第九話「おばちゃん、苦みも甘みも飲み込む」
「ということでな、役立てたから発行してもらえたぞ! 冒険者証!」
自信満々にグラーゴに手のひら大の板を見せる。
そこにはレン、という名前とSという文字が書かれてある。
ヴァレリオに付いて行って冒険者の仕事を教わった際、持ち帰ったあの変異種の体。そこから様々なことが判明しそうということで、色々と飛び級でSランク冒険者になったらしい。
グラーゴはエルフの侍従が持ってきた紅茶を飲みながら、かすかに片眉を上げた。
「……そうか」
うむうむと、一通り自慢してから、気になっていたことを聞く。
「ところで……Sランクとはどんなものなのだ? 飛び級とは聞いたのだが」
「ッ!」
首を傾げると、グラーゴは紅茶を吹き出しかけた。そのまま軽く咳き込む。
「クッ……お前、分かってなかったのか? ギルバートが説明しただろう?」
「ん? いや……ギルバートと一緒とは聞いたが」
何か問題なのかと聞けば、「間違ってはいないが」とグラーゴは呆れた顔をし、「ギルバートのやつめ。厄介事を我に押し付けたな」と憎々しげに呟いた。
厄介事?
何の話をしているのだろうか。
グラーゴは、やがて長い息を吐き出した。
「たしかにギルバートもSランクだ。……いや、やつは引退したから元・Sランクになる」
「ふむ。元、か。確かに聞いたぞ。冒険者は引退したとな」
冒険者時代のギルバートの逸話はたくさんあるらしく、ヴァレリオがまるで自分のことのように誇らしげに色々と語ってくれた。
単独で強いのはもちろんだが、何よりも部隊を指揮する能力に長けているんだとか。
特に巨大な魔物の巣の排除のとき、死者0人を達成したという、偉業を熱く説明してくれた。
グラーゴは言葉を続ける。
「つまり、この国でSランクはお前だけということだ」
「ギルバートの魔力は洗練されてるからなぁ……む? 私だけ?」
ギルバートが人の子たちの中でも飛び抜けているのは事実。うんうんと頷いていたが、聴き逃がせない言葉に動きを止める。
「いや、まて。ヴァレリオは違うのか?」
「やつはAランクだ。……まぁ、実質、Aランクが最高でSランクなど国の英雄クラスの活躍をしたものにだけ与えられるものだぞ」
ぽかんと口を開けた。頭の中を、聞いた単語が流れていく。
――ヴァレリオがAランク。Aが実質最高ランク。Sは英雄クラス……はて?
「いや、まて。たしかにやや異例だとは聞いたが、私ならおかしくないとギルバートもヴァレリオも言っていたぞ?」
「……それはそうだろう。この国で……いや、この世界でお前に勝てる輩など、里でも限られてるだろうが」
「それはただの年の功だろう? 魔力など、年を取ればとるほど増えるものだぞ?」
「その考えこそ、我らの考えであって、人の子たちとは異なるということだ。
人の子からすれば、竜人族をFランクから始めさせるなどできんだろう」
口が閉じられない。「え?」ともう一度声に出し、
「なぜだ? 別にFランクからでも私はいいぞ?」
「……はぁ。お前はそうかもしれんが、竜人族をFランクからなんてことにすれば、外交の問題にもつながりかねんのだ」
「??」
「今後も人の世に関わろうと思うなら、少しは自覚しろ。お前が思っている以上に、我らの一挙手一投足を、人の子は注視している」
「しかし」
「しかしもない。我は代々の領主に一切関わらんと告げているが、それでも我がいると言うだけでこの国を攻めようという国が減るのは事実だ。
特に最近はライガイアという国も生まれたからな。やつらは我らを神聖視している。竜人族をFランクになどしたと聞けば、リンドベルに抗議してくるだろう」
聞いた事実を飲み込もうとするが、うまく飲み込めない。
なぜだ?
自分たちを神聖視する種族は今までもいたが、だからといってなぜ国ごとの揉め事になるのか。
グラーゴは根気よく話してくれる。
「ライガイアの鬼人たちは、竜の血を引いている、と思っている。だからこそツノに誇りを持ち、金の瞳の子が生まれるのを待望している。
そんな奴らからすれば、竜人をFランクにすることは、自分たちをもバカにするに等しいということだ」
「……むぅ。やはり分からない」
説明されてもされても、頭で理解できるようでいて、分からない。
ただ分かるのは、
「……私がこのまま居座るのは迷惑ということか?」
肩を落とす。せっかく知り合いもできて、買い物もできて、楽しくなってきたのだが、迷惑はかけたくない。
かちゃ、とカップが置かれる音がした。
「そんなことは言ってない」
「むぅ。しかし」
「迷惑と言うなら、我はこの国に居座っているのだぞ?
ただ、お前はもう少し自覚する必要はある。
我らにとって普通のことでも、人の子たちにとっては畏怖の対象になるのだと」
腕を組んで考え込む。
人の子に驚かれたり、怯えられることは昔からよくあった。そのたびに寂しさと諦めが胸に去来したものだ。
今まで何度も理解しようとはしたが、理解はできなかった。結局、『そういうもの』だと受け入れてきたことを、思い出した。
「そうか……そうだったな。忘れていた」
人の子は、強さに怯えるものだった。
ヴァレリオたちが普通に接してくれるのでつい忘れていたが、それが当たり前だった。
(だからこそ、人の子たちと関わらないようになっていったんだったか)
アヴァリスたちが世界を『去った』後、もう人の子と深く関わるまいと思っていたことを、思い出した。
カップを手に取り、茶を飲む。冷えた腹の底が、ふわふわと温かくなる。
「……ま、いいか」
冒険者に興味があった。そしてその責任者であるギルバートになっていいと言われて、Sランクをもらえたのだ。彼が問題ないと判断したなら、問題ないだろう。
たとえ付き合いは短くとも、ギルバートは単なる私情だけで動く男ではないことは、もう分かっていた。
「ああ。もらえるものはもらっておけばいい」
グラーゴも少し口元を緩めて言った。
理解できない事柄ではあるが、致し方ないことだ。問題ないならそれでいい。
「望む望まないに限らず、我らは存在だけで人の子たちに影響を与える。それを迷惑と捉えるか、良い影響と捉えるかはそれぞれだ」
「うむ。まったくその通りだな。ありがとう、ラー坊。おかげで目が覚めた。
この冒険者証をむやみに他者へ見せるのは止めておくとしよう」
「……ああ。不要な騒ぎを起こしたくないなら、それがいいだろう」
冒険者証を懐にしまい込む。今後は必要最低限、身分証として提示しないといけない場合だけ出すことにしよう。
「ああ、しかし……ヴァレリオと出かけた時に久しぶりに羽を伸ばしたのだが、ラー坊は羽を広げているのか?」
「我は別に構わん。そのためにも羽を出している」
グラーゴは背中の羽を動かした。納得する。こちらの姿である時に羽はしまった方が動きやすいのに、なぜわざわざ出しているのかと思っていた。……羽根を伸ばす代わりらしい。
「ふむ。たしかにそれも一つの手か。
やはりたまには羽根を伸ばさないと体が凝るな。ひとっ飛びしてきたいところだ」
肩を回しながら言うと、グラーゴの眉間に皺が寄る。
「ここで飛ぶのは止めろ」
「何を言うか。さすがに私もそれは不味いと分かっているぞ?
ヴァレリオに慌てて止められたからな!」
飛んで依頼から帰ろうと提案したら大慌てで止められたことを思い出して堂々というと、グラーゴが長い息を吐き出した。
「……今後はやつの言う事をよく聞くことだ」
まるで頭痛を覚えたように額を押さえるグラーゴに、首を傾げた。
「どうした? 体調でも悪いのか? 診てやろうか?」
「いらん!」
怒られた。
「若いのにそんなカッカしてどうする。過度な怒りは寿命を縮めるぞ?」
「……もういい。お前は黙ってケーキでも食え」
グラーゴは彼の眼の前にあった手つかずの『けぇき』の皿を、こっちに押しやった。
「うむ? これはなまくりーむではないな? 黄色い……ぱくっ……む! 上手い!」
その後、それが『チーズけぇき』というものだと、エルフの侍従が教えてくれた。
「むー、『チーズけぇき』もなかなか良いな。パイ、生くりーむのけぇき、に続くぞ!」
「……それは良かったな」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第九話「おばちゃん、苦みも甘みも飲み込む」完




