色の不気味な塊だった。


《……何これ? 泥?》

《豆だって言ってるだろ! 伝統ある豆の煮込みだ!》

《どう見ても湿った土だよ》

《豆!!》


横で見ていたミアが爆笑した。


「あははは! お似合いすぎるでしょ、二人とも!」

「どこがお似合いなのよ!」


*


数時間後。


ダニエルが画像の分割方法や圧縮設定を調整し、送受信の失敗も少なくなっていった。


黄色いパン。


保温容器に入った豆の煮込み。


観測局の古いデスク。


アルマの窓から見える街並み。


二人は次々と写真を送り合った。


けれど、最後まで――。


お互いの顔だけは送らなかった。


どちらも、その理由を尋ねなかった。


*


夕方。


アルマの野生調査施設。


ゾーイはまだ分析室に残っていた。


モップは相変わらず、物質構造分析装置の測定台に身体を広げている。


もう二時間以上、そこから動こうとしない。


分析担当者が入ってきた。


「ゾーイ、まだそこにいるのか?」

「モップが動かないんです」

「また具合が悪いのか?」

「いえ、そうじゃなくて。ここが気に入ったみたいで」

「そこ、精密機材だぞ」

「主電源は切ってあります」


担当者は操作盤を確認した。


そして、眉をひそめた。


「……あれ?」

「何ですか?」

「時刻基準回路は動いてるな」

「時刻基準?」

「測定結果に正確な時刻を付けるための回路だ。主電源を切っても、独立した電源で動き続ける」


ゾーイは測定台のモップを見た。


「……モップ、これが好きなの?」


ノアが呟く。


「時計の音が好きなのかな」

「音はしないよ」

「じゃあ、何がいいんだろ」


トン、トン。


モップが小さく床を叩いた。


*


ゾーイはケイトへ報告を送った。


《モップが分析装置の測定台から動かなくなりました。時刻基準回路だけは動いているそうです》


ケイトは、その内容をセレスティアへ転送した。


サイモンが装置の仕様書を調べる。


「高精度の時刻基準モジュールを搭載しています。内部の原子発振器は、装置の主電源とは独立して動作する設計ですね」


ヘレンは資料を受け取った。


「発振器の周波数は?」


サイモンが数値を読み上げる。


ヘレンはモップの内部周期の記録を開いた。


二つの波形を比較する。


「……気になるわね」


エリックが尋ねた。


「何がですか?」

「モップが、時刻基準回路のある装置に長時間とどまっていることよ」

「時計が好きなんですかね」

「そうかもしれない。でも、装置の振動や温度、材質に引かれている可能性もあるわ」


サイモンが頷いた。


「発振器を停止した状態と、動作させた状態で行動が変わるか、比較できます」

「ええ。現地に頼んでみましょう」


ヘレンは画面を閉じなかった。


モップの周期波形を、もう一度拡大する。


何かを考えるように、しばらく見つめていた。


*


エリックは、手元に表示された黄色いパンの画像を眺めていた。


「……博士」

「何?」

「画像が送れるなら、声も送れますか?」


ダニエルが振り返った。


「短い録音なら試せるな」

「本当に?」

「音もデータに変えられる。問題は、送れる量と、ちゃんと元に戻せるかどうかだ」


エリックは画面を見た。


文字。


画像。


そして――声。


「……やってみたい」


ダニエルが笑った。


「そう言うと思った」


*


音声の転送実験は、短い録音から始めることになった。


音声を圧縮し、小さなデータに分割する。


受信側では、届いたデータを確認しながら組み立てる。


リアルタイムの通話には、まだ通信量も安定性も足りなかった。


ダニエルがマイクをエリックの前に置いた。


「何か喋れ」

「何をだよ……」

「何でもいいんだよ。毎日あんなに文字送ってるだろ」

「文字と声は違うだろ!」

「照れてんのか?」

「照れてない!」

「はい、録音開始!」


エリックは慌ててマイクに向き直った。


数秒の沈黙。


喉が妙に渇く。


「……エリックです」


録音終了。


ダニエルが吹き出した。


「それだけかよ!」

「うるさい! 送れ!」


*


四十七・二光年先。


アルマ。


ケイトの端末に、見慣れない音声ファイルが届いた。


『audio_01』


ケイトの指が、再生ボタンの上で止まった。


後ろではミアが息を殺して見守っている。


「……来たの?」

「……うん」

「聞かないの?」

「今、聞くから……」


ケイトは髪を耳にかけた。


一度、深呼吸する。


そして、再生ボタンを押した。


スピーカーから、わずかなノイズ。


続いて――。


『……エリックです』


落ち着いた男の声。


少しぶっきらぼうで、どこか緊張しているようにも聞こえた。


ケイトの口元が、自然に緩んだ。


ミアが覗き込む。


「どう? どんな声?」


ケイトはもう一度、再生した。


『……エリックです』


「……普通」

「普通?」

「うん。もっと低い声かと思ってた」

「なんで?」

「豆ばっかり食べてるから」

「どういう偏見よ、それ!」


*


ケイトから返信が届いた。


《思ってたより普通だった》

《普通で悪いかよ》

《もっと声低いと思ってたの》

《なんで》

《豆食ってるから》


エリックは頭を抱えた。


「意味が分からん……」


ダニエルが笑った。


「豆食うと声低くなるのか? 初耳だな」


*


今度はケイトの番だった。


「録音するから、ミア、向こう行ってて」

「なんでよー! 私も聞く!」

「声が入るでしょ! 離れて!」


ミアはニヤニヤしながら、二歩だけ後ろへ下がった。


「もっと離れて!」

「部屋狭いんだから無理!」


ケイトは諦めてマイクに向き直った。


心臓が妙にうるさい。


「……ケイトです」


少しの沈黙。


恥ずかしさに耐えきれず、小さく呟いた。


「……これ、なんか恥ずかしいね」


後ろから、ミアの忍び笑いが入った。


「あ! ちょっと、ミアの笑い声入った! 取り直す!」

「ダメー! 送信!」

「あっ、ちょっとミア!!」


*


セレスティア。


UNIT-2の端末に音声が届いた。


エリックは緊張した手つきで再生ボタンを押す。


わずかなノイズ。


そして――。


『……ケイトです』


明るく、澄んだ声。


『……これ、なんか恥ずかしいね』


その後ろで、誰かが楽しそうに笑っている。


エリックの顔が赤くなった。


けれど、すぐに口元が緩んだ。


ダニエルが覗き込む。


「どうだった?」


エリックはもう一度、再生した。


『……ケイトです』


「……ケイトだった」

「そりゃケイトだろ! 感想雑だな!」


エリックは何も言い返さなかった。


ただ、その短い音声をもう一度再生した。


*


夜。


アルマの野生調査施設。


モップはゆっくりと測定台から降り、ゾーイの足元へ近づいてきた。


身体の一部を、ゾーイの靴にそっと触れさせる。


ゾーイがしゃがみ込んだ。


「……今日は機嫌がいいね、モップ」


モップの身体が、ふわりと広がった。


ノアが笑う。


「それ、絶対『うん』って言ってるよ」

「私もそう思う」


ゾーイは端末を取り出し、観察日誌に書き加えた。


『自力移動を確認。周囲への反応も良好。回復傾向を維持』


ノアが覗き込む。


「『機嫌がいい』って書かないの?」

「書いたら主任に怒られるから!」


*


深夜。


セレスティアの観測局。

ヘレン・カーターは、一人でデスクに向かっていた。

机の上には、二枚の紙。


『A』と『B』。


四十七・二光年離れた二つの惑星。

文字が届いた。

画像も届いた。

そして、声まで届いた。


もちろん、画像や音声が送れたからといって、物体まで送れるわけではない。

情報と物質は違う。

そんなことは、誰よりも分かっている。

ヘレンは二枚の紙を見つめた。

UNIT-2は、離れた二地点の間で、なぜか情報をやり取りできる。

ならば、そこで起きている現象を利用して、情報以外の何かを変化させることはできないのだろうか。


物質を運ぶのではなく。

遠く離れた場所に、何かを再現することは。

ヘレンは二枚の紙を重ねた。

指先が、その端に触れる。


「……会う方法、ね」


小さく呟いた。

エリックとケイトが、いつか顔を合わせる。

それは、まだ夢物語にすぎない。

ヘレンは重ねた紙を見つめたまま、しばらく動かなかった。


(第十二章 了)


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