第22話 この結婚には、もう一つの理由があった
# 第22話 この結婚には、もう一つの理由があった
バルド子爵が捕らえられてから、一週間。
公爵家には、ようやく穏やかな時間が戻っていた。
エレノアへの疑いも晴れ。
不正取引の全容も、ほぼ明らかになった。
けれど。
レオンハルトの手元には、一つだけ残っているものがあった。
バルドの帳簿から見つかった。
一枚の古い記録。
「……これを見てほしい」
夕食後。
レオンハルトはエレノアに、その書類を渡した。
「これは?」
「私たちが結婚することになったときの記録だ」
「結婚の……?」
エレノアは書類を読む。
そこには。
グランヴィル公爵家とエレノアの実家との間で交わされた、古い覚書が記されていた。
「これは……」
「私も、今日まで知らなかった」
エレノアは読み進める。
そして。
一つの名前に目を止めた。
「ローディア侯爵家……?」
「ああ」
「どうして?」
レオンハルトは答えた。
「私たちの結婚を強く推していた人物の名前だ」
「……誰ですか?」
「私の叔父だ」
エレノアは顔を上げた。
「叔父様が?」
「父が亡くなったあと、私の後見をしていた人物だ」
「では……」
「私と君の結婚は、両家だけで決めたものではなかった」
エレノアは書類を握りしめた。
「最初から……誰かが仕組んでいた?」
「そういう可能性がある」
◇
翌日。
二人は王宮を訪れた。
国王の許可を得て、当時の記録を調べるためだった。
「これが、当時の婚姻に関する記録です」
王宮の記録官が古い文書を並べる。
エレノアは一つずつ確認していった。
「……おかしい」
「どうした?」
「この日付です」
エレノアが指を差す。
「私の父が婚姻を了承するより前に、すでにグランヴィル家から王宮へ婚姻の申請が出されています」
レオンハルトも確認する。
「本当だ」
「つまり」
「私たちが結婚を決める前から、話は進められていた」
「はい」
エレノアの胸に、嫌な予感が広がる。
「では、私たちは……」
「利用された可能性がある」
レオンハルトが答えた。
「何のために?」
そのとき。
記録官が一枚の書類を取り出した。
「もう一つ、こちらを」
古い書簡だった。
差出人は。
レオンハルトの叔父。
そこには。
『両家を結びつけることで、グランヴィル家の財産とエレノア嬢の実家が持つ商業権を一つにまとめることができる』
そう記されていた。
エレノアの顔が強張る。
「財産……」
「商業権……」
二人は顔を見合わせる。
つまり。
この結婚には。
家同士の利益をまとめるという目的があった。
「……やっぱり」
エレノアが呟く。
「私は、ただの駒だったんですね」
「違う」
レオンハルトがすぐに否定する。
「少なくとも、私は君を駒だと思ったことはない」
「でも、結婚そのものが……」
「最初はそうだった」
レオンハルトは苦しそうに言った。
「それを否定することはできない」
エレノアは俯いた。
政略結婚。
その言葉が。
今になって、また胸に刺さる。
「私は……」
エレノアの声が震える。
「あなたと出会ったことまで、誰かに決められていたみたいで……」
「エレノア」
「もし、あの人たちがこの結婚を決めなければ」
涙が落ちる。
「私たちは、出会っていなかったのかもしれません」
◇
レオンハルトは何も言わなかった。
そして。
静かに彼女の前へ立った。
「それでも」
エレノアが顔を上げる。
「私は、君と出会えたことを後悔していない」
「……」
「最初の結婚が政略だったとしても」
レオンハルトは彼女の手を取る。
「二度目は違う」
「……」
「君が私を選んだ」
エレノアの瞳が揺れる。
「そして私も、君を選んだ」
「はい……」
「誰かに決められた未来ではない」
レオンハルトは、彼女の指にある指輪を見る。
「今の私たちを決めているのは、私たち自身だ」
エレノアは涙を拭った。
「……そうですね」
「だから」
レオンハルトは微笑んだ。
「過去に誰が何を企んでいたとしても、今さら私たちの人生まで決めさせるつもりはない」
「はい」
エレノアも頷いた。
◇
その日の夕方。
二人は王宮から戻った。
屋敷の前に、一人の男が立っていた。
「……叔父上」
レオンハルトの声が低くなる。
そこにいたのは。
かつてレオンハルトの後見人だった男。
アルベルト公爵だった。
「久しぶりだな、レオンハルト」
「なぜここへ?」
「少し話をしたい」
「話すことはありません」
「そう冷たくするな」
アルベルトはエレノアを見る。
「それとも、公爵夫人には聞かせられない話かな?」
エレノアの表情が曇る。
レオンハルトが前へ出る。
「彼女の前で話せ」
「……なるほど」
アルベルトは薄く笑った。
「随分変わったな」
「何がです?」
「昔のお前なら、私の言うことに逆らわなかった」
レオンハルトの目が冷たくなる。
「もう昔の私ではありません」
「そうか」
アルベルトはエレノアを見る。
「では、彼女にはすべて話そう」
「……」
「なぜこの結婚を進めたのか」
エレノアが息を呑む。
「そして」
アルベルトが続ける。
「なぜ、お前が彼女を愛するようになることを、私は予想していなかったのか」
レオンハルトの表情が変わった。
「どういう意味だ?」
「それを今から説明しよう」
アルベルトは笑った。
「君たちの結婚には、もう一つ理由があったんだ」
風が吹く。
エレノアの髪が揺れる。
レオンハルトは彼女の手を握った。
今度は。
何を聞かされても。
二人で向き合う。
そう決めて。
アルベルトを屋敷へ招き入れた。




