十七
風間が大神家の階段の下へ駆けつけたとき、あきらは満月の下に横たわっていた。首にはグッサリと、鏡のように輝く刺刀が突き刺さっていた。
神々しいまでのその笑顔は、彼が死を素直に受け入れたことを物語っていた。
「間に合わなかったか……あきらくん……」
風間の胸に、あとからあとから激しい後悔の波が押し寄せてきた。溢れる涙をおさえることが出来ずに、いつまでもいつまでもその安らかな死に顔を見つめていた。ぼくは彼の最後の1週間に、勝手に参加しただけだ。短い生を懸命にまっとうした彼に、果たしてぼくは、何かを残してあげることができたのだろうか?
『人の運命にゃーほんまは介入せん方がええんじゃ。運命を変えるこたーできん。たとえ寄り道をしたとしても、時はぜってー元の道を求める。逆ろーてはおえんんじゃ。圧力が増すからな』
風間は、いまは亡き行者さんに問いたい気持ちでいっぱいだった。あなたは負けると知っていたのに、魔との闘いに最期の最期まで挑んでいった。悲惨な最期を迎えるとわかっていたのに、なぜ大勢の人々を助けようとしたのですか? それなら、ぼくは? ぼくはこれから、どうしたらいいのですか?
行者さんの言葉が再び甦る。
『不思議な力は人のためにつこーてこそ生かされるんじゃ。おめーはそのために、霊感を持って生まれてきたんじゃ』
そのとき、1つの影が目の前を通り過ぎていった。風間はいまがそのときだと確信すると、影を追いかけクスノキの下まで辿り着き、祠にお札を貼り付けた。もしかしたら、いま封印したモノは魔ではなくあきらくんの霊だったのかもしれない。どちらにせよ、18歳で死ぬという恐怖に耐えながら生きてきたあきらくんの魂を、いまは安らかに眠らせてあげたい。風間はそう願わずにはいられなかった。
「やっぱり、出ない! キラのやつ、ぜったいまだ寝てる!」
「吉村くん、どうしようか?」
吉村と優子はスナック『トワイライト』の前であきらが来るのをずっと待っていた。日はとっくに暮れていた。
「ここのスナックってキラのおばさんの店だろ? ちょっと中で待たせてもらおうぜ!」
「ええ! 大丈夫? スナックだよ?」
「いいじゃん、別に! 酒を飲むわけじゃねえんだから。それに、キラが遅くなったら中で待っててくれって言ってたぜ!」
「そうなの?」
トントン!
優子が戸惑っている間に、吉村がドアをノックした。
トントン! トントン!
「あれ? いねえのかな? 今日、休み? すいませーん! あっ! 開いてる!」
「ちょっと! 吉村くん、やめなよ!」
「だって……あれ? おい! 見てみろよ! なか、すげえぞ!」
「え?」
2人が『トワイライト』の中を覗いてみると、まるでドロボウにでも入られたかのように鍋や包丁、野菜などの食べ物までもが店中に散乱していた。
「なに、これ? あっ! 冷蔵庫が開けっ放しだぞ!」
「ちょっと、ちょっと! 不法侵入はやめなよ! 吉村くん!」
勝手に『トワイライト』へ入っていく吉村を追いかけて、優子もそれに続いた。店の中は足の踏み場もないほど物が散乱していた。
「だって……え?」
「なに? どうしたの?」
吉村のうしろから、優子も一緒に冷蔵庫を覗いた。
「ぎゃああああっー!」
「いやああああっー!」
そこには、切り刻まれたスナック『トワイライト』のママと客の江波の姿があった。
その後の調べで、スナック『トワイライト』のママと江波は、あきらの母親に隠れて付き合っていたことが判明した。ママが殺されたのはあきらの死ぬ10日前だった。店はずっと開かれていなかった。江波はあきらの母親と隣り駅の料理屋で目撃されたのを最後に、スナックの店内で殺されたものと思われる。
大神家の客間から、喉を切り裂かれたあきらくんの祖母の死体が発見された。警察から戻ったあきらくんのお母さんが、ふとんで寝ているところを襲ったものとみられている。
あきらくんのお母さんは大神家の玄関に真っ赤なスカートをひるがえし、人形のように仰向けに倒れ、頭から血を流して死んでいた。空を掴むように両手を上げたままだった。
彼女の魂は、何にタマノリしたのだろうか。
「なあ、知ってるか? あの、イタメールのうわさ?」
「知ってる、知ってる! あれでしょ? たそがれどきになると、やってくるやつ! キラキラスターから!」
「そうそう! 最近、そのメールを開けると、音も一緒に聞こえてくるんだって!」
「どんな?」
『殺す殺す殺す殺す……殺す殺す殺す殺す……』
カシュッ、カシュッ、カシュッ、カシュッ。
カシュッ、カシュッ、カシュッ、カシュッ。
(たそがれどきにそれはやってくる おわり)




