四
麗子さんは母屋の奥にある離れに寝かされていた。
昼食後、やることがないので蔵で古文書を見せてもらった。神社のある旧家だけに、興味深い文献がたくさんあった。夢中になって書物をあさっていると、あっという間に夕方になってしまった。
カアカア、カアカア。
カラスの鳴く赤い空に夕日が沈んでいく。
蔵を出て祈祷所の前を通り、反対側の母屋へ帰ろうとした。
「麗子さーん!」
「どこに行ったんじゃ、麗子さーん!」
「羽鳥さーん!」
皆が庭に出て、麗子さんを探している。
「どうしました?」
「風間さん! 麗子さんが居なくなってしもーたんです!」
安夫さんが蒼い顔をして飛んできた。
「え? 麗子さんが?」
ぼくも一緒に麗子さんを探したが、彼女はどこからも見つからなかった。昼までは離れに居たそうだ。少し眠るから誰も来ないでくれと言われ、安夫さんたちは離れから外へ出た。さきほど安夫の叔母が様子を見に行ったところ、離れはもぬけの殻だった。
すぐに警察に通報し、村人が総出で麗子さんを探しはじめた。ぼくも裏山や海沿いの崖下まで探しにいった。
麗子の父親もやってきた。でっぷりと太った初老の男性で、蒼い顔をしてひどく取り乱していた。
「秦野さん! 麗子は……麗子は、どこにもいないのですか? 海は? 海はさらいましたか!」
「全部調べたんじゃが……どこにもいません」
安夫の叔父がすまなそうに答えた。麗子の父親は、がっくりとうなだれた。
「麗子……麗子……」
麗子の父親の落胆ぶりといったらなかった。気の毒で見ていられなかった。
警察が捜索しても一向に麗子さんは見つからなかった。ぼくも関係者ということで、岡山から出られなくなった。家族に電話で、もう1泊する旨を伝えた。母と姉がひどく心配していた。
ところが夜中になり、今度は安夫さんがいなくなった。総出で探すと、祈祷所の入り口で倒れていた。すぐに離れへ寝かされた。高熱でうなされている。医者が来たが命に別状はないということで、解熱剤だけ打って帰っていった。安夫の叔父夫婦が付き添った。
すでに夜中の2時を過ぎていた。離れから母屋へ戻ろうと祈祷所の前を通り掛かると、入り口に巫女が立っていた。
「あれ? こんばんは。どうされました? てっきり、あなたは島に帰られたのかと思っていましたよ」
巫女に近づき、声を掛けた。
「ウチは帰っとらん。あがぁなぁに伝えてぇや。約束を守ってぇやと。でないと……」
巫女が聞き取れないほど小さな声で返事をしてきた。
「でないと?」
巫女の最後の言葉をくりかえした。そのとき気がついた。夜中の2時に、巫女がこんなところに1人で立っているのはおかしい。彼女の顔を見返した。うりざね顔にほっそりとした美人だ。昼に祈祷所で鳴釜をしていた巫女は、果たしてこんなに若かっただろうか? 彼女は寂しそうに笑うと、祈祷所の中へと消えていった。
「え?」
目の前の戸は閉まったままだ。大きな錠前が掛けられている。背筋がゾーッとした。
そそくさとその場をあとにして、部屋に帰り寝てしまった。
翌日。
安夫さんの熱は一向に下がらない。安夫の叔父夫婦は蒼い顔で枕元にずっと侍っている。麗子さんも見つからない。皆が困り果ててしまった。
急に、昨日の鳴釜で声を掛けてくれた隣村の宮司に会いたくなった。早速、行ってみることにした。安夫さんの叔父に行き方を教わり、朝食後すぐに隣村へ出発した。
海辺のバス停から乗車して、3つ先の停留所までバスに揺られた。3つといっても田舎なので1つの停留所の距離が長い。魚の大群が押し寄せているのだろう。キラキラと太陽の照り返す海の真ん中に、ギャーギャーとかもめの群れが集まっている。ポカポカとしてとても気持ちが良い。開けた窓から涼しい風が流れ込んでくる。このような旅でなければ、どんなにか楽しい気分になれたことだろう。遠くの島をボウッと眺めているうちに、目的の停留所へ着いた。
宮司がいる神社は、バスを降りて5分ほど登った小高い山の上にあった。昨日の老人が境内をホウキで掃いていた。
「おはようございます。昨日、あいさつさせていただいた風間です」
「風間さん! どうされたんじゃ?」
「実は……秦野家から行方不明者が出たんです。熱で倒れた人もいて……」
「そうじゃろうか……昨日は釜が鳴らなかったけんしんぺーしとったんじゃ。なけーどうで。ばあさん! お客さんじゃ! 風間さんの息子さんじゃ!」
「あの……おかまいなく……」
宮司は神社の裏にある住居に案内してくれた。高台にある家の窓からは、瀬戸内海の風景が一望できた。
「いいところですね……」
「ああ。神さまからの恵みじゃ。ところで、行方不明者より倒れた人物が気になる。でーだ?」
「亡くなった祈祷師さんの息子の秦野安夫さんです」
「そうか……せーで? やこー見たのか?」
「実は……夜中に祈祷所の前で巫女の幽霊を見ました」
「うーん……巫女か?」
「たぶん……安夫さんの亡くなった奥さんではないかと……」
「ああ、そうじゃったな。やこー言うてたんじゃか?」
「約束を守るように安夫さんに言ってくれと……」
「そうか……死んだ者はわがまんまじゃけんな。そのときの想いが強すぎるんじゃ。女は特にな……」
「どうしたらいいんでしょうか?」
「そうじゃな……あんた、今から巫女の島へ行ってみねーか? 倅に船をでーてもらうから」
「広島のM島へですか? 行っても構いませんが……」
「ああ。せーがええ。やこーわかるかもしれん」
宮司の提案でM島へ行く事になった。着物からシャツとズボンに着替えた宮司と、すぐに神社を出発した。今日のぼくの服装は一昨日と一緒で、萌黄色のジャケットにストライプのシャツとグレーのズボンだ。
船着場に到着すると、電話で連絡を受けていた宮司の息子が漁船で待ち構えていた。宮司の家は漁師だ。
「この漁船でM島へ行き、帰りはT市の港へ寄るんじゃ」
「わかりました。よろしくお願い致します」
ボッボー!
漁船の上げた汽笛が一段と高く、瀬戸内の海に響き渡る。船は速度を上げ、一気に港の外へと進んでいった。




