第八話「おばちゃん、役に立ちたい」
鬱蒼と生い茂る森の中、倒れ伏した魔物に刃が突き立てられる。断面からはほのかに湯気が立ち上り、血の匂いが周囲に漂う。
ちらと獣が匂いにつられてやって来たが、私が目を向けると慌てて逃げていった。――まるで化物に遭ったかのようだ。まったく、失礼だな。
「ほほお? 見事な刃物さばきだな」
思わず感心した。
ヴァレリオは、手を真っ赤に染めながら「そ、そうでしょうか?」と、照れたように笑った。その笑顔だけ見るならば、どこにでもいる青年だ。
「ご、ごほんっ。
それで、ここを切った後、血袋を取り出して、水で洗います。こうすることで肉の臭みが減り、美味しくなるので買取価格も上がるんです」
ベル兎を解体し、その説明をしてくれるのを真剣に聞いた。里で狩りはしてきたが、こんな細やかな肉の処理などしたことがない。
「むぅ。これは有益な情報だな。仲間に伝えたいくらいだ」
うむうむと頷く。
「……まぁ、五本指がないとここまで細やかな事はできなさそうだが」
今は二本足の姿なので指は5本あるが……竜の三本の爪では、こんな細かなことは難しい。どう手加減しても切り刻んでしまう。
「……いや? 風で切ることはできるか?」
と、呟いているとヴァレリオが神妙な顔をしていた。口が何度か開閉している。どうしたのかと首を傾げた。
「いえ、その……師匠って竜化できるんですよね?」
竜化。それは人の子たちに自分たちの状態を分かりやすく伝えるために出来た言葉。
私たちからすればそんな大層なことではなく、今日の髪型どうしようか程度の違い。羽根を伸ばす、ということが多い。
「む、そうだな。私も翼を持っているぞ。それでも同胞の中では小さいが、人の子なら3人くらいは余裕で背に乗せられる。
なんだ? 乗ってみたいのか?」
首を傾げると、ヴァレリオはぶんぶんとそれはもう勢いよく首を横に振った。風の精霊が、突然起きた突風に驚き、喜び踊る気配を感じる。
「いえ、滅相もないです。ただ……普通の竜と違ったりするのかと思いまして」
「ふむ? そういえば君は単独で竜を倒したことがあるのだったか」
竜と竜人族。それらは似て異なる。どちらが上でどちらが下などない。
祖先が同じなのかどうかも分からないが、彼らは人の言葉は話せないし、人の姿も取れない。寿命が短く、長くても1万年程度だ。
「そうだな。私たちが羽根を伸ばした姿と、見た目上はあまり変わりはないだろう。
違いと言えば、瞳の色だな。私たち竜人族は、基本的に金の瞳……まぁ、私のような例外もいるが」
自分のように二種属性が交じると、紫系統の色合いになることも稀にある。
「師匠はたしか土と風でしたか」
「ああ。他の属性も操れはするが、そう得意ではないな」
手のひらに火の魔力を集めて炎を出して見せる。ゆらゆらと均等な大きさで燃え続けている。
それをギュッと握って消す。
「体の見た目的には風の血が濃く出たから、体格は同胞の中では小さいな。だが、鱗の硬さは土の血のおかげで硬いぞ。これはそこそこ自慢だ」
ふふんと胸を張り、ヴァレリオの肩を叩く。
「そんな私の鱗をあの短時間で少しでも傷つけたのだ。誇るといい」
「いっ、痛い! 痛いですって師匠!」
「むむ? すまんな。まだ力加減が上手くいかんな」
「まぁ、いいですけど……俺以外には止めたほうがいいですよ。大怪我じゃ済まないので」
呆れるヴァレリオに、「う」と詰まってうなだれる。こんなところで土の血の力持ちが苦労の原因になるとは思わなかった。
「それが出来んと、冒険者にはなれそうにないな」
ギルバートに誘われ、興味を持った冒険者の資格。しかし、竜人族が冒険者になったことがないらしく、初期のランクをどうすべきかなどの話し合いが行われたとか。
(別に、普通でいいのだがなぁ)
その結果、冒険者(仮)の認証を発行され、ヴァレリオが依頼に向かうと言うので同行し、冒険者がどんなことをしているのか、見せてもらっていた。
「それで? 今回の依頼は森奥の確認だったか?」
そう。ベル兎の解体はついでだ。本当の依頼は調査。ヴァレリオが肉を袋にしまいながら、顔を引き締める。
「はい。最近、聞いたことのない唸り声が聞こえるとか、魔物たちの集団移動が確認されてます」
じっと森の奥を見る。
びりびりと魔力が揺れている。――私を見ている。
「なら、私はここまでにした方が良さそうだな。警戒されているようだ。私が近づけば逃げるだろう」
「! 分かりました」
ヴァレリオが赤い瞳に冷静な光を浮かべた。とたんに彼の周囲の魔力が鋭くなる。
森の奥の魔力が濃くなる。
目を細め、風を軽く飛ばしてみたが、吹き飛ばされた。
(さすがに……この程度では見えんか)
本気で見ようと思えば見える。しかし、これはヴァレリオの依頼だ。出しゃばるべきではないだろう。
どんな相手だったかは気になるが、後で聞くとしよう。
「では、私はここで解体の練習でもしておこう。
君なら問題ないと思うが、油断はしないようにな」
ひらひらと手を振って、森の奥へ向かうヴァレリオを見送った。
私は図つきの『解体の基礎』と書かれた本を開き、先程のヴァレリオの見本も思い出しながら、解体の練習に入った。
***
どれだけの間、そうしていたか。
風が魔力の震えを伝えてきて、顔を上げる。奥の気配は消えたようだ。
ヴァレリオが戻ってくるのが見え、前足を上げる。
『ここだ。それで? どんな相手だったんだ?』
羽根を伸ばし、空気を震わせて尋ねる。
「は?」
ドサッ。
ヴァレリオが呆然として、手に持っていた大きな袋を落とした。
「え、りゅ、竜? ……! し、師匠、ですか?」
『うむ? そうだが?』
どうしたのかと首を傾げつつ、羽を羽ばたかせる。たまには羽根を伸ばすのもいいものだ。
『お、そうだった。見てくれ、ヴァレリオ。中々上手く解体できたと思わないか? 風の魔力で切ってみたのだ』
解体していて気づいたのは、自分が不器用だということだった。
これならば、魔力でした方がいいと気づき、さらについでに羽も伸ばすことにしたのだ。
(む? 羽を伸ばす……そうか!)
『そういえば、こちらの姿を見せるの初めてだったな』
それで驚いていたのかと納得した。人の子は、こちらの姿を見せるといつだって驚く。
『先ほど……竜化の話をしただろう? 最近羽を伸ばしてなかったなと気づいてな。
それに、これなら帰りは君を乗せて帰れるだろう?』
手っ取り早く帰れる。
「……え? これで帰る? そっ、それは、絶対に止めたほうがいいです。大騒ぎになりますから!」
ようやくヴァレリオの役に立てる! と思っていたのだが、駄目らしい。
肩を落としながら羽を閉じる。
「むぅ。うまくいかないものだな」
仕方ないと肩をすくめ、「それで?」とヴァレリオに向き直る。ヴァレリオはホッと息を吐き出して私を見下ろした。
「どんなやつが奥にいたんだ?」
「はい……こいつです」
ヴァレリオは、先ほど落とした革袋から、人の子を丸呑みできそうな魔物の首を取り出した。
袋のサイズと合っていないこと。魔力の気配から、あの革袋には圧縮の魔力がかかっているようだ。
「狼……のようなイノシシのような?」
「変異種のようです。胴体もどちらともつかないような形態でした。研究のためにも体も持ってこようと思ったのですが、流石に入らず」
と、ピンときた。
「よしきた。その場所に連れて行ってくれ。ようやく役立てそうだ」
「え? あ、はい。こちらです」
ヴァレリオはきょとんとしつつ、その変異種がいた場所まで案内してくれた。
そこには、あの首に合うサイズの魔物の遺体があった。体のあちこちが貫かれているが、血が出ていないのでそう臭くはなかった。傷口が綺麗に焼かれているのは、さすがヴァレリオだろう。
たしかに、普通ならこのサイズを持ち帰るのは難しいだろう。
腰に下げた革袋を取り出す。
「こいつを持って帰れれば、君たちの役に立つのだな?」
「たしかに、変異種の発生原因を調べるためには全部持ち帰りたいのですが……ですがこんなサイズは」
「ふふ、忘れたか? 私は『土』の血を引くと」
魔物の遺体に手を触れ、ひょいと持ち上げる。そして、土の魔力で圧縮しながら袋に入れた。
「……はい?」
背後でヴァレリオの甲高い声がした。振り返れば、唖然としているヴァレリオがいて、笑った。
ようやく師匠らしい事が出来た気がする。
「うむ。誰かの役に立てるのはいいものだな」
とても清々しい気分になった。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第八話「おばちゃん、役に立ちたい」完




