第11話 二つの勲章 帝国暦227年4月
1
停戦から三週間ほどが経っていた。
公都ラドムイシュの公邸、かつて舞踏会にも使われたという大広間には、戦時中は蜘蛛の巣が張っていた大燭台のすべてに火が入れられていた。天井の高い一室に、大公の一族、大臣、公国軍の将官が並び、ギュンターは大公の正面に立たされ、居心地の悪さを持て余していた。列席者の視線が、外国人の自分ひとりに集まっているのが分かる。
ラドムスキ大公ヤンが進み出た。この国に来て謁見したときは、怨霊と見紛うほどだった男が、初めて笑っていた。
「帝国義勇士官、ギュンター殿。ヴロンキ会戦における貴官の類稀なる奮戦は、我が公国反攻の一大転機となり——」
授与の言葉は、ギュンターの功績を、停戦まで、順を追って——時にかなり脚色を交えて——語る大公の声は、時に我が功績を誇るかのように大きく、時に感涙で震えながら、二十分近く続いた。
「この度の功に報いるため——」
そこまで言って、感極まった大公の声が詰まった。
「——この度の功に報いるため!我が公国は、新たに勲章を設けた。黄金柏葉剣付ダイヤモンド飾白鷲騎士大十字勲章《しょくはくしゅうきしだいじゅうじくんしょう》を授与する」
称賛すべきことに、大公が噛まずに言い終えると、侍従が恭しく盆を差し出した。盆の上には、きらびやかな光沢の、白い双翼を象った巨大な勲章が乗っていた。
「——我が公国は、貴官に未来永劫の感謝を捧げる」
そう言うなり、大公はギュンターの両肩を掴み、勢いよく抱き寄せた。頬に、涙と、それから盛大な口髭の感触が触れる。周囲から歓声と、いくつかの忍び笑いが上がった。
ギュンターは直立不動の姿勢を、そのまま保った。抱擁を受けている間も、背筋を伸ばし、顎を引き、踵を揃えたままだった。貴人への応対なら、士官学校で叩き込まれている。だが「他国の男性元首に、泣きながら抱きしめられて頬にキスされた場合」の項目は、どの教範にも存在しなかった気がする。
大公の太い腕が、ギュンターの詰襟に勲章のリボンを掛けていく。
ようやく大公が身体を離すと、壇の脇から、杖をついた一人の男が、ゆっくりと進み出た。イェジー少将だった。左脚は、膝から下が失われている。あの狙撃の夜から、もう一年が経っていた。
「私は、多くを語る性分ではない」
低い声だった。会場が静まる。
「が、今日だけは語らせてもらう。彼が師団を継いだ夜、私はまだ後送される担架の上にいた。目を覚まして最初に聞いた報せは、ギュンター殿の指揮のもと、師団が持ちこたえたという一報だった——」
少将は、何度も杖に体重をかけ直しながら続けた。
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式が終わり、将校たちが次々と祝いの言葉をかけにきた。誰もが口々に称賛を並べる中、ギュンターはふと、皮肉げな軽口が飛んでくるのを、半ば無意識に待っている自分に気づいた。
今日もジャガイモか。
そんな声は、もうどこからも——
感慨に浸るギュンターに、大公がそっと耳打ちをしてきた。
「ところでギュンター殿。よろしければ末の娘の婿に来ないか。ほれ、そこにおる。父親が言うのも何だが、あれはなかなかの器量で——」
「身に余る光栄ですが、生憎と妻子がおりまして」
大公が、がっくりと肩を落とした。
2
私の元にその書状が届いたのは、五月の朝のことだった。
七時前の執務室、窓の外はもう春の光に満ちている。庭園の木々の新緑が、去年より少し濃く見えた。机の上の書類の山は、いつも通りだった。人事の裁可、予算の決裁、外交文書への署名——その一枚に、ラドムスキ大公国の紋章を捺した国書もあった。
外務の担当官によれば、戦争への帝国からの支援に対する、公式の感謝状であるという。ざっと流し読んで、テオドールにでも返書を書かせよう——。私は封を切った。
文面は、まず帝国からの物資援助への謝辞に始まった。兵器・弾薬、そしてジャガイモへの言及まで、几帳面に列挙されている。よく書けた外交文書だった。誰が読んでも角の立たない、模範的な一枚。
義勇兵派遣への謝辞が続く。その中に、ギュンターの名前が三度、記されていた。
一度目は「ギュンター殿をはじめ、帝国義勇兵の奮戦により——」
ギュンターの生存も功績も知ってはいた。知ってはいたが、どうしても頬が緩みそうになる。
二度目は、彼に新設の勲章を授与させていただいた、というものだった。
勲章の名前は読んだ瞬間に忘れてしまったが、唇の端が上がっていくのを抑えきれない。
三度目は、勲章の根拠となる、ヴロンキ会戦を始め各地での彼の奮戦を称えていた。
ほら見なさい並外れたセンスだってだから言ったじゃない帝国の宝だって!ざまあみなさいヴィクトル!
強く拳を握る。
「陛下?」
アデルの声に、我に返った。書記官はいつも通りの表情で、次の決裁を待っている。私は何食わぬ顔で、書状を脇に寄せた。
「大公国からの感謝状です。……返信は私が起草します」
「左様でございますか」
アデルは、それ以上は踏み込まなかった。いつもそうだ。
夜、私は返書の草稿に、いつもより多くの時間を費やした。儀礼的に済ませればよいはずの文面を、何度も書き直す。無駄に美辞を重ねすぎているのに、ペンを置いてから、ようやく気づいて、苦笑した。
長年、怒りも、悲しみも、恐怖も、隠すことには慣れてきたつもりだった。
だが、これほどまでの喜びを隠すすべを、私はまだ知らなかった。
(困った人ね、あなたは。何年経っても)
誰に向けた言葉かは、自分でもよく分かっていた。
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六月、生き残った義勇兵たちは帝国に帰国し、外務省より、賞詞とラドムスキ動乱義勇メダルを授与された。
ギュンターは、帝国軍に復職すると同時に、中佐へ昇進。短い帝都士官学校勤務の後、帝国西部を根拠地とするヴァイデンフェルト歩兵連隊の連隊長に着任した。
了




