六
「では『鳴釜神事』をはあ1度、行うのじゃろうか?」
ぼくと宮司はT市の港で船を降り、消えずの火種を持って秦野家にやってきた。もう1度『鳴釜神事』をやると説明を受けた安夫の叔父が驚いてる。
「ああ。巫女の小夜子が関係しとるっちゅうこたー、鳴釜をやりゃー、ぜってー彼女の霊が訴えてくると思う。安夫さんを祈祷所に寝かせて行おう」
「安夫にとって危険じゃーねーじゃろうか?」
「じゃけど、離れに寝かせてーても重篤になっていくだけじゃ。医者も原因不明と言っとるんじゃろう? 麗子っちゅう女が見つからのうては、婚約破棄も出来ねーじゃねーか」
「たしかにそうじゃけど……では、やってみましょう。すぐに準備します」
「巫女の役目は風間さんにやってもらおう。うちらは2人で祈祷しょー」
「ええ! ぼくが巫女を……務まりますでしょうか?」
ぼくが巫女の役目? 無理ではないか?
「大丈夫じゃ。霊能力がある人がやったほうが結果がはっきり出るはずじゃ。むじーこたーあらん。釜を火にかけてセイロにキビを入れて混ぜるだけじゃろうから」
「はあ……」
ぼくが巫女役をやることになった。『鳴釜神事』の手はずを詳しく説明された。
すでに夜になっていた。祈祷所はぼくたちの手で掃き清められ、祭壇が整えられた。明かりは両脇に置かれた大きなロウソクのみだ。ぼくは白装束に、宮司と安夫の叔父も神官の格好に着替えた。叔母と4人で、安夫さんを布団ごと祈祷所へ運び入れた。彼はまったく目を覚まさない。高熱で唸り続けている。
安夫さんをかまどの前に寝かせ、その後ろに宮司と安夫の叔父が控えた。彼らが祝詞をあげはじめた。かまどの火はあらかじめ熾しておいてもらった。ぼくは白装束で口に布を巻いて前に進み出た。火を熾すフリだけして、かまどにかけられた大釜に井戸から汲んだ水を入れ、湯が沸くのを待った。その間も祝詞はあげられていた。安夫さんは唸り声を上げるのをやめた。
しばらくすると、釜に張った水から湯気が立ちはじめた。グラグラと煮え立つ湯気を確かめ、釜の上にセイロを乗せた。セイロがよく温まったところを見計らい、かまどのうしろに回り込んで蓋を開けた。脇に置かれたキビの入った茶碗を手に取り、一気にセイロに流し込んだ。箸で中身をかき混ぜ、再び蓋をした。
頭を垂れて音がするのを待った。いつの間にか祈祷の言葉は終わっていた。祈祷所の中は静まり返っている。
そのとき、とつぜん起きた不審な動きに顔を上げた。
セイロが揺れている! それは段々と激しさを増した。ロウソクの炎が2つとも、音もなく消えた。かまどの火の明るさだけで、祈祷所の中は一面の闇となった。
ボンッ!
「危ねーええええ!」
安夫の叔父が釜へ向かって駆け出してくるのと同時に、セイロが安夫さん目がけて飛んでいった!
ガーアアアアッ!
「こいつめ!」
ガガッ!
すんでのところで、宮司がそれを受け止めた! 危なかった。もう少しで、寝ている安夫さんの頭を直撃するところであった。
ぼくは、すぐにかまどの火をろうそくに移し替えた。あたりがろうそくの明かりに浮かび上がる。
かまどの周辺にはキビが飛び散っていた。
「ハアハア……隣村の、ありがとうじゃった。安夫! 大丈夫か!」
安夫の叔父が安夫さんに駆け寄って様子を見た。
「小夜子……小夜子……」
安夫さんは目を瞑ったまま、小夜子の名前を呼び続けている。
「ハアハア……けーは……風間さん、けーは相当に手つえー。おれらはこのまんま祈祷を続けょるけん、あんたは一旦、祈祷所を出てつかあさい」
宮司が祈祷所から出ていくように勧めてきた。
ぼくはすぐに外へ出た。
「ハアハア……」
「大きな音がしたんじゃが、大丈夫じゃったか?」
外で待機していた安夫の叔母が飛んできた。
「はい……セイロが安夫さん目がけて飛び出しましたが、なんとか宮司さんが食い止めました。ぼくだけ出るように言われました」
「安夫は?」
「まだ、あのままの状態です」
「そうじゃろうか……」
安夫の叔母が悲痛な表情で俯いた。
しばらくすると、宮司だけが出てきた。
「風間さん、すまねーが、この住所のところに行ってつかあさい。そこのお墓にお参りしてきて欲しいんじゃ」
宮司が差し出した古めかしい紙には、倉敷市内の住所が載っていた。
「これは……」
「あんたの先祖の墓じゃ」
「え! 本当ですか?」
「おれたちは交代で夜の間中、祈祷を捧げます。風間さんは今夜は寝てもろーて、朝になったら出掛けてつかあさい」
「わかりました。墓参りをすれば、何かわかるんですか?」
「あんたが行けば、やこーえーヒントがもらえるかもしれん。おれたちにゃー祈る以外に、はあ方法が思いつかねーのじゃ。よろしゅーお願い致します」
宮司に頭を下げられた。ぼくで役に立つのだろうか? だが、やるしかない。
家に電話を入れ、2、3日帰れないと告げた。珍しく父が在宅していたので、代わってもらった。
「父さん……岡山の祖父の墓へ行くことになりました」
「……そうか。父さんは自分のルーツに興味はない。だが、圭には霊能力がある。これも運命かもしれない。行ってこい。気をつけてな……」
「うん。ありがとう」
暗に結果は知らせるなと言われた。父は常から、自分の実家には興味がないと言っている。できたらぼくも知りたくない。でも、ぼくはきっと、関わらなくてはいけない運命なのだろう。
1晩寝て、翌日の早朝に出発した。安夫の叔母の話では、祈祷所の3人はあのまま無事に過ごせたそうだ。2人の宮司は交代で食事と仮眠を取り、そのまま祈祷所で安夫を見守るらしい。ぼくは安夫さんと宮司たちの無事を祈り、バスに乗って駅へ向かった。
駅のホームは通勤客でいっぱいだった。来た電車に飛び乗った。つり革に掴まっていると、開け放たれた車窓から初夏の香りが舞い込んできた。田植えが終わったばかりの青々とした水田が窓の向こうを通り過ぎていく。先祖の霊が呼んでいるのだろうか。ふるさとにやっと帰ってきたような、そんな懐かしさに自然と浸っていた。
先祖の名前らしき由来の駅で降りた。水田の広がる平野はベッドタウン化が進み、新興住宅が多く見られた。古代から人々が集中して住んでいたのだろう。遺跡がたくさん発見されている土地だ。駅から十分ほど歩いたところにある大きな公園の奥に、目当ての墓があった。朝が早いため、人はほとんどいない。有名な陰陽師の墓だった。苗字は合っているが名前が違う。この人がぼくの先祖なのだろうか? 墓に手を合わせた。特に何も感じられない。小雨が降ってきたようだ。肩が少し濡れはじめた。どうしたものかと目を瞑ったまま、考え込んでいた。
「おい! おい!」
「え?」
急にうしろから呼ばれた。目を開けて振り返った。水色の袴に白い着物を着た、長髪の男が立っている。
「……なんでしょう?」
「そっちじゃない! こっちだ」
「え?」
男が先に立って歩きはじめた。墓の脇にある細い道を進んでいく。慌てて後を付いていった。おかしい。小雨が降っているのに男はまったく濡れていない。それに、この声。ぼくのに似ている。ぼくの声は家族の誰とも似ていない。こんなによく似た声を持つ人物に出会えるとは。
袴姿の男は、林の奥にある朽ち果てた塚の前で立ち止まった。その石には、宮司に渡された紙に書かれていた名前が刻まれていた。
「ここが……」
「手を合わせろ」
「はい……」
偉そうな男の態度に釈然としないまま、塚の前で膝を折り手を合わせた。
「どうした? 何か困りごとか?」
「は? あの……あなたは……」
「おまえの先祖だ」
ふんぞり返って男が答えた。そういえば、ぼくによく似ている。だから声もそっくりなのか。
「ええ! じゃあ……幽霊?」
「失礼なことを言うな! 神さまみたいなもんだ」
「神さま? みたいなってことは違うのか? あの……お世話になった祈祷師さんの息子が危ないのです」
「そうか……では、一緒に行ってやろう」
「ええ! その格好のままですか? 目立ちますよ!」
「おまえは、バカか! おまえ以外の人間に見えるわけがなかろう!」
「そうでした……では、行きましょうか……あれ?」
気がつくと男は消えていた。小雨も止んでいた。一緒に行ってやると言ってくれたからたぶん、見えないが付いてきてくれるのだろう。そう信じ、秦野家へ帰ることにした。
駅へ戻るため、公園内をいそぎ足で横切った。子連れの人が出はじめてやっと公園らしくなってきた。この奥にあんな古ぼけた塚や袴姿の男がいるなんて、誰も信じないだろう。御先祖様が安夫さんを助けてくれるかもしれない。希望を胸に公園をあとにした。
帰りの電車は空いていた。田園風景を眺めながら、祭ずしの駅弁を食べた。どうかみんな、無事でいてくれ。
午後になり、秦野家に到着した。門をくぐると宮司が飛んで来た。心待ちにしていた様子だ。
「風間さん! お帰りなさい! どうじゃったか!」
「はい。御先祖様に会えました。付いて来てくださったはずです」
「ほんまじゃろうか! せーはよかった! えれーじゃろう? とりあえず部屋でゆっくりしてつかあさい! 奥さん! 風間さんが帰られたんじゃよ!」
奥から安夫の叔母が飛んできて、ぼくを家に招き入れた。宮司に、先祖の墓であった出来事を話した。
「せーは心つえー」
「さっそくですが、祈祷所へ行ってもいいですか?」
「そうしょー」
ぼくは宮司と祈祷所へ向かった。宮司が戸を開けると、中から安夫の叔父が出て来た。目の下が真っ黒で、憔悴しきっている。ぼくを見て、ほっとした表情を浮かべた。
「風間さんが、御先祖様を連れて来てくださったぞ!」
宮司がうれしそうに安夫の叔父に伝えた。
「ほんまじゃろうか? せーは助かった! 安夫は小夜子の名を連呼するだけで、水も飲んでくれんのじゃ。さっき、医者が来て点滴だけしていきたんじゃ……」
「風間さん、いるんじゃ」
「はい」
ぼくは宮司さんと一緒に祈祷所へ入った。そのときスッと上着の裾を引っ張られた。振り向くと、さっきの袴姿の御先祖様が立っていた。
「あ!」
「どうかされたんじゃか?」
宮司が振り返り、ぼくに聴いてきた。
「はい。ここに御先祖様がいるんです」
「そうじゃろうか……おれにゃー見えませんな。やこー言うておられますか?」
「うちも見えません。安夫のことをやこー言っとるか?」
宮司にも安夫の叔父にも、御先祖様は見えないらしい。こんなにハッキリと姿を現しているのに。
「おまえにしか見えないと言っておろうが!」
御先祖様がイライラしながらそう言った。
「はあ……」
「ここは禍々(マガマガ)しい雰囲気だから入りとうない!」
「そんなわがまま言わないで、協力してくださいよ」
「協力はする。祈祷所の中に犬の首がある。それと小夜子の霊が共鳴しているんだ」
「え? 犬の首が?」
「風間さん、犬の首ってなんじゃろうか?」
安夫の叔父が犬の首という言葉に反応した。
「御先祖様が、祈祷所の中に入りたくないと……」
「そうじゃろうか……実は、あのかまどの下にゃー、ウラを食べた犬の首が埋まっとると言い伝えられとるんじゃ」
「そうなんですか? 御先祖様が、犬の首と小夜子さんの霊が共鳴していると言っています」
「どうしたらええんじゃろうか?」
「あれ?」
振り返ると、御先祖様はまた居なくなっていた。まったく、肝心なところで居なくなる人だな!
「すみません……御先祖様が、また消えてしまいました……」
「そうじゃろうか……隣村の宮司さま。今の話からやこーわかるんじゃか?」
安夫の叔父が宮司に尋ねた。
「さあ……岡山は犬神はいねーからな……」
宮司が犬神の名を出した。
「犬神? 犬神なんですか?」
「犬の首ならそうじゃろう。じゃけど、岡山はお狐さまはいるが、犬神はいねー」
「犬神……そうだ!」
ぼくは四国の塩岡先輩のことを思い出した。犬神なら、彼が専門だ!
「ぼくの先輩に四国の犬神に詳しい先輩がいます。その人に聴いてみましょうか?」
「ほんまじゃろうか? ぜひ、聴いてみてつかあさい。犬神はでーれー恐いもんじゃと聴いておるんじゃから」
「はい! わかりました」
ぼくは早速、塩岡先輩へ電話した。
「もしもし! ぼくです! 風間です!」
『風間くん? 慌てているみたいだね? どうしたんだい?』
「実は……」
手短に、岡山での出来事を話した。
『そうか……こちらには、犬神を払う神社があるが……』
「どうしたらいいでしょうか?」
『犬の首を掘り出すわけにはいかないのかな?』
「犬の首を?」
『ああ、今はそれが得策だと思う。調べて折り返し掛けるよ』
「わかりました。ありがとうございました。よろしくお願い致します」
電話を切ると、安夫の叔父に聴いてみた。
「犬の首を掘り出せますか?」
「かまどの下からじゃろうか……罰当たりな行為かもしれんが、せーで安夫が助かるなら、そうしょー。たとえ神社がダメになっても、安夫の命のほうが大事ですじゃ」
すぐに近所の土建業の人にお願いしてかまどの下を掘り起こすことになった。宮司と安夫の叔父がお払いをしてから、作業は進められた。安夫さんは祈祷所の隅にそのまま寝かされた。相変わらず高熱が続いていて、目を覚ます気配は一向にない。小夜子、小夜子とうわごとを言い続けている。
かまどの一メートルほど下から、古い犬の頭蓋骨が見つかった。宮司たちがそれを白い桐の箱に納めて祈祷をはじめた。かまどは元の姿に戻された。作業が終わるころ、日がとっぷりと暮れていた。宮司たちの祈祷は続いている。ぼくは母屋に戻り夕食を頂いた。ちょうど夕飯を食べ終えたとき、塩岡先輩から電話が掛かってきた。
「はい、風間です」
『風間くん? 塩岡です』
「わざわざ、すみません。何かわかりましたか?」
『ああ……犬の首は明日、取りに行く。住所をメールで教えて欲しい。それと……寝込んでいる人は命が危ないそうだ。今日が峠だ。死んだ女が訪ねて来ても、決して祈祷所の戸を開けるなと言われた』
「今日が峠? そんな……。わかりました。気をつけます。ありがとうございました」
『ああ……気を引き締めていけよ』
「はい。今度こそ、守ってみせます」
二度と、あきらくんの二の舞はしたくない。ぼくは電話を切ると、塩岡先輩に秦野家への行き方を説明したメールを送った。すぐに祈祷所へ向かい、宮司と安夫の叔父に塩岡先輩からもたらされた情報を伝えた。今夜一晩、力を合わせて安夫さんを守ろうと3人で固く決意した。
御先祖様はいくら呼び掛けても応えてくれない。自分でやるしかないのだ。
ホーホー、ホーホー。
夜が更け、東の空に半月が浮かびはじめた。遠くからふくろうの声が聴こえてくる。初夏とはいえ、夜はだいぶ冷える。安夫の叔父と宮司が、仮眠を取りながら交代で祈祷を続けている。ぼくは白装束で、宮司たちのうしろに寝かされている安夫さんの様子を伺っていた。だいぶ落ち着き、うわごとを言わなくなった。
夜中の2時に差し掛かった。あくびを噛み殺していると、安夫さんが突然に起き上がり、戸へ向かって突進していく!
「安夫!」
「安夫さん!」
「待て!」
ぼくらはいそいであとを追い、安夫さんの体に手を掛けた。
「小夜子が! 小夜子が待っとるんだ! 放せ!」
安夫さんが腕を振り回し、激しく抵抗してきた。
「小夜子は死んだ! おめーは生きのうてはおえんんだ!」
安夫の叔父が、彼を怒鳴りつけた。
「や! 小夜子が死んだとき、うちも死んだ! 放せ! 小夜子と行くんだ!」
男3人で押さえつけたが、安夫さんの力はものすごかった。人間の出せるものとはとても思えない。
「安夫!」
「安夫さん!」
「しっかりせー!」
トントン、トントン。
そのとき、外から戸を叩く音がした。こんな真夜中に、誰が?
「安夫さん……迎えに来ましたよ……」
女の声がする。ぼくがゆうべ出会った巫女の声にそっくりだった。
「おのれ! 妖怪め!」
宮司が戸に向かって、祈祷をはじめた。
「小夜子! ここだ! 小夜子!」
安夫さんがぼくらを振り切り、戸を開けようとする!
トントン、トントン。
「安夫さん……安夫さん……」
トントン、トントン。
「小夜子! 小夜子!」
安夫さんは半狂乱のようになり、バタバタと手足を振り回して暴れ出した! ぼくらも必死だった! 絶対にモノノケに安夫さんを引き渡すものか!
しばらくすると、戸を叩く音も、安夫さんを呼ぶ女の声もしなくなった。よかった。あきらめてくれたのだろうか? 腕時計を見ると、十分も経っていなかった。
――ところが、このような騒動が、1晩のうちに何度もくりかえされたのだった。
トントン、トントン。
「安夫さん……安夫さん……」
「小夜子! 小夜子!」
トントン、トントン。
ふとんから起き上がろうとする安夫さんを、皆で何度も押さえつけた。そのくりかえしに、ぼくたちはヘトヘトになってしまった。
トントン、トントン。
「安夫さん……安夫さん……ここを開けちんちゃいや! お願い……」
トントン、トントン。
「安夫さん! なんで、ここを開けてくれんのん? ウチが嫌いになったん? ウチはずっとここで待ちょぉるんに……」
トントン、トントン。
「安夫さん! 開けちんちゃいや! あの女が好きになったのね! おのれ、裏切ったな! 絶対に許すもんか! 絶対に殺しちゃる!」
トントン、トントン。
「開けろー! 安夫! あんたを許すもんか! この牙で八つ裂きにしちゃる!」
小夜子の声音は、時間が経つに連れ段々と恐ろしいものに変わっていった。そのころには、ぼくたちは精も根も尽き果て頭が朦朧としていて、何がなんだかわからない状態に陥っていた。体力の限界がきていたのだ。
『コケコッコー!』
「1番鶏だ! 1番鶏の鳴き声だ!」
ボウッとした頭で、そう呟いていた。
「風間さん! このあたりでニワトリをこーとるうちはいません! 魔のまやかしです」
安夫の叔父がぼくにそう言った。
「ああ。ぜってーに戸を開けてはならんぞ!」
宮司がきつい目をしてぼくを制する。彼もやつれ、疲れ果てている。ぼくらは3人とも憔悴しきり、今にも倒れそうだった。
反対に安夫さんは正気づいていて、布団の中で小夜子の声にビクビクと震えあがっていた。小夜子の霊は戸を揺らしたり壁を這いずり回って屋根の上で喚いたりと、外で暴れまくっていた。しまいには、ガタガタと祈祷所の建物全体を揺らしはじめた。
夜がずいぶんと長く感じられた。時計を見ると、まだ1時間も経っていなかった。時間の流れが明らかにおかしい。ぼくたちは魔の世界に迷い込み、このまま永遠に出ることが出来なくなってしまったのだろうか。
気が付くと、いつの間にかウトウトと眠っていた。冷たい風で目が覚めた。
「風……まさか!」
いつの間にか、祈祷所の戸が開いていた! 外はまだ薄暗い。夜が明ける少し前の明るさだ。いそいで戸へ走り寄った。外に誰かいる! 小夜子だった! 青白い顔で巫女の格好をしている。
「安夫さんは……」
「もう、やめてください!」
いそいで戸を締め、うしろを振り返った。2人の宮司は床に倒れていた。奥の布団が盛り上がっている。よかった! 安夫さんは無事だ。布団のそばへ駆け寄った。
「安夫さん! 大丈夫ですか?」
布団を剥いだ。
――だが、そこには。
「アハハハハ! アハハハハ! ざまあみろ! 魔に対抗するからだ!」
小夜子が居た!
ぼくは驚愕して震えあがった。
小夜子が目も耳も吊るしあがり、人間とはとても思えない恐ろしい形相をしていたからだ。




