第77話 王女の牙と、奪われた牙
夜のローゼンシュタイン公爵邸は、いつもよりも重く張りつめた静けさに包まれておりました。
アリア・フォン・ローゼンシュタイン様は、執務室の大きな窓辺にお腰掛けになり、外の闇を静かに見つめていらっしゃいました。
銀色の髪が月光に美しく輝き、幼い頃のおじ様の魂と現在の可憐な少女のお身体が、奇妙に溶け合ったようなお姿でございました。
「ふう……ミランダ、完全に本気で激怒なさっているようですね」
背後から、甘く低い声が響いてまいりました。
「当然でございますわ。側近四名を根こそぎ寝取られたのですもの。王女様のプライドは、ずいぶんと深く傷つけられ、踏みにじられたはずです」
ヴェロニカでございました。黒いドレスを纏ったドSの結界使いは、アリア様の背中に優しく腕を回し、首筋に唇を寄せてまいります。
「ヴェロニカ……もう少し緊張感をお持ちになって。敵は本気でこちらを潰しに来るのですよ」
「ええ、わかっております。でも今夜は、少しだけ甘やかしてほしい気分なのです……アリア様」
そこへ、ノックも無く扉が開かれました。
「失礼いたします、アリア様。……あら、またヴェロニカが先走っておりますわ」
入ってきたのはレイラ・フォン・クローネ様でございました。元最強タチ騎士団長である彼女は、相変わらず凛々しい表情で二人をお見下ろしになっていましたが、その瞳の奥には熱い情欲が宿っておりました。
「レイラもお早いですね。ソフィアは?」
「頭脳を預かる者は現在、情報整理中でございます。ミランダの動きは……予想以上に迅速です。明後日には本格的に動く可能性が高いと見ております」
その言葉に、アリア様は小さくため息をおつきになりました。
すると、部屋の隅から別の声がいたしました。
「ご安心くださいませ。アリア様のハーレムは、もう私たちのものでございます」
ヴェランダ・フォン・ツェッペリン『元ベラ』が、優雅に微笑みながら紅茶をお運びになってまいりました。
その隣にはセレスティア、ファラ、エレオノーラも控えておりました。元ミランダ側近の四名は、今や完全にアリア様に忠誠を捧げ、身も心も捧げておりました。
特にセレスティアは、以前の冷たい表情とは別人のように頰を赤らめ、アリア様の視線を熱く追いかけておりました。
「アリア様……どうか私たちを、もっと深く、貴女のものにしてくださいませ。ミランダ様に、二度と戻れないくらいに……」
その言葉に、部屋の空気が一気に甘く、重く変わってまいりました。
レイラ様がヴェロニカを押し退け、アリア様の正面に跪かれます。
「まずは私からでよろしいでしょうか?
……アリア様」
エレナが扉の外から顔をお出しになり、苦笑されながらも入室をお許しになりました。
ソフィアも、魔眼を輝かせながら資料を抱えてやって参りました。
アリア様『おじ様』は、心の中で小さくお笑いになられました。
『ははっ……これは完全にハーレム状態じゃねえか。転生してよかったぜ』
しかし、その甘い時間は長く続かず、突然、邸宅全体に強烈な魔力の波動が走りました。
ヴェロニカの結界が、外部からの猛烈な干渉に激しく軋んでおりました。
「参りましたね……!」
アリア様が立ち上がられます。
窓の外、月明かりの下に、褐色の美しい肌を持つ王女が浮かんでおりました。
ミランダ・ヴァル・ディアマンテ。
その瞳には、明確な殺意と、側近四名を奪われたことへの底知れぬ激怒、屈辱、そして狂おしい執着が、炎のように燃え上がっておりました。
「アリア……!
お前が……私の大切な側近たちを、全部、汚したな……?
セレスティア、ファラ、エレオノーラ、ベラ……
私のものだった彼女たちを、寝取った罪……絶対に許さないわよ……!」
低く、しかし宮廷の奥深くまで響き渡るような声が、夜空に激しく轟きました。
その声には、ただの怒りではなく、深く傷つけられた王女のプライドと、奪われた愛情への狂気が満ち溢れておりました。




