表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/23

第14話 君の隣を、もう一度

第14話 君の隣を、もう一度


 離縁届を破ってから、三日が経った。


 屋敷の中に、大きな変化があったわけではない。


 エレノアはこれまで通り、自分の仕事をする。


 レオンハルトも公爵としての務めを果たす。


 けれど。


 二人の間には、以前にはなかった小さな変化が生まれていた。


「エレノア、今日は午後から王都へ行くのか?」


「はい。商会との打ち合わせがあります」


「そうか」


 以前なら、そこで会話は終わっていた。


 今は違う。


「帰りは遅くなる?」


「夕方には戻る予定です」


「分かった。気をつけて」


「ありがとうございます」


 たったそれだけ。


 それだけなのに。


 エレノアは、少し嬉しかった。


 自分の予定を管理されているのではない。


 自分を気にかけてくれている。


 そう感じられるからだ。


     ◇


 午後。


 エレノアは商会を訪れていた。


 先日の若い商会主、アーネストとの打ち合わせだった。


「こちらが新しい販路の案です」


「ありがとうございます」


 書類を受け取り、内容を確認する。


「とても良いですね」


「奥様が以前おっしゃっていた通り、王都だけではなく地方にも――」


 そこまで話したところで。


「……エレノア」


 背後から声がした。


 振り返る。


「旦那様?」


 レオンハルトが立っていた。


「どうしてこちらへ?」


「近くで仕事があった」


「そうでしたか」


 アーネストが立ち上がる。


「公爵閣下、お久しぶりです」


「ああ」


 レオンハルトは軽く頷いた。


 以前なら。


 この状況だけで、不機嫌になっていたかもしれない。


 けれど。


 今日は違った。


「エレノア」


「はい?」


「話の邪魔をしてすまない。終わるまで外で待っている」


「え?」


「急ぐ必要はない」


 そう言って。


 本当に部屋の外へ出ていった。


 エレノアは思わず扉を見つめた。


「……変わられましたね」


 アーネストが呟く。


「え?」


「以前お会いしたときとは、随分印象が違います」


「そうでしょうか」


「はい」


 アーネストは微笑んだ。


「奥様を信じていらっしゃるように見えます」


 エレノアは返事をしなかった。


 けれど。


 胸の奥が少し温かくなった。


     ◇


 打ち合わせが終わる。


「お待たせしました」


「終わったか?」


「はい」


 レオンハルトは立ち上がった。


「帰ろう」


「はい」


 二人で馬車に乗る。


 しばらくして。


 レオンハルトが口を開いた。


「……嫉妬していた」


「え?」


「以前なら、あの男と話している君を見たら、きっと腹を立てていた」


「……」


「だが、今日はそうならなかった」


 エレノアが彼を見る。


「なぜですか?」


「君を信じたいからだ」


 その言葉に。


 エレノアは黙った。


「私は今まで、君を信じていなかったわけではない」


「はい」


「ただ、自分が傷つくことばかり考えていた」


 レオンハルトは窓の外を見る。


「君が私を愛していることを疑わなかったから、安心していた」


「……」


「そして、その安心に甘えていた」


 エレノアは何も言わなかった。


「今は違う」


 レオンハルトが彼女を見る。


「君が誰と話すかではなく、君自身を信じたい」


「……旦那様」


「それに」


 レオンハルトは少し笑った。


「君が私を選ぶかどうかは、私が決められることではない」


 エレノアは目を見開いた。


「最後に決めるのは君だ」


「……」


「だから私は、選んでもらえる男になる」


 その言葉に。


 エレノアの胸が大きく揺れた。


 以前のレオンハルトなら。


 自分が妻なのだから、離れていくことはないと思っていただろう。


 今は。


 自分の意思を尊重してくれている。


「……ずいぶん変わりましたね」


「そうか?」


「はい」


 エレノアは笑った。


「少しだけ、好きだった頃の旦那様に戻ったみたいです」


 レオンハルトの表情が止まった。


「……今」


「はい?」


「好きだった、と言ったか?」


「……」


 エレノアは自分の失言に気づく。


「忘れてください」


「無理だ」


「お願いします」


「無理だ」


 レオンハルトの顔に、初めて嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「君が私を好きだったことを、私は一生忘れない」


「……もう」


 エレノアは恥ずかしそうに窓の外を見る。


 その横顔を。


 レオンハルトは静かに見つめていた。


     ◇


 その夜。


 エレノアは自室で一人、鏡の前に座っていた。


 今日、自分が口にした言葉を思い出す。


『少しだけ、好きだった頃の旦那様に戻ったみたいです』


 違う。


 本当は。


 もっと別のことを言いたかった。


 ――今も、好きかもしれない。


 けれど。


 まだ怖い。


 また同じことになるのが。


 それでも。


 少しずつ。


 心はレオンハルトのもとへ戻り始めていた。


     ◇


 同じ頃。


 レオンハルトは執務室で一通の手紙を読んでいた。


 差出人は、ローディア侯爵家。


 エレノアとの縁談についてだった。


 そこには。


 『エレノア嬢が離縁を望まれる場合、正式に求婚する準備がある』


 そう記されている。


 レオンハルトは手紙を静かに折りたたんだ。


 以前なら。


 怒りに任せて破っていたかもしれない。


 だが。


 今は違う。


 エレノアが自分を選ぶかどうか。


 それは彼女の自由だ。


 だからこそ。


「……負けるつもりはない」


 誰に言うでもなく呟く。


 そして。


 明日、エレノアに伝えようと決めた。


 自分が公爵としてではなく。


 一人の男として。


 もう一度、正式に彼女へ求婚することを。


 政略ではない。


 家のためでもない。


 利益のためでもない。


 ただ。


 エレノアを愛しているから。


 そのために。


 レオンハルトは初めて、自分から未来を選ぼうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ