五
ギャーギャーと海鳥が鳴くなか、船は快適に進んだ。良いお天気で気持ちが良い。神主の息子さんはよく日に焼けているたくましい男性だった。ぼくは警察から、岡山から出ないようにと言われている身だが、広島の島に行く程度なら差し支えはないだろう。
「M島にゃー、すぐに着きますじゃ。着いたらすぐに昼メシにしょー」
「はい」
小さな島々の間を抜け、船がM島に到着した。有名な島なので、観光客があふれていた。神さまの島なので鹿がたくさんいる。
ぼくと宮司とその息子は船を降り、島の定食屋であなごめしを食べた。瀬戸内海で獲れるあなごは有名だ。うな重のようにほかほかのご飯の上に、焼いたあなごがのっていた。あなごは香ばしく、たれの味が絶妙だった。
食事を終えると3人で海岸線沿いを東方向へ向かった。5分ほど歩いたところに小さな神社があった。境内に初老の神官が立っている。
「こんにちは。久しぶりだな」
宮司があいさつをした。
「こりゃぁこりゃぁ……急に、どうされたんか」
「安夫さんが熱だして倒れとる」
「安夫が……そちらのお方は?」
「こちらは東京から来た風間さんじゃ。吉備の末裔の……。安夫さんの夢枕に父親が立ち、彼を呼んだそうじゃ」
「吉備ん? ほうか……そーゆやぁ、風間さんの声は吉備様にそっくりじゃのぉ」
ぼくが吉備の末裔? こちらの宮司さんも祖父のことを知っているみたいだ。
「どうぞ、3人ともお上がりちょうだい」
「では、風間さん、上がらせとっただこう」
ぼくたちは靴を脱ぎ、神社の中へ入らせていただいた。奥に小さな神棚があり、その裏が住居になっていた。1人暮らしのようだ。
「安夫さんの婚約者が昨日、『鳴釜神事』のあと失踪した。その女は神事の最中に倒れた。安夫さんは昨日から熱をでーて寝込んでる」
「釜は鳴らんかったと聴いとる。風間さんは、なんでこちらに?」
「彼は……昨日の夜中、祈祷所の前で小夜子さんにおーたんじゃ。安夫に約束を守って欲しいと言っとったそうじゃ」
「なんだっちんちゃいや! 小夜子に? 風間さん! 小夜子は……小夜子はどーよぉな様子じゃったか!」
突然、小夜子の父親が興奮してぼくに詰め寄った。目には涙を浮かべている。無理もない。最愛の娘の話だ。幽霊だとしても知りたいはずだ。
「あの……暗くてよくわかりませんでしたが、巫女の姿をしていました。寂しそうに、あの人に約束を守るように言ってくれ、さもないと……その続きは言いませんでした」
「そうか……じゃぁ、小夜子は今でも安夫を……」
「約束とは、なんでしょうか?」
「約束ってゆーなぁ、小夜子がいまわのきわに安夫に取り付けたもんじゃ。決して再婚はせんでくれと」
「そうでしたか……では、安夫さんが婚約者と再婚するとよくないことが起きるということでしょうか?」
「ほうかもしれん。小夜子は情の深い子じゃったんじゃ。安夫のことをそりゃぁこまい頃から好きじゃった。安夫もそうじゃったんじゃ。2人はそりゃぁ仲のええ夫婦じゃった」
「安夫さんは、これからどうしたらいいんでしょうか?」
「……もう1度『鳴釜神事』をやったらどうじゃろうか。それぐらいしかおれにゃぁわからん」
「鳴釜をもう1度……」
それ以上は小夜子さんの父親もわからないようだった。ふと見ると、棚の上に女性の写真が飾ってある。ぼくが昨日、祈祷所の前で会った巫女さんだ。やはり、彼女が小夜子さんだったのか。その隣の写真は小夜子さんにそっくりの女性だ。彼女の母親だろう。2人とも若くして亡くなってしまったのか。ぼくは小夜子さんの父親のためにも、安夫さんの命を守らなければいけないという使命感に燃えた。
ぼくと宮司さんはすぐに神社を辞した。小夜子の父親は深い悲しみに沈んでいた。彼に知らせるにはコクな内容だったのだろうか。
「風間さん、火種をもろぉてきた。本物は裏山のてっぺんにありじゃが、こちらの神社が常に種ひゅー持っとるのじゃ。これでもう1度『鳴釜神事』をやりましょう。それしかありゃぁせん」
「ぼくにはよくわかりませんが、それが安夫さんの回復に繋がるなら、やりましょう」
「安夫さんのところに行きましょう。おれもつれのーていきます」
「はい」
ぼくたちは船着場へ戻り、漁船でT市へ戻ることにした。波は穏やかで、海は相変わらずキラキラと光り輝いていた。赤い鳥居を遠く背にして瀬戸内海の島々の間を縫いながら、船は快適に海の上を進んでいく。こんなに明るくて美しい場所にいるのに、なぜいつも悲しい事件に巻き込まれてしまうのだろうか。
秦野家に電話を入れた。安夫さんはいまだ起き上がれず、麗子さんは失踪したままだった。




